17.屋上と真実と相互不可侵契約
【主な登場人物】
僕 / 本名・志月 緒人。主人公。やや内向的で、妄想的。いたって普通の高校生男子。
篠上純夏 / 黒髪ロング。容姿端麗頭脳明晰。無表情・敬語・論理的な思考を持つが、ある日失われた時代の「恋愛と性に関する古い人間の本」に出会い、性的なことに異様な興味を抱く。
天乃天音 / ピンクのボブカット。明るく小悪魔っぽい性格で、主人公をよくからかってくるムードメーカー。その無邪気さと素直さが、逆に破壊力抜群。
花野ちとせ / ミルクティブラウンのふわふわウェーブ。何を言っても怒らず、ほんわか返してくれるその優しさに、気づけば心が溶かされていく。無自覚エロスで主人公を追い詰める。
御堂みこと / 金髪ハーフアップ。風紀委員として、制服の着こなしや問題行動を正す。と言っても、第六学園には風紀の乱れは無く、過剰に暴走気味。
白鷺ノナメ / 肩で揃えたネイビーブルーの片目隠し髪。緒人の隣の部屋の住人。学校では物静かで、話しても反応が薄い。自室から何やら声がするのだが……。
向かったのは寮の屋上だった。
朝の屋上は静かで、風が心地よく吹いている。
白鷺さんは手すりに寄りかかって、空を見上げた。
「……VdleのNØNØ。それが拙」
「拙?」
「……自分の一人称。拙。実家の風習」
「白鷺さんが……NØNØ」
確信がありながらも、実際に聞くと衝撃だった。
「……ノナメでいいよ」
白鷺……ノナメは僕の方を横目でチラリと見る。
「どうして?」
「……どうしてって?」
「その、普段とのギャップが大きすぎて……それに」
「……それに」
「なんでわざわざ教えるような真似を?」
ノナメは小さく笑った。
いつもの無表情とは違う、少し寂しそうな笑顔だった。
「……学園では目立ちたくない。でも、誰かに見つけてもらいたかった」
「矛盾してない?」
「……矛盾してる。でも、それが本当の気持ち。ま……」
彼女は振り返って、僕の目をまっすぐ見た。
「……リアルでも仲間が欲しかった、からね」
少し恥ずかしそうに見えたが、それは一瞬のこと。
すぐに普段の灰色の瞳が、片目を隠したネイビーブルーの髪からのぞいた。
「……あなたも、何か隠してることがあるでしょ。禁書……とか。セイコウ……とか。それに、最近の変化とか……」
「なっ……」
図星だった。
気付かれていた……純夏との会話だけでなく、禁書も。
「……あなたの秘密、教えて」
「僕の……秘密」
良いのだろうか。
高鳴る心臓を抑えて、僕は自分のメモ帳を彼女に渡した。
「…………」
しばらくやはり冷たい表情でそれをめくり、眺めた後……。
「……!?」
目を丸くさせた。
「……は? えっち……性交……性器……好き……? おちんちんを……?」
ノナメはいくつかの単語を漏らすように口に出す。
「……あなたの妄想じゃないの」
「違うんだ。ちゃんと文献に残ってて、それが篠上純夏のもってる禁書なんだ」
「……そんなことが……えっち……? 性交……?」
そして、屋上で彼女は空を見上げた。
「……これは秘密だね」
そう言って僕を見て微笑んだ。
純夏との関係、みことへの気持ち、自分でもよくわからない感情の変化……僕にも多くの秘密がある。
再度表情を変えるノナメ。
「……これで、提案がある」
「提案?」
「……相互不可侵契約」
「相互不可侵契約?」
「……そう。お互いの秘密は絶対に漏らさない。必要以上に詮索しない。でも、困ったときは助け合う」
ノナメは手を差し出した。
「……お互い様ってことで。どう?」
僕はその手を握った。
小さくて、少し冷たくて、でも確かに温かい手だった。
「約束する」
「……ありがとう」
その瞬間、ノナメの表情が少しだけ柔らかくなった。
まだ無表情に近いけれど、わずかに安堵の色が見えた。
仲間が欲しかった……それは本当なのだろう。
それから数日間、僕とノナメの関係は微妙に変化した。
学園では相変わらず、彼女は無口で地味な生徒として過ごしている。
でも時々、僕と目が合うと、ほんの少しだけ表情を見せる。
他の人には絶対に見せない、僕だけへの小さなサインだった。
夜になると、隣の部屋からNØNØの配信が聞こえてくる。
でも今度は「知っている秘密」として聞いている。
その声の向こうにいるのが白鷺ノナメだと知って聞くと、また違った魅力を感じた。
「今日はね、ちょっと特別な人ができたの♡」
その夜、配信中のNØNØがそう言った。
「秘密を知ってくれる人って、素敵だと思わない?全部をさらけ出すんじゃなくて、少しずつ見せ合う。それが……何かの始まりなのかもしれないね」
僕は壁の向こうで、思わず頬が緩むのを感じていた。
「あなただけが知ってる私がいる。それって、とても特別なことだと思わない?」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。
秘密を共有するって、こういうことなんだ。
白鷺さんの二つの顔を知ってる僕だけが、彼女の本当の気持ちを理解できる。
「隠すことで高まる価値もあると思うな。全部知ってるつもりでも、まだ知らない部分があるから、ずっと相手のことを考え続けてしまう」
そうか。
つまり、恋愛や好きについてもこの感情が必要なのかもしれない。
2人だけの記号……秘密。
2人だけの思い出。
恋愛における秘密の意味。
それを教えてくれたのは、意外にも一番地味で目立たない白鷺さんだった。
純夏との禁書研究も、ふたりだけの秘密だったんだ。
みことの感情の動きも、本心を隠しているから魅力的なんだ。
天音だって、きっとまだ僕の知らない秘密を持っている。
ちとせも……知らない面がきっとあるだろう。
「恋愛って、秘密を少しずつ分け合うことなのかもしれない」
僕は小さく呟いた。
禁書に書かれていた表面的な知識とは違う……もっと深くて心理的な恋愛の理解が、少しずつ見えてきた気がした。
そのとき、隣の部屋から聞こえてきた。
「本当は、誰かに全部を知ってほしかったんだ……でも、少しずつでいい。時間をかけて、お互いを知っていければ」
その声は、いつものNØNØの明るい声ではなく、白鷺ノナメの本当の声に近かった。
彼女の視聴者は性交のことなんて知らない。
だからきっとこれも単なる関係性の変化ととらえる。
でも僕には何か、違うように思えた。
僕は壁に手を当てて、小さく呟いた。
「僕も、もっと君のことを知りたい」
もちろん、その声が隣の部屋に届くことはない。
でも、この秘密を共有した関係が、僕たちにとって特別なものになっていくことは確かだった。
──秘密が生む恋愛の新しい次元を、僕は白鷺ノナメから学んだ。
それは禁書には書かれていない、でも確かに存在する恋愛の真実なのかもしれない。
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