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41話 エリザベートは自己嫌悪する

 エリザベートはヴァンを呼び、彼女の髪を切った。


「本当に、ごめんね(パルドナ・メ)


「いえ。まったく気にしません(トット・ヴァ・プラン)。それに髪の毛は短い方が頭が軽くて楽です」


「女の子っぽく可愛くしてあげたかったんだけどね……」


 男のフリを続けるため、ヴァンの髪は短くした。目元まであった前髪をバッサリいけば、陰気な印象は薄れ、護ってあげたくなる子犬のような印象が強まる。切った髪はカツラにできるよう残しておいたが、やはり心苦しい。


 エリザベートは背もたれの背後からヴァンを抱きしめる。


「親方?」


「完全に私の都合を押しつけちゃった……。罪悪感と自己嫌悪……。ほんと、ごめん。ヴァンの生活が困らないようにするから……」


「あの。本当に気にしないでください。こんなにも立派なお家に住まわせて頂けるだけで、ボクは幸せです」


「……そう言ってくれると助かる」


「ボクこそ水瓶(みずがめ)を割ってしまって……」


 首筋に抱きついたことにより吸血衝動が(うず)いたエリザベートはますます自己嫌悪をし、慌てて離れる。


「あ。そうだ。水瓶(みずがめ)。まだ買ってない。忘れないうちに行こ」


はい(オック)


 ふたりは都市の南西にある店に行き水瓶(みずがめ)を買った。来月に理髪同職組合(ギルド)の組合費が払えるか心配になるような値段だった。懐事情が厳しくなってきたエリザベートは、先のことは考えないようにするしかない。


 陽が暮れる頃になると男が店にやってきた。平服を着ているため、一瞬、誰か分からなかったが兵士のマルクだ。彼は朝の礼にと、ざるいっぱいのイチゴを持ってきた。


「今朝は本当に助かった。命の対価には及ばないが、是非、受けとってくれ。赤い食物は血になるのだろ?」


ありがと(メルセス)。嬉しいわ。確かに、イチゴとかリンゴとか赤いものを食べると血になると言われているけど、うちは血を抜く側よ。これは血を抜かれた患者が食べる物」


「そ、そうか」


「あっ。余計なことを言ってごめんなさい。隣に行って、みんなで一緒に食べましょ。ほら。貴方も来て。溺れかけて血の気が引いた貴方が食べるには、いいかもしれないわ」


 こうしてエリザベートは先日のヴァンに続き、今度は兵士を伴って3人で隣家を訪れた。


 食事の場では、やはり都市近郊に出没する狼が話題になった。

 マルクが言うには、川で見張りをしている最中に森の方から何度も狼らしき遠吠えが聞こえてきたそうだ。長い遠吠えがひとつ響くと、離れた位置から短い遠吠えが連続して何度も聞こえる。彼は仲間を呼ぶ声と、応じる声ではないかという推測を述べた。


 エリザベートに真偽は分からない。だが、悪魔憑きが化けた狼ではないと思えた。人間なら会話すれば良いので、遠吠えで意思の疎通をする必要がないからだ。やはり、悪魔憑きの集団と狼の群れが同時に接近しているのだろう。


 悪魔憑きは都市の近くに潜み、人目につかない夜中に城門が開くのを待っている。

 教会の教えを信じるのなら、悪魔憑きは都市の住民から招かれない限り、中に入ることはできない。教会の法律と俗世の法律と、アジール(人を恐れさせ、立ち入りを拒絶する力を持つ聖域のこと)によって都市は護られている。


(本当に、悪魔憑きは招かれない限り都市内に入れないの?  私が都市に入れたのは、アンリさんと一緒だったから?)


 誰もが悪魔憑きを都市に招けるわけではない。それが可能なのは都市の住民だけだ。

 つまり、都市に来て数日のヴァンが悪魔憑きをアイガス・モルタスに招けるとは限らない。知りあいが数人できた程度の彼女自身が、まだ都市民から仲間として認められていないだろう。


 しかし――。


 ゴザに座ったエリザベートは、竈の近くで男たちの輪に加わっているヴァンに視線を向ける。

 歳の差を気にせずにマルクが気さくな様子で彼女に話しかけている。彼にとって、ヴァンもまた命の恩人だ。


 ギュスターヴがヴァンの皿に料理を追加する。なんでも「美味しい」と目を輝かせるヴァンの反応は、彼にとって気持ちの良いものだろう。


 ヴァンが悪魔憑きを都市内部に招く条件を満たすために、いったいどれだけの市民から仲間として認識されればよいのかは分からない。


 だが、条件を満たすのはそれほど遠くない日のようにも思える。


(交友関係が広がるのはいいことだし、広がってほしいけど……。もしヴァンが悪魔憑きを呼び寄せようとしているのなら、招く条件を満たしちゃうのよね……)


 エリザベートはどうすべきか分からずに、悶々(もんもん)とした。

 ヴァンのことは善人だと信じている。だが、彼女が悪魔憑きに騙されて利用されて、いいように行動を操られている可能性は捨てきれない。


(ヴァンを追っていた狼が悪魔憑きだったら……。怪しまれずにヴァンを都市に送りこむため一芝居(ひとしばい)うった可能性がある。だから、ヴァンは狼に追いつかれなかった、という解釈もできるのよね……。うー。疑いたくないのに……。ここでも自己嫌悪……)


 食事が終わり自宅に帰り、晩課の鐘が鳴るとヴァンはひとりで理髪同職組合(ギルド)の夜警に向かおうとした。


「エリザベート親方は休んでいてください。道は覚えたのでひとりでも行けます」


「んー。昼と夜は勝手が違うから、しばらくは私もついていくよ」


 そう言い、エリザベートは2日目も夜警に参加することにした。ヴァンが悪魔憑きを都市内に招こうとするのなら、何かしらの行動を取るかもしれない。疑いだしたらキリがないが、自分からひとりで行くと言いだしたのは気になる。

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