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42話 夜警は東側の城壁に狼が侵入可能な位置を見つける

 ふたりが待ち合わせ場所に行くと、昨晩に続いてマリウスが来ていた。


「ふん。お守りがないと夜の都市をひとりで出歩けないのか」


 マリウスがヴァンをからかうから、エリザベートは彼女を(かば)うためにふたりの間に割って入る。


こんばんは(ボン・セール)、マリウス。私が貴方と夜の散歩をしたかったのよ。もちろん歓迎してくれるでしょ? 月明かりで見る貴方は普段より素敵よ」


「なっ……!」


 もちろん冗談だが、からかわれていることは理解してくれたらしく、マリウスは口を(つぐ)んだ。


 ギュイ親方の店から、身をかがめながらロシュが出てくる。


「来てしまったものはしょうがない。昨日と同じ道を行くぞ。つまらない言いあいに参加しなかったヴァンには、今日もサクランボをやろう。お前だけは見どころがある」


ありがとうございますメルセス・デ・ト・コール。ロシュさん」


「さあ。行くぞ」


 ロシュがサクランボを食べながらのっそり歩きだし、3人はその後を追う。


 建築途中の東側の城壁沿いに歩いていると、エリザベートは昨晩は気にも留めなかったことが、気になった。

 昼間見た光景を思いだす。城壁と同様に東側の堀は完全には完成しておらず、跳ね橋を渡す位置は丸太で補強されて土が残っている。その上に、跳ね橋が降ろされた状態になっている。


「夜の間は、石を載せた荷車で城門の中を塞いでいるのね。確かにこれだと、牛や馬を連れてこないと簡単には動かせないから、夜盗の集団が潜りこむのは大変だと思うけど……。あ。石の上にバケツが置いてある。もしかしたら、荷車を動かしたら音が鳴るように、鈴でも入っているのかな?」


 夜間に試すわけにはいかない。現場管理者とは顔なじみになったので、翌日にでも聞けば教えてもらえるだろう。

 しかし、それよりも気になるのは――。


「狼だったら、荷車の下を通れるんじゃない?」


「え? この下を? ……見てみるか」


 マリウスが手燭(てしょく)を地面に置き、荷車の下を覗きこむ。荷車は車輪が2対あるタイプなので、車体の底が地面と水平になっている。


「俺の肘から手首くらいの高さはある。とはいえ、狼が這って進むとは思えないが……」


「俺もマリウスと同意見だ。こんな、子豚がようやく通れるような高さのところを、狼がくぐるとは思えないな。そもそも狼は()えないだろう」


 ロシュは荷車の下を気にした様子もなくサクランボを口の中で転がしている。


「確かに、そうよね……。犬が這うところも見たことないし……」


 エリザベートも、狼は走って獲物に飛び掛かる生き物という印象が強いため、()って進む姿を想像できない。だが、悪魔憑きが変身した狼なら話は別だ。人間に戻って()い進めば良いのだ。


(北の城壁は跳ね橋が上げられるし扉が閉じるし、落とし格子も夜間は降ろされるよね? だから侵入は難しい。けど、ここだったら、ヴァンが悪魔憑きを招待したら、簡単に侵入可能……)


 疑いたくはないが、もしヴァンに命令している悪魔憑きが、アイガス・モルタスの東側と南側の城壁が建造途中であることを知っているのなら、ここを侵入経路にする可能性は十分ありうる。――とエリザベートが考えを巡らせていると、ヴァンが予期せぬことを言い始める。


「あの。この高さなら、狼はくぐると思います……」


「え? なんで?」


「犬と違って狼は山の斜面を掘って巣穴を作り、そこで出産や子育てをします。巣穴の天井は低いです。だから、()って移動します。もしここに餌があれば、狼は荷車の下を侵入すると思います。僕のいた村だと、狼が地面を掘って柵をくぐるといけないので、豚や羊は建物の中に入れていました」


「なるほど。都市育ちの俺たちには出てこない発想だな。マリウス」


「ええ……」


「明日になったら、荷車の下に石を置くか罠を設置するように提案するか……。今日のところは……」


 ロシュは背後を振り返り、都市の北東に位置する新しい町の塔トゥール・ド・ヴィルヌーヴを見上げる。


「念のため、見張りの兵士に、狼が荷車の下を()って侵入する可能性があることを伝えておこう」


 ヴァンの意見はエリザベートの不安を多く解消した。黙っていれば誰も気づかなかったかもしれないのに、ヴァンは自ら悪魔憑きが侵入する経路をひとつ潰したのだ。


(うん。やっぱ、ヴァンは悪魔憑きとは関係ない。それとも他に侵入経路がある? 山に造るような城塞は抜け道があるって言うけど、アイガス・モルタスにはないよね? あったとしてもヴァンが知っているとは思えないし、リュシアンが対策しないはずがない)


 新しい町の塔トゥール・ド・ヴィルヌーヴの眼前まで来たエリザベートは西へと延びる北側城壁を見上げる。

 考え事に意識を取られていた彼女は、前の3人が立ち止まったことに気づくのが遅れて、ヴァンの背中にぶつかりそうになった。


「あ。ごめん」


「いえ」


「お前たちはここで待っていろ。4人で行ってもしょうがない。俺が行ってくる」


 ロシュがひとりで城壁の階段を上っていく。新しい町の塔トゥール・ド・ヴィルヌーヴの屋上へ出るには、城壁の上から中に入る必要がある。


 しばらくしてロシュが戻ってくると、エリザベートたちは夜警を再開した。

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