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43話 マリウスが何か言いたげにしている

 南側城壁に沿って歩き、前日のようにロシュが豚飼いの家の前でサクランボの種を投げ捨てていると、織物組合の夜警がやってきてすれ違った。


 しばらく進み南西の角を右に曲がろうとしたとき、遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。反響するから城壁の傍を歩いていると音の発生源が分かりにくいが、それは北から降ってきたように思えた。


「昨日より近い気がするけど、気のせいよね? 川の向こうだよね……」


「……以前、ボクが暮らしていた村に狼が来たことがあったんです」


「うん」


「そのときは、こんなふうに吠えてはいませんでした。ある夜に豚が急に騒ぎ始めて……。次の朝、近くの家の鶏が食べられていたことが分かりました」


「そっか……。確かに狼だって、襲撃するときは静かにするか……」


 西側の城壁を北に向かって歩いていると、今度は肉屋組合の夜警と遭遇する。彼らは前日と同じように大きな肉斬り包丁と、太い棍棒で武装していた。


 ロシュが前日よりも打ち解けた様子で彼らに挨拶し、すれ違う。

 エリザベートは歩を僅かに強めてヴァンの隣に並ぶと、恋人に甘えるようにして彼の右腕に抱きつく。

 そして、ヴァンの右手首をそっと掴んで押して手燭(てしょく)を動かし、肉屋組合の男たちとすれ違う一瞬、肉斬り包丁を照らす。


(血の匂いが濃い気がしたからまさかと思ったけど、まだ濡れてる。新しい血……ね。人間の血の匂いじゃない気がするし……。お仕事を終えた直後? 洗ってないの? 気になるけど、今の私は悪魔憑きの件だけで頭はいっぱいいっぱい。明日の朝、騒ぎになっていたらリュシアンに教えるか……)


 そう結論づけて、エリザベートは肉斬り包丁については追及しないことに決めた。


 その後、彼女たちは夜警を続けて北側城壁を東へ向かい、ギュイ親方の店の近くまで戻ってきたところで解散した。

 家への方向が同じなので途中まではマリウスも同じだ。3人は大通りを西へと進む。


 大勢の人と音で賑わう昼間と異なり、辺りは暗く静まり返っている。壁に囲まれた都市の底では風も吹かず、埃が舞うこともなくしんとしている。


 マリウスが不意に立ち止まる。


 ヴァンが足を止めるから、エリザベートも同じようにする。


「……マリウス? どうしたの? 暗くて怖くなっちゃった?」


「……昼間、城壁の工事現場で労働者の骨折を治療したな?」


 夜でなければ耳から零れ落ちてしまいそうに、低く小さい声だった。


「ええ。そうよ。雑な処置がしてあったから、放っておけなかったの」


「そうか……。だが、次からはしない方がいい」


「なんでよ」


 城壁は内側から射手(しゃしゅ)が弓で外を狙うときに使用する射撃場が用意されており、人が向かいあって座れるようになっている。長話をするつもりなのか、マリウスがそこに移動して腰掛ける。


 手燭(てしょく)が照らす狭い穴の中で、マリウスの顔は歪んでいるように見えた。


「私は長話をするつもりはないわよ」


「いいから聞け」


「立ったまま聞くから、どうぞ。怪我人の治療をしたらいけない理由を教えて」


「……それは」


「……ほら。早く言いなさいよ。腰を()えておきながら、だんまり?」


「……」


「どうせ分かるわよ。あんたが言いたいことも、言いにくくしている理由も」


「……ッ。だったら」


「答えはシンプル。お断り」


「違う。お前は誤解をしている」


じゃあね(アデュー)。ヴァン。帰ろ」


 エリザベートは踵を返し、ヴァンの左手を握る。


「い、いいんですか?」


「いいのよ」


「マリウスさんは大事なことを話そうとしている気がします」


「ほら。暗いよ。ヴァン。来て。灯りを持っているのは貴方だけなんだから」


()はい(オック)


 エリザベートが率先して暗がりに向かえば、手燭(てしょく)を持っているヴァンはついてくるしかない。

 一度振り返ると、マリウスの持つ手燭(てしょく)の灯りは動いていない。

 十分に距離が開いたからエリザベートは自分の考えをヴァンに伝えようかと思ったが、やめた。自分の勤務先が同業者から、乗っ取り目的の嫌がらせを受けているなんて、言いづらいからだ。

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