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35話 都市をぐるっと一周して、どんな建物があるのか教える

「じゃ。夜警と同じ道順で1周するからね。昨日は暗くてよく見えなかったでしょ」


はい(オック)


 ふたりは並んで大通りを歩きだす。人通りが多いので、はぐれないように手を繋いだ。


「ここはエミール・ゾラ大通り。もしくは市場通り。間違いなく、昔、エミール・ゾラっていう人が住んでいたわね。お年寄りに聞けば分かるかも。左手にあるのが塩の塔(トゥール・デュ・セル)。塩を売りに行く人がここを通るの。税を徴収する必要があるから、商人の荷車が通っていい門は決められているのよ。私たちは何処(どこ)を通ってもいいからね。右手にあるのがパン屋。昨日食べたパンはふたつめのパン屋さん。明確な数は定められていないけど、食べきれないほどのパンを買うと処罰されるから。小麦が不作だった年に別の都市で、飢饉(ききん)を見越してパンを買い占めた人が死罪になったそうよ。パンを買えなかった人は生きていけないからね。都市によっては無許可で生地をこねたり焼いたりすることも犯罪だから気をつけてね。生地をこねて販売していいのは領主の妻だけだったり、焼くときに窯の使用税が必要だったりするから。アイガス・モルタスはどっちも自由」


 住んでいた村にパン屋がなかったので、その概念すら知らないヴァンは、エリザベートの語る内容を頭の中で処理しきれずに目を白黒させた。


「どうして親方は、他の街のことも知っているんですか?」


「んとね、外科医は巡回医(じゅんかいい)ともいって、各地を転々として修行しながら定住地を探すの。私もそうしたから、外のことを知っているの。私は巡礼中のアンリさんと出会ってアイガス・モルタスに来て、お家を相続したからここで暮らすようになりましたとさ」


「アンリさんはどんな方だったんですか?」


「優しいおじいちゃんよ。髭剃りの練習台になってくれたから、顎は歴戦の騎士(カヴァリエ)みたいに傷だらけだったかな……。じゃ、どんどん進むよ」


 エリザベートはヴァンに、未知のものと出会って心を躍らせてほしいと思っているから、遠慮せずに思いつくまま喋る。


「パリなんかはお城を中心にして家を建てるから街が丸くなるの。そうしたら城壁も丸くなるの。それで城壁の外にも家が増えたらまた城壁を造るから、城壁が何枚もあるのよ。けど、アイガス・モルタスは最初から計画を立てて家を建てているから、城壁が綺麗な長方形。右手は、服屋、服屋、服屋。同業組合で集まっている通りね。服を買ったり売ったりします。生地だけを売ったり買ったりするところもあります」


 ふたりは大通りの終点に到達した。ここは都市の東北端に位置する。


「はい、突き当たって新しい町の塔トゥール・ド・ヴィルヌーヴ。アイガス・モルタスの家々が西から東に広がっていったのが分かる名前ね。右に曲がって南へ向かうよ。ここを右にちょっと行くと修道院があります。修道士とすれ違うときは道を譲って、こうやって腕を曲げて、手を組んで頭を下げるように」


 エリザベートは説明しながら腕を曲げて手を組んだ。その腕の形が似ているから、手に鎌を持つ昆虫は、異国では(おが)み虫やカマキリと呼ばれ、この地では修道士の外套(マント・ルリジューズ)と名付けられている。


「女性はみんなそうするし、修行の妨げになったらいけないから可能な限り修道士には近寄らないようにするの。ほら。(あし)屋はこの先にあるけど、昨日はここを通らなかったでしょ?」


「あの。どうして修行の(さまた)げになるんですか?」


「えー。だって、私みたいな美人がいたら、『あの精霊のように美しい女性は誰だろう』『聖母マリアの生まれ変わりではないだろうか』と私のことばかり考えちゃうでしょ。まあ、それは冗談。知識や財を蓄える修道院と違って、ここにある修道会は、質素に暮らして知識を市民に与えて都市の発展に貢献する素敵なところよ。尊敬して接しましょう」


はい(オック)。ボクはこの街に来る途中で、修道士様からパンを頂きました。とても嬉しかったです」


「ん。感謝、感謝ね。……さて、ここを右に行って3件くらい行くと昨日夜警でご一緒したロシュさんが働くギュイさんの理髪店があるけど、スルーして進みましょう。左手の壁はまだ建造中です。だから、高さは半分しかありません。でも、私の背より高いし、狼だってここを越えて侵入するのは不可能。家にいても聞こえてくるコーンコーンという音は、この壁の向こうで石を割っている音よ」


 ふたりは南東端に建つ武器庫の塔トゥール・ド・ラルセナルに到着した。


「今、私の家と対角の位置に来ているけど、頭の中で地図を描けてる? この街を上から見下ろしたら私の家が左上で、今は右下にいるからね?」


はい(オック)。……多分、大丈夫……です」


「昨日来た(あし)屋を通り過ぎてちょっと進んで、この辺りは沼で猟をする人や塩田で働く人が住んでるわ。壁の向こうは海と砂浜と陸地と砂州(ラグーン)。潮の満ち引きで変わるから、塩湖のときもあれば海のときもあります。危ないからあまり近づかないように。溺れたら死んじゃうから」


はい(オック)。気をつけます」


「漁師がたくさん出入りするから南の城壁は門が多いのよ。ほら、ここを右に行くと今朝お魚をくれた髭もじゃジャンたちがいたところね」


 ふたりは進み、豚飼いの住む家の前を通りかかり、昨晩ロシュが捨てたサクランボの種がなくなっているのが分かり笑った。


「豚さんが綺麗に食べてくれました」


「ねー。けっこうたくさん捨ててたけど、豚さんには全然足りなかったはずよ」


 それから真っ直ぐ進み、南西端に辿り着く。


「最後が東側。見どころが多いから、1本手前の道を行きましょう。途中から変な臭いがするけど気にしないように。右手が、帽子屋に糸屋に鞄屋。左手が私の仕事に関係しているところね。ここは獣皮紙(パルシュマン)屋。隣が金物屋。さらに隣が研ぎ屋。ここでハサミとか瀉血(しゃけつ)ナイフとか研いでもらいます」


 獣皮紙(パルシュマン)工房の前を通ると、動物の皮からそぎ落とした脂肪や、石灰水に浸けられた皮の刺激臭が鼻を突く。城壁が風を遮るので臭いは滞留しやすい。


「反対のこっちは葡萄酒(ワイン)屋。理由は声を大きくして言うわけにはまいりませんが、南から歩いてくると、これが鼻を癒やしてくれて、すごーく、いい匂いなんです。欲しくなっちゃうね」


 ふたりが北上を続けると、広い空き地が現れる。地面は草で覆われていて、トネリコの木が壁のように並び、市民が木陰に座っている。


「ここは市民の憩いの場。お散歩したりペタンクしたりします。ペタンク知ってる? まん丸に削った木の球を投げてぶつけるの。ここは、アイガス・モルタスを造った(サン)ルイの名前を貰って、(サン)ルイ広場よ。十字軍(クロワザード)に向かった兵士はここに整列したのかも」


十字軍(クロワザード)ってなんですか?」


「あー。知らなくても困らないわ。(サン)ルイの名前だけ覚えておいて。何代か前の、フランスの王様。キリスト教世界のために戦った偉大な御方よ。井戸があって誰でも水を使っていいけど、あまりオススメしないかな。ここは海が近いから地下水に不純物が多く混ざっているの。そして、こっちの建物が教会。お祈りしに来てもいいし、人に知られたくない悩みがあったら司祭様に相談しに来るのもいいわ。いつも鳴って私の眠りを妨げる鐘は、ここの鐘楼(しょうろう)にあるの」


 耳を塞ぎながら鐘楼(しょうろう)を見上げて(にら)むエリザベートだが、ちょうど扉が開いて中から司祭が出てきたので一瞬で面貌(めんぼう)敬虔(けいけん)なカトリック教徒に変え、手を組んで頭を下げる。そして、司祭にヴァンを紹介した。


 その後、穀物市場と造幣所の前を通り過ぎ、何度か水()みに行って帰ってこられるほどの時間を費やし、ふたりは自由通りリュ・ド・ラ・リベルテに戻ってきた。

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