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19.衣服と紅潮と愛を深める行為

【主な登場人物】


僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。


篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。


天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。


花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。


御堂みこと / 金髪ハーフアップ。風紀委員として、制服の着こなしや問題行動を正す。と言っても、第六学園には風紀の乱れは無く、過剰に暴走気味。


白鷺ノナメ / 肩で揃えたネイビーブルーの片目隠し髪。緒人の隣の部屋の住人。学校では物静かで、話しても反応が薄い。自室から何やら声がするのだが……。



 純夏はそういうとボタンを指でクリクリと回した。


「衣服は性交に……深い意味をもたらすようです」


「え!?」


「禁書には”衣服の着脱により、より深い接触が可能になる”とあります」


「ちょっと待って! それはさすがに……!」


 僕は慌てて首を振った。純夏は少し残念そうな顔をする。


「そうですか……。以前は私も人前で身体を見せることをなんとも思っていませんでした。しかし……」


 純夏はそこで言葉を詰まらせた。


「いえ。では、今回は衣服着用のままで」


 なんか、本当に残念がってる気がする。


 この子、本当に……?


 顔が紅潮している。


 もしかして、僕も?


「でも、せめて……」


 純夏は僕の手を取ると、自分の頬に当てた。


「これなら、問題ありませんよね」


 僕の手のひらに、純夏の頬の柔らかさが伝わってくる。思ったより温かい。


「純夏……」


「はい」


「君は容姿端麗。感情がない完璧超人って言われてた」


「褒め言葉と受け取っておきます。しかし……」


 珍しく、彼女は視線を定めずに続けた。


「感情がない……ですか」


 純夏は僕の手を頬に当てたまま、少し考えた。


「今まではそう思っていました。感情など人生にあまり必要ないものである、と。でも……」


「でも?」


「あなたと接触していると、胸の奥が温かくなります。それが何なのか、まだわかりませんが……嫌ではありません」


その言葉に、僕の心臓が大きく跳ねた。


「……ねぇ、純夏。これって、たぶん……」


「はい?」


「……いや、なんでもない」


 一瞬、彼女の手が止まる。


「…………」


 沈黙をやぶったのは純夏の言葉だった。


 呼吸のあたたかさをすぐ近くで感じる。


「私は高確率で興奮していますね。分析は後で行いますが……最近ナノウォッチも正確性が落ちてしまって」


「僕のもだ」


「私たちはこの時代の何かを超越しようとしているのかもしれません」


 純夏は唇を噛む。


「禁書の後半に詳しく書いてありました。“身体的接触は愛を深めるための重要な過程”だそうです」


「愛……」


「私もよくわかっていないのですが、愛とはやはり感情の一種なのだそうです。それを深めるとは……難しいですね」


「それって……比喩表現じゃない?」


「あっ……深める……まさか」


 彼女は深める=掘ると考えていたようだ。


 納得して、表情を変える。


 笑みが見えた気が、した。


「やはり、あなたしかいません」


 純夏は禁書のページをめくって見せた。


 そこにある文字が見える。


───愛を深める行為について


 行為?


 この触れ合いはなんか照れくさい。


 でも、嫌じゃない。


 むしろ、もっと続けたい気持ちがある。


「次の段階は……」


 次の段階?


 これ以上何かあるのだろうか?


 お互いの体温を確認する以外に?


 心臓が高鳴る。


 次の段階?


 純夏の鼓動も聞こえるような、気がする。


 沈黙。


 なんか良い匂いがする、気がする。


 そして。


 純夏がページをめくろうとした時。


 視聴覚室のドアがガチャリと音を立てた。


「あれ? 誰かいるの?」


 聞き覚えのある声。天音だ。


 僕と純夏は慌てて距離を取った。


「あー、いたいた! なにしてるの~?」


 天音が入ってきて、僕たちの様子を見回した。


「べ、別に何も……!」


「ちょっと、確認です」と純夏が冷静に答える。


「ふーん? なんか……変な気がするけど〜?」


 天音は机の上に置かれた禁書に気づいた。


「あ、それ」


「あ、それは……!」


 僕が慌てて手を伸ばそうとしたが、天音の方が早かった。


「愛を深める行為……?」


 天音が開かれたページを凝視する。


「え? 性交の前段階……? まさか……」


 天音の顔が真っ赤になった。


「き、キミたち、まさかそんなことを……!?」


「違う違う! 誤解だ!」


 僕は必死に否定したが、天音はなぜかにやにやし始めた。


「へぇ~、なるほどね~。それで視聴覚室なんて密室に二人きりで~」


「だから違うって! 純夏が研究してるだけで……!」


「研究? 実技の研究?」


 天音の目がキラキラ光る。完全にからかいモードだ。


 結局。


 天音には事情を説明することになった。


「なるほどね~。でも、そういうことなら私も協力するよ?」


「え?」


「だって面白そうじゃん! あたしも気になる~」


 天音は僕の隣に座った。近すぎる。


「天音ちゃんも興味があるのですね」と純夏が記録を取り始める。


「あー純夏っちー。天音っちでいいよ」


「天音っち。天音っちも愛を深める行為に興味が?」


「うん! でも、理論だけじゃよくわからないでしょ? 実際にやってみないと」


「実際にって……」


「ほら、キミ」


 天音が突然僕の手を取った。


「うわっ!」


「あはは、すっごいドキドキしてる! 純夏っち、これちゃんと記録した?」


「はい。天音っちとの接触でも、彼の心拍数は上昇しました」


 純夏が淡々と記録する。


「でも、純夏っちの時と比べてどう?」


「そうですね……純夏っちの時の方が、反応が大きいかも、です」


 僕が正直に答えると、なぜか純夏の表情がわずかに明るくなった。


「なるほど~。相性ってやつかな?」


 天音は僕の手を離すと、今度は純夏の方に向かった。


「純夏っちは、どう思ってるの?」


「どう、とは」


 純夏は少し考えた。


「定義がまだ不明確ですが……彼と一緒にいると、心が落ち着きます。ずっと一緒にいたいとさえ」


 その言葉に、僕の胸がキュンとした。


「あ~、それ完全に……」


 天音が手をパンと叩いた。


「ま! 今日はこんなとこにしよ! もう遅いから寮に帰ろーよ!」


 天音が笑いながら言った。


 視聴覚室を出る時、純夏が小声で言った。


「また続きをしませんか?」


 僕は短く


「うん」


 とだけ返した。


 なにか、僕は心の奥で小さな期待を感じていた。


 次はどんな変化が待っているのだろう。


 視聴覚室の外では、校舎に夕闇が降り始めている。


 でも僕たちの周りだけは、何か温かい光に包まれているような気がした。



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