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14話 城代リュシアンはエリザベートに、ヴァンかマリウスかどちらかと結婚しろと言う

 リュシアンは純朴な少年を温かい瞳で見つめたあと、冷淡な目つきでエリザベートを見下ろす。


「お前には結婚相手を探してくれる父親がいないのだから、代官の私が相手を決めるのは当然のことだろう」


「それは……。だからっていきなり結婚しろなんて、横暴な」


お待ちくださいアレスタ・セ・テ・プレイ、リュシアン様!」


 静観するかに思えたマリウスが割って入ってきた。慢性的に新鮮な話題に餓えている市民が、新たな登場人物の出現に「おおっ」と期待の声をあげる。


「エリザベートと結婚するのは俺です!」


「あんたは黙っててよ……」


「エリザベート。マリウスかヴァンか、どちらでも構わないから選べ」


「そんな……」


「エリー! 俺と結婚しろ! 理髪店は俺に任せろ!」


「マリウスは情熱的な男だ。彼の何処(どこ)に不満がある? 職人としての腕はお前も知っているだろう。良縁ではないか」


 だって、こいつ、私の店を乗っ取るつもりなのよ。そんなヤツと結婚するなんて、嫌に決まってる! 私はアンリさんに、理髪店を繁盛させるって誓ったの!


 ――と叫べば「誓いを果たすために夫婦で手を取りあって店を経営しろ」と言われるのが目に見えている。


「お前との仲を取り持ってくれという陳情(ちんじょう)が毎日のように来て、いい加減、私の仕事の(さまた)げになる。マリウスならば良き相手に見えるが、お前が言うには、この街に相応(ふさわ)しい男がいないから結婚できないのだろう? ほら、知りあいの男が外からやってきたんだ。ちょうど良いではないか。選べ」


「う、ううっ……」


 エリザベートは顔を引き()らせて口を開閉する。


 リュシアンは馬首を巡らせてヴァンを見下ろす。


「ヴァン。エリザベートは司祭も裸足で逃げ出すほど朝から晩まで喋り続けるようなうるさい女だし性格に難があるが、見た目に文句はないだろう。妖精のような(フェリーク)エリザベートなどと呼ばれているほどだ」


()はい(オック)


「まあね! 美しいのは事実! でも、うるさい女っていうところは嘘だからね? 仮に司祭様と同じくらい私の話が長かったとしても、それは、もう、司祭様と同じくらいありがたい説教をしているんだから聞く価値があることなのよ」


「アイガス・モルタスはまだ発展途中の街だ。何よりも重要なのは、人口を増やすことだ」


()はい(オック)


「お前、単純な足し算くらいはできるな?」


 混乱の渦中にあるヴァンは「は、はい」と小声でどもり、餌をついばむ(きじ)のように首を縦に振る。


「私が求める1足す1の答えは2ではない。3でも4でもない。最低でも5だ」


 つまり、結婚適齢期の若い男と女が1組いるのだから、最低でも3人の子を産めということだ。


「分かりました」


「ちょっと、ヴァン! なに了承しちゃってるの!」


お待ちくださいアレスタ・セ・テ・プレイ! リュシアン様! 俺だったら、1足す1を10にしてみせます!」


「ちょっとやめてよ。……10ぅ?! 3人にひとりが病死しても、12人も産まないといけないじゃない!」


「ふむ。このコントを見る限り、私はマリウスとの結婚を勧めるが?」


「ちょっと、リュシアン。住民を増やすことより、減らさないことを考えたらどう? 貴方も狼がうろついていないか見に行ったらどうかしら!」


「言われなくとも行く。いずれにせよヴァンには暮らす家がない。エリザベート。しばらくおいてやれ」


「うん。それはいいけど。うちで働いてもらうつもりだし」


「ヴァン。子供の作り方が分からなければ教会に行き司祭に聞け」


「わ、分かりました。けど、大丈夫です。知っています」


「わーお。そういうことと無縁そうな顔つきしているのに、知っているんだ」


「エリー。こいつではお前に恥をかかせる。俺に任せろ」


「あんたは黙ってて。いい男を気取るなら、少し気を遣って口を閉じてて。というか、エリーって呼んだら、二度と口を利かないって言ったよね?」


「ヴァンにはまだ聞くことがある。しばらくはエリザベートの家を離れるな」


 リュシアンは馬を走らせるとすぐに城門を潜り、都市の外へと姿を消した。


(どうしてこうなった……。店を護りたかっただけなのに……)


 エリザベートが頭巾(シャプロン)を被り直し、将来について考えを張り巡らせていると、ヴァンが何か思いついたと言いたげに頷く。


「いきなりのことで、何がなんだか分からないけど……。春キャベツを植えるにはいい時期です。任せてください」


「……キャベツって言った? ごめん。考え事してて聞き逃したのかも。もうちょっと大きい声で、もう一度言って」


「春キャベツを植えるにはいい時期です。任せてください」


 ヴァンが領主から褒められたばかりの指を自慢げに掲げてくるが、エリザベートは意図を理解できない。


「……私、オック語とオイル語とラテン語とアラビア語が分かるんだけど、春キャベツ? なんのことかよく理解できなかったんだけど……。なんでキャベツ? まさか……。キャベツの中から赤ちゃんが生まれるって思ってるの? それは、親が子供に『赤ちゃんってどうやってできるの』って聞かれたときに、具体的な行為を説明しないようにするための、でまかせよ」


「具体的に? ですから畑でキャベツを……」


「……え? 冗談で言ってるんじゃないの? もしかして、都市の住民を増やそうと思ったら、私の方から色々教えて誘惑しないといけないの?」


「大丈夫です。畑と(ベッセ)さえ借りられたら、必ず立派なキャベツを育ててみせます」


「……貴方に必要なのは(ベツセ)ではなく、私をその気にさせるキス(ベーゼ)よ」


 これは、いきなり代官に結婚するよう言われたエリザベートが、彼女なりに現実を嘆きつつも折りあいをつけようとして口にした自虐混じりの軽口だが、ヴァンは近代的な都市民(ブルジヨワ)の言い回しを正しくは理解できない。


 しばし静観していたマリウスが、ヴァンを押しのけるようにしてエリザベートの前に立つ。


「おい、もう喋ってもいいか」


「え。なにあんた。私が少し黙っててって言ったから、本当に少し黙ってたの? 君は普段からそういう素直さを見せなさいよ」


「エリー。お前はそいつと結婚する必要はないだろう。ヴァンが来た時点で、少なくとも都市の人口はひとり増えた。1が2になったんだ。当面、リュシアン様も猶予(ゆうよ)をくれるだろう」


「あっ。マリウス、()えてるぅ! 確かに私は人口を増やした。たまにはいいこと言うね! メルセス(メルシー)()(トゥ)コール(クール)!」


「お、おう。お前だって、普段からそうやって素直に――」


「そうだ。ヴァン。紹介しておくね。こいつはマリウス。顔立ちが整っていることを自覚していて、それを隠そうともせずに態度に出す嫌なやつ」


「名前以外はお前の自己紹介か?」


「まあ、同業者だからあまり邪険にもできないし、適度に距離を取って関わってあげて」


「あっ、あの、マリウスさん。よろしくお願いいいたします」


 ヴァンが頭を下げた先でマリウスは「ちっ!」と舌打ちをする。


「そういうことで、夜警はヴァンが参加するから、なんの問題もないってルネさんに言っておいてね。じゃ!」


「あっ、おい!」


 まだ言いたいことのありそうなマリウスを放置し、エリザベートはヴァンの手を取って歩きだす。


 軽く噴きだすような音が聞こえたから視線を向けてみれば、様子を横目で見ていた門番が笑っていた。


(うあちゃ……。大きい声で喋りすぎた。全部、聞かれていたじゃない……。ああ、もう……)


 会話に意識が取られていて失念していたが、周囲にいた市民たちもコントを堪能したらしく笑っていた。


 笑いの絶えない理髪店を経営したいのであって、私が路上で笑われたいわけじゃないのよ、とエリザベートは心の中で嘆いた。

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