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53話 埋め立て門が開かれる

 夜警の3人に追いつくため、エリザベートは音を立てないように早歩きをする。


 アイガス・モルタスから他の村や街に陸路で移動する場合、必ずヴィドゥール川に沿った道を北上して、森の中にあるカルボニエル塔を通過しなければならない。


 カルボニエル塔は周辺の領地を監視し、不審者の出入りを防ぐために設けられた塔だ。見張りの兵士が常駐し、異常があれば松明(たいまつ)の灯りや煙でアイガス・モルタスに連絡する。

 切り開かれた道を通らずに移動できるほど、塔の周囲は優しい自然環境ではない。塔を通らずに移動すれば、深く暗い森の中で遭難するか底なしの沼に落ちる危険が大きい。


 アイガス・モルタスの門番も、カルボニエル塔の番人も、通過する人を確認する。もし不審人物がいたのなら兵士が捕らえる。


 カルボニエル塔を普段から出入りする者は、穀物商人や葡萄酒(ワイン)商人など、近隣の村で商売をする者だ。もしくは逆に近隣からアイガス・モルタスに出稼ぎに来る者。他に巡礼者(ペルラン)遍歴(へんれき)職人といった旅人が通る。もしそれらの中に、トレソンやオーケンの虐殺に関わっていそうな人物がいたとしたら兵士が警戒するし、必ずリュシアンが特定する。


 村での虐殺が伝わる前のことだから、ヴァンはカルボニエル塔を通過できたのだろう。貧しい農民にしか見えなかったから、さして警戒もされなかったはずだ。


 行商人が兵士や役人の目を避けて塩の塔(トゥール・デュ・セル)を通過することはできない。何故(なぜ)なら、アイガス・モルタスの城壁を造るための資金源にするため、塩の塔(トゥール・デュ・セル)を通る際に関税がかかるからだ。

 特に、アイガス・モルタスは地中海沿岸でも有数の塩の生産地で、その税収はフランス王国の財政を支える重要な柱のひとつだ。密輸がないように塩の流通は厳しく監視されている。

 仮に荷車に乗せた樽の中に不審者が隠れていても、塩の密輸を警戒する役人が見つけだす。


 アイガス・モルタスの商人がトレソンやオーケンに向かった場合は、そこで商品を卸すから帰りは荷車が空になるはずだ。降ろした荷は当然、村に残る。もし、小麦袋が大量にあればリュシアンは小麦商人を疑うだろう。塩があれば塩商人を疑う。


 行商人が事件に関わっていれば、必ず何処(どこ)かに不審な商品が見つかるか、関税の徴収記録に不自然な箇所が表れる。それがないなら、つまり悪魔憑きの手脚となって動いている者は、荷車に乗せるほどの大量の荷物がなく、必要最低限の商売道具のみ持って出掛けて、帰りも同じ手荷物で帰ってきても不自然ではない者。


 すべての条件を理髪職人のロシュは満たす。


(理髪職人なら少ない荷物で都市と村を往復しても不自然じゃない。ハサミと櫛とカミソリと、胡桃(くるみ)かオリーブから抽出した髭剃りクリームがあるだけで十分。悪魔憑きと襲撃の段取りを話すために、短期間に何回も出掛けたとしても、別の村に行ったとか散髪希望者が多いと言えばいいだけ。リュシアンがうちに来て本当に疑っていたのは、ヴァンじゃなくて私だ! リュシアンは私が理髪同職組合(ギルド)からの嫌がらせで、村での営業担当から外されたことを知らなかったから、私を容疑者に加えていたんだ!)


 ロシュが悪魔憑きの手先だと確信したエリザベートは石畳を蹴って走りだす。都市南西の角まで来たが、3人に追いつけない。


 角を右に曲がると、西側の城壁に唯一存在する出入り口埋め立て門(ポルト・デ・ランブレ)の前に人影を見つけた。


 都市の東側から狼の咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。細く長く響く遠吠えではない。まるで戦いの始まりを告げる鏑矢(かぶらや)のように、高い位置で()ぜる音が闇夜を裂いた。最初の獣声に続き、ふたつ目、三つ目と東側から別の獣声が空を突く。


 狼騒動があったため、警備兵の意識は東と南側へ向いている。おそらく兵士は東の城壁を警戒しつつも、南の家畜を護るために動くだろう。ロシュのいる西側から警戒の目が外れる。


 嫌な予感は確信に変わった。人に見られる怖れは少ないため、エリザベートは全力で走る。高級住宅街の石畳は彼女の力を存分に、地面に伝えた。

 もし窓を開けて外を見ている者がいたとしても、暗い都市の底を馬と変わらぬ速度で駆け抜ける彼女の姿を捉えることは難しいだろう。

 エリザベートが駆けつけたとき、埋め立て門(ポルト・デ・ランブレ)の前に人影はふたつしかなかった。


「ヴァン! マリウス!」


「エリザベート親方?」


「エリー? 何しに来た」


「とりあえず、ヴァン、ごめん(エスクーザ)!」


 エリザベートは疑ってきたことが申し訳なくて深々と頭を下げる。


「え? な、何がですか?」


「あとでしっかり説明して謝るから! ロシュは何処(どこ)?」


「えっと……」


「ロシュさんなら、さっき肉屋の夜警と一緒になって、兵士に伝えたいことができたから中に」


「あいつらもグルか! 夜警のときに血の付いた包丁を持っていたのは、鶏か何かの肉を切って城壁の外に投げ捨てて、狼を東に誘き寄せていたんだ!」


「何を言っているんだ、エリー?」


 そのとき、鉄の(きし)む音がエリザベートの耳をつんざく。音の聞こえた方向へ視線を向けると、完全に暗闇と化していた門下路の先に、薄い線が現れる。城門の向こう側、2枚の格子戸を隔てた先で、昇降式の跳ね橋が降ろされて城門内に僅かな光が射しこんだのだ。


 闇に沈んでいた通路がゆっくりと輪郭を現していく。

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