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18話 エリザベートはヴァンを洗う

 エリザベートは大通りに足を運び、羊毛で支払ってヴァン用の下着を購入した。


 家に帰ってくるとヴァンは理髪店にはいなかった。隣の書庫を覗いてもヴァンの姿は見当たらない。


 中庭に繋がるドアが僅かに開いていたから見てみれば、ヴァンはプラタナスの根元にいた。


 20件ほどの家屋で囲まれた共用の中庭は、石畳の路地や土間の1階と異なり、草が生えている。4本のプラタナスは家屋と同じほどの樹高。鶏やウズラの鳥舎が3軒に1個の割合で置いてある。柵で囲まれた小さな菜園に植えられているのは(かぶ)とタマネギ、他に左隣の薬剤師が育てているハーブ類。10頭前後の子豚と20羽前後の鶏とウズラが放し飼いになっている。


 ヴァンはプラタナスの根元にもたれかかって寝ているようだ。豚の皮を編んだ粗末な服を着ている彼のことを仲間と思ったのか、子豚が4頭一緒にお昼寝をしている。


 多くの人が春に子豚を購入し、冬に解体してハムやソーセージにして食べ、モモ肉など高価な部位を肉屋に売り、余ったお金で翌年に子豚を買う。こうすれば半永久的に肉が手に入るので、庭がある都市民は自宅で豚を飼うことがあった。


 エリザベートは子豚を2頭飼っており、元気に歩き回れる方は豚飼いに預けてある。今自宅に残っているのは、外に出すのが不安な小さい子豚だ。

 羊も4頭所有しており、羊飼いに預けている。羊飼いは群れを連れて、北の牧草地へ移動しているため、冬になるまでアイガス・モルタスには戻ってこない。完全に預けたっきりである。


「気持ちよさそうにしているなあ。私もお昼寝するかあ」


 エリザベートは膝を抱えて腰を落とし、ヴァンの顔を覗きこむ。


 そのとき、エリザベートの気配に気づいた子豚が1頭起き上がり、それに反応して他の子豚も飛び跳ねる。


 ヴァンが(まぶた)を大きく開ける。


「親方は外出中です。少々お待ちください」


「わ。びっくりー」


 エリザベートは言葉とは裏腹に大して驚いていないから、声の抑揚(よくよう)は小さい。


「え? あ」


「えー。なになに君ぃ。寝ぼけてた? ちゃんとお留守番できて偉い」


()ごめんなさい(パルドナ・メ)!」


「あ、いや、別に居眠りくらいいいけど。それよりも大人の豚がいるときは居眠りしちゃ駄目だからね。君が食べられちゃう」


はい(オック)


 冗談ではなく、病人や乳幼児が豚に襲われて捕食されることはある。そのため赤ん坊がいる家では、赤ん坊の体を布で巻いて這い回れないようにして2階に寝かせる。


「左の後ろ足の毛を剃ってあるのが、うちの子だから特別に可愛いがってあげてね」


はい(オック)


「ちょっと待ってて」


はい(オック)


 エリザベートは理髪店に入り水瓶(みずがめ)から桶に水を一杯()み、石けんと、壁のロープに掛けてあった手ぬぐいをとってきた。


「着替えてもらう前に、先ずは体を洗います。脱いで」


()はい(オック)。あ、あの。自分でやります」


「背中や頭は自分でやれないでしょ。ほら、背中を向けて脱いで」


はい(オック)……」


 ヴァンが背を向けて服を脱ぎ、ボロ布の腰巻きを取る。パンをたくさん食べさせてあげたくなる背中だった。


「じゃ。頭から洗います。冷たくても文句は受け付けません」


はい(オック)


「石けんを使うから、頭に違和感があっても絶対に目を開けないでね。口も閉じててね」


はい(オック)


 エリザベートは泡立てた石けんでヴァンの髪を洗う。


「呼吸は止めなくていいからね? 鼻で息を吸ってもいいから。あとちょっとの我慢」


「うー」


「はい。よく頑張りました」


 水を掛けて泡を洗い流し、手ぬぐいで優しくヴァンの顔を拭く。


「はい。洗髪は終了。目を開けてもいいよ。髪質はいいみたいだし、これからは小まめに洗うのよ。お次は、お背中を洗います」


 手ぬぐいを濡らして泡立てた石けんを付け、ヴァンの背中を拭く。


「うわあ。面白いくらいボロボロと垢が取れる」


()ごめんなさい(パルドナ・メ)……」


「気にしない気にしない。長旅してきたんでしょ。しょうがないよ。それにしても小っちゃい背中ね。まるで女の子」


ごめんなさい(パルドナ・メ)。頑張って早く大人になります……」


「謝ることじゃないでしょ。さ。背中終了。前は自分で洗ってね」


はい(オック)


 しばらくしてヴァンが体を洗い終えたので、汚れた水は畑に()いた。


「じゃ。綺麗な水を掛けるから、畑の前で立ってて」


はい(オック)


 エリザベートは理髪店に行き、水瓶(みずがめ)から桶に水を()む。

 そして中庭に戻った。


 ヴァンは菜園に背中を向け、出入り口ドアに体の正面を向けていた。だからエリザベートは正面からヴァンの裸を見る。


「こらこら、正面を――。え? あれ?」


 視線を逸らそうとしたのだが、その一瞬で見てしまった……というより、股間にあるだろうと思っていたものが、見えなかった。


「ヴァン。おちんちん……どうしちゃったの?」


「ありませんよ……?」


「え? 狼に食べられちゃったの?」


「最初から……ありません……」


「嘘……。てっきり男の子だと……」


「だ、駄目ですか。女だと働かせてもらえませんか?」


 ヴァンの声が震える。どうやら性別を誤解されていると気づいていたようだが、働きたいから言いだせなかったようだ。


「女だけど、畑仕事は得意です。キャベツ。作れます。エリザベートさんの赤ちゃん作ります。だから、お願いします。私をここで働かせてください」


「働くのは構わないけど……。うーん。とりあえず。えいっ」


 エリザベートは桶の水をヴァンにぶっかけた。

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