第三話
七災魔。それは、ベネテラに突如として現れた七匹の怪物の名。
それらは、あるいは悪魔であり、あるいは大蛙であり、あるいは魔女であり、あるいは怪鳥であり、あるいは何者でもない。
地上に生まれ落ちた怪物らは、やがて大陸の各所に散らばり、各々が侵略という名の浸食を始めていた。
ある七災魔は奪い取った領土に留まり、我が子にも等しい存在である眷属たちに侵略を任せた。
また、ある七災魔は絶えず侵攻を続け、ベネテラに生きるものの居場所を刻々と奪っていた。
また、ある七災魔は、来たる日まで虚空に閉じこもり、長い眠りにつくのだった。
さて、そんな忌まわしき七災魔なのだが、その中に「混沌」の名を冠する化物がいる。
名は、サン・ルー。滅びの歌をささやきながら、空を飛ぶ怪鳥だ。
この七災魔の目撃情報は他の六匹に比べると、少ない部類に入る。
さる目撃者によると、その怪鳥がひとたび歌い始めれば、豊かな土地は一転、一夜にして腐った大地へと成り果てたのだとか。
また、とあるエルフの証言によれば、サン・ルーの歌を聞いた同族のエルフたちが、突如狂ったように踊り始めたという。
三日三晩踊り続けたエルフたちは、はたと動きを止めたかと思うと、突如、自分の首を締めあげた。
やがて死に至った彼らが顔に浮かべたのは、苦悶に満ちた表情ではなく、奇妙なことに満面の笑みだったそうだ。それはまるで、心地良い夢の中へと落ちていくかのように……。
・・・
「それで、サン・ルーらしき怪物がエルフの領域近くで目撃された、ってわけか」
エルフたちの首都、ミスリルウッドから北へ三日。
サン・ルーの姿が目撃されたのは、通称、「エコーズディープ」の名で知られる広大な渓谷だ。
名前の由来は渓谷の特徴にある。この場所では通常の谷よりも音がよく反響するため、耳をすませば、小動物の足音でさえ、ここでは優に聞こえてくる。
かれこれ一か月も前のことだ。エルフの王の娘、エレシアのもとにエコーズディープ付近で七災魔出現、との知らせが届いた。
報告主はエコーズディープ周辺を管轄する、とあるエルフの貴族。
彼曰く、哨戒に出ていた二十人の部下たちが、ある日、一人を除いて全滅したというのだ。
辛くも生き延びた部下の一人は、全身を強張らせて言ったという、「滅びの鳥が渓谷に現れた」と。
これにはエルフの貴族も顔面蒼白となった。仮に七災魔が本当に出現していた場合、エコーズディープ周辺は間違いなく、苛烈な戦場と化すことだろう。
しかし、詳細は定かではない。サン・ルーのような七災魔以外にも、幻獣の仕業という可能性もある。
その後、唯一の生き残りであった部下は自殺した。サン・ルーの歌を聞いた者たちと同様に、自身で首を締めあげ、大笑いしながら死んだそうだ。
この事態を重く見たエレシアは、調査班を派遣することに決定。その頃ちょうど借りを作ったミオたちに、白羽の矢が立ったというわけである。
「にしても、滅びの怪鳥か。七災魔とは何度か戦ったことのある俺様だけどよ、例の鳥とは一度も相まみえたことがねぇぜ。お前はどうなんだよ、ミオ」
エコーズディープへと向かう馬車の中、がらがらの荷台の中で寝そべっていたゴルドは、向かいに座るミオを見据えて言った。
「私も戦ったことはない。恐らく先代勇者たちも同じはず」
ミオは外の景色を眺めながら続ける。
「サン・ルーは鳥じゃないって噂もある。いや、そもそも、そんな七災魔は最初から存在しないって話もあった。結局、どれが真実なのか私には分からない」
「けっ、噂に尾ひれが付いたんだろうさ。エルフたちはやたらと話を誇張したがるからな。まあ、情報がないんじゃ仕方なし。この俺様が直接その正体を暴いてやるか」
と、ゴルドが息巻いた、その時だ。
ガタガタと揺れていた荷台が、突如、ピタリと止まるだった。




