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59話 聖剣を携えた騎士

 悪魔憑きをして意識を奪われる程の鮮烈な気配が、メリサンドの背後に出現した。病的なまでに白い馬は霧のように消え、剣を手にした偉丈夫(いじょうふ)が残る。金の髪と青い瞳を持ち、アイガス・モルタスの都市民とはまったく異なる雰囲気を纏う騎士(カヴァリエ)だ。


「振り向くが良い。悪魔憑き」


「ほら。騎士(カヴァリエ)様は正々堂々、正面から貴方を処刑してくださるわ。全力で(あらが)いなさい。痛いわよ」


「我はフランス王に忠誠を誓い、アイガス・モルタスの城代を務めるリュシアン・ド・マルティニー。紋章を有し聖剣を持つ我に相対するに相応しい高貴なる者ならば、名を名乗れ」


 騎士(カヴァリエ)は剣を中段に構える。柄に(サン)ローランの奥歯が埋め込まれた、あらゆる困難を打ち破る聖剣だ。


 メリサンドは顔を青ざめさせ額に脂汗を浮かべ、動かない。背後に現れた聖剣が自分にとって致命的だと本能で理解しているのだろう。


「な、なんで、聖剣を持つような騎士(カヴァリエ)が、悪魔憑きの言いなりになって……」


「貴婦人から(そで)が送られてきたのだ。剣を振るうよりあるまい」


 リュシアンの首元に、先程エリザベートがルー・ドラペに送らせた(そで)が掛けられている。本来なら、貴婦人から送られた手袋や(そで)は兜や槍に付けて飾りとするのが作法だが、平服で狼対策の指揮を()っていた彼の衣装に、貴婦人からの贈り物をかける場所はない。血文字で聖剣が指定されたのだから、槍を持つこともない。


「愛も忠誠も要らないから、洗って返してね」


「ほう。いつまでも迷っているようだから、俺が(めと)ってやろうかと思ったが、我が愛は要らぬか。まあ、いい。だが、(そで)を血で汚したのはお前だ。お前が洗え。赤い服に血で文字を書きおって。読む方の身になってみろ」


「あんたの首に巻かれたから汚いって言っているの。中年の加齢臭は簡単に取れないんだから、皮革(ひかく)職人か獣皮紙(パルシュマン)職人の工房に行って、消石灰を溶いた水につけて軽石でしっかり汚れをこそぎ落としてきてよ」


「洗濯は女の仕事だ」


「それさえなければ、髭を剃るだけでいい男になるのになあ」


 メリサンドよりも遥かに力の強い悪魔憑きを倒した実績のある英雄リュシアンが現れた時点で既に勝敗は決したも同然だ。だから、エリザベートはわざわざ大声で長々と喋って悪魔憑きの注意をひきつける必要はないのだが、3年前に自分を斬った男を目の前にすると、どうしても嫌みを言わなければ気がすまなくなる。


 ――かつて、エリザベートは、トゥールーズ理髪外科医院の先代親方アンリ・ド・トゥールーズとサンティアゴ・デ・コンポステーラで出会った。彼女は脚を負傷していたアンリを治療し、巡礼者(ペルラン)への献身としてアイガス・モルタスへの帰路を支えた。


 彼女がアイガス・モルタスの城門を潜ったとき、先日のヴァンと同じようにリュシアンが聖剣による判別を行った。


 聖剣は反応しなかった。

 夜に尋常ならざる膂力を発揮する悪魔憑きでも、日中は限りなく力が衰えるためだろうか。


 リュシアンは微かな違和感を抱き、エリザベートを警戒した。


 数ヶ月後の夜、エリザベートはクラゲの毒に犯された漁師を治療した。それが結果的に相手を眷属(けんぞく)にする行為だったのだが、彼女は知らずに漁師の患部(かんぶ)から口で毒とともに血を吸い取った。吸血により――厳密には唾液による感染により、漁師は悪魔憑きの眷属(けんぞく)となった。エリザベートは葡萄酒(ワイン)で消毒をし亜麻(あま)布の包帯を巻いて、清潔にするように指示して別れた。


 その直後、漁師たちは人狼(ロップ・ガルー)変貌(へんぼう)した。混乱した漁師人狼(ロップ・ガルー)は助けを求めてトゥールーズ理髪外科医院に駆けこむ。それを証拠として、リュシアンはエリザベートを聖剣で斬った。


 それ以来、エリザベートは悪魔憑きとしての能力を失っている。(よみがえ)る前から眷属(けんぞく)だったルー・ドラペと、斬られる前に眷属(けんぞく)にした漁師が彼らの善意と好意により、力を貸してくれているだけに過ぎない。エリザベートの常人より優れた身体能力は悪魔憑きだった名残か彼女本来のものかは不明だ。


 青い月明かりが聖剣の刀身で跳ね返り、エリザベートの胸を照らす。かつて自分に振るわれた聖剣の痛みを思いだし、エリザベートは顔をしかめる。


 その瞬間、メリサンドは無数のコウモリに分裂すると、エリザベート目掛けて飛翔。


 同時にリュシアンが踏みこみ聖剣を振るう。月明かりが剣を見失い、軌跡の残光が遅れる程の斬撃。落雷のような光と音が炸裂し、剣の軌道上にいたコウモリが焼失。刀身が再び月明かりを纏う間もないうちにメリサンドは異形の姿を維持できなくなる。


 宝石が散りばめられた(きら)びやかな鞘に聖剣が収まる音と、力を失った悪魔憑きが倒れる音が重なった。


「あ、が、が……」


「我が聖剣は悪魔の加護を断つ。異能という鎧を失った貴様が、次の太刀を浴びれば肉体が裂かれるだろう。抵抗はやめよ。騎士(カヴァリエ)ではない者の首を()ねるような不名誉を我に与えようなどとは思わぬことだ」


「ぐ、が……あ……」


「苦しくて喋れないって。体に傷はつかないけど、多分、本当に斬られたのと同じ痛みよ。死ぬほど痛いから」


 エリザベートは同情混じりの声を漏らすが、城代は既に明日以降のことを考えている。リュシアンは中州に倒れた者たちの姿を確認する。


「処刑台が足りないな。それに死体で狼を集めるわけにもいかん。地下牢に幽閉するか。エリザベート。お前の眷属(けんぞく)に運ばせろ」


「はいはい。みんな。聞いたね? お願い。善意の市民として、城代リュシアンに労働力を提供してください。あとでお礼にパンと葡萄酒(ワイン)を腹一杯ご馳走してくれるそうよ」


 勝手に報酬を約束したが、都市を悪魔憑きの脅威から護ったのだから安いものだ。

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