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56話 聖骸布の襞

 エリザベートたちとメリサンドたちはそれぞれ病的なまでに白い馬に乗っている。

 しかし、胴の長さが異なる。

 エリザベートの前にはヴァンが、後ろにはマリウスが乗っている。3人の乗る白馬はやや胴長だが、馬の体格をしている。


 一方、メリサンドたちが乗る――強制的に乗せられた馬は、人狼(ロップ・ガルー)に変じた悪魔憑き20人が座れる胴長である。地上のどのような生物よりも胴が長く、短い脚が伸びた異形の大蛇のようにも見える。


「わっ。な、なんですか、これ」


「怖くないから。安心して」


 エリザベートは背後からヴァンのお腹に腕を回して軽く抱き、彼女の後頭部に軽く鼻を埋める。


「この子は聖骸布の襞(ルー・ドラペ)。夜中に出歩いている悪い子を連れ去るお馬さん。なーんで、噂になってるんだろ。都市内で呼んだのは3年前に1回っきりなんだけど、そのときに見られちゃってたのかな。でも、マリウスたちが子供の頃から噂になってるのよね。お仲間がいたのかなあ。……背中に乗せた人を水に沈めて殺すなんてことはしないから、安心して。ただ、水辺に一瞬で移動できるだけ。大人しい子よ」


 スコットランドのケルピーを筆頭に、水辺に出現する怪異は馬の形をとることが多い。彼等は人々を水辺へと誘い、水底へ引きずりこむという共通点を持つ。


 幻獣聖骸布の襞(ルー・ドラペ)は、ヨハネの黙示録に登場する、死を宣告する騎士(カヴァリエ)が駆る白馬のような姿をしており、毛並みは病的なまでに白い。それは聖人の遺体を包む布を語源とする。

 1300年前に亡くなった聖人が、処刑された後に、残された仲間のために起こした奇跡でもある。


 ルー・ドラペは夜間に出歩く者を強制的に背に乗せて誘拐し、最寄りの水辺に瞬間移動するという特異な能力を持つ。その背は伸縮自在で、最大で100名近くを乗せる。その能力を無効化するには、幻獣が出現する瞬間に神の子と聖母と聖人の名を唱える必要があるが、それは待ち構えていたとしても、流れ星に願いを唱えるよりも難しいだろう。


 胴長の馬は雲が散るように霧消し、背にいた者たちは自らの足で中州の砂利を踏む。


「貴方、いったい何をしたのかしら? いや、何者だ?」


 メリサンドの声音に、先程まではなかった警戒心が見え隠れする。


 エリザベートは普段と変わらぬ態度で応じる。


「えーっと……。貴方の3年前にアイガス・モルタスにやってきた先住民、かな?」


「もしかして同族なのかしら? だったら私たちの苦労は分かるでしょう?」


「まあ、そう、ね……」


「なら話は簡単ね。陽の下を歩けず、血がなければ生きていけない者同士、助けあいましょう。縄張りを決めて、お互いに干渉せずに生きるのもいいわね。広い街だから食糧には困らないわ」


 食糧って言っちゃう人とは、仲良くなれそうにないな――エリザベートがそう言うよりも先に、悲鳴じみた叫び声があがる。


「メリサンド! その女がエリザベートだ! そいつが生きていたら、俺はアイガス・モルタスで親方になれない! 約束を守れ! そいつを殺せ!」


 ロシュが掴みかからんとする勢いでメリサンドに迫る。


 その言葉でエリザベートは大凡(おおよそ)のことを察した。


(あーっ……。そうだよね。ロシュはマリウスより年上だし、鬱屈した思いは大きかったか。街の外に理髪サービスで出掛けたとき、偶然この悪魔憑きに遭遇して利用されたのね。狼騒動もロシュの企みかな?)


 エリザベートの推測は正しい。だが、彼女が真相をロシュから聞く術は失われる。


 メリサンドがロシュの首を掴むと、血の臭いが広がった。親指が根元まで突き刺さっている。


「ああ。そうだったね。アイガス・モルタスに招いてもらう代わりに、エリザベートという女を都市から排除するんだったね。約束は守ろう。けどね。私に指図することは許されないよ」


 ヴァンが小さく悲鳴をあげ、マリウスが息を吞む。


 ふたりにこれ以上怖い思いをさせたくないエリザベートは敢えて軽い調子で言う。


「あのさ。私もけっこう危うい立場だから、ロシュの証言が得られなくなるのは困るんだけど? ロシュには『全部、私の仕組んだことです』って証言してもらいたいのよ」


「あら、そう。けど、気にすることはないわ。もちろんこいつは利用するだけの使い捨てだけど、群れの長として私は部下の前で約束を守る姿勢を示さないといけないの。だから、貴方は殺すことにしたわ。貴方が何者か知らないけど、食べちゃえばただの骨。お前たち」


 メリサンドの合図で、20人の人狼(ロップ・ガルー)が動きだす。ルー・ドラペを見たあとで警戒を強めているのか、人狼(ロップ・ガルー)たちは距離を詰めずにエリザベートたちを包囲するように横へ広がった。


 エリザベートたちは周囲を半円状に囲まれた。背後は川で逃げ場はない。エリザベートは泳ぎを習ったことがないから泳げるか分からないし、ヴァンやマリウスが泳げるかも分からない。


「おい、エリー。何してる。逃げるぞ! 川に飛びこむしかない。聖人の加護があれば助かるはずだ。ヴァンもぼさっとしてるな! 来い! (サン)ルイと(サン)ルカの名を唱えて川に飛びこめ!」


「落ちついて。逃げる必要はないし、自分たちの能力で解決できる試練を前にして、聖人に助けを請う必要はないわ」


「まさか、お前、あの数の人狼(ロップ・ガルー)と戦うつもりなのか?」


「なに言ってるの。勝負にならないわよ」


「嘘だろ……。あんなのに勝てる方法があるのか?」


「逆、逆。1対1でも殺されちゃう。人狼(ロップ・ガルー)の牙や爪は容易(たやす)く、私たちの肌も肉も切り裂くし」


「だったら、逃げ――!」


 左手の人狼(ロップ・ガルー)が1体、動きだす。最も弱そうな者を小さな群れから引き離すつもりだろう。


 エリザベートはヴァンが慌てて変なところへ行かないように左腕でしっかりと抱き寄せる。ついでに、腰からナイフを抜いたマリウスが余計なことをしないように、彼の襟も掴む。


「おいで、聖骸布の襞(ルー・ドラペ)


 エリザベートがつま先で石をコンコンと打つ。


 次の瞬間足下が月の色に輝き、病的なまでに白い馬が現れる。その背には、5つの人影が乗っていた。幻獣は霧のように消える。

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