第二話
ふと、昔の記憶を思い出すことがある。
それは、思い出すだけで胸を締め付けられるような、暗く、悲しく、重く、けれど、わずかに光を灯した記憶……。
かつて、仲間がいた。かけがえのない仲間たちがいた。
私も含め、彼らは揃って同じ境遇だった。元の世界、日本で当たり前の日常を送っていた私たちは、ある日突然、このベネテラと呼ばれる異世界に召喚された。
教会のような建物にいたのを今でも覚えている。目を開いた時、気が付つくと私の体は紅い絨毯の上にあって、そこには他にも五人の少年少女の姿があった。
困惑の表情を浮かべる一同。その中でも最年少だった私は、ただならぬ狼狽ぶりをみせた。今思い返すと、当時の自分の無力な様には虫唾が走る。
一方、そんな私たちの心境を知ってか知らずか、その老齢の男は、ひときわ甲高い靴音を鳴らしながら、我々の前に現れたのだ。
「ああ、勇者の可能性を秘めた異界の者たちよ……よくぞ、よくぞ参った」
一目で身分の高い者であると分かる、その風貌、その風格。
七色の宝石が当てはめられた王冠をかぶり、華美なマントを羽織った老いた男。
帝国第三十五代皇帝、ランド・アースレイは王族の矜持など歯牙にもかけず、懇願するように私たちに言ってみせた。
「どうか我々の国のために戦ってはくれまいか?」
そう。それが日常の終わりを告げる言葉で、引き返しようのない、過酷な運命に足を踏み入れる第一歩だったなんて、当時の私たちは誰一人として知らなかったんだ。
・・・・
「ここにいたのですか、ミオ」
呼びかけられて、ミオの意識は現実へと戻った。振り返った先からは、こちらに向かって歩いてくるエレシアの姿がある。
「ここが好きなのですね。やはり、彼が気に入っていた場所だからですか?」
「……まあ、そんなところ」
少しぶっきらぼうな返しだったが、エレシアは微塵も不快感をあらわにしない。むしろ、自分の問いに答えてくれたのが嬉しかったのか、微かに頬を緩ませていた。
「覚えていますよ。十年前、あなたたち瀕死の勇者がこの場所に迷い込んだ時のことを。あなたのようなヒト族には、十年という時はそれなりの年月なのでしょうが、ええ、私にはつい最近のように覚えています」
エレシアは風にさらされた長い髪を抑えながら、ミオの横へと並ぶ。
一面に広がるは彼岸の花。エレシア曰く、異世界であるベネテラにも、その朱き花は生息しているそうで、昔、ミオが小学生の頃に植物園で見た景色と同じ光景がそこには確かにあった。
「あなたたちの世界では、マンジュ……シャゲ? とも呼ぶのでしたか。綺麗ですよね、あの花。これだけ生え揃っていると、少々不気味でもありますが」
「あの人もあの花が気に入っていた。『血生臭い人生を送ってきた自分には、お似合いの花だな』って。まるで、自分の生き写しを見るような眼差しで」
「ふふ。何とも彼らしいですね。有毒という点では、確かに共通しているのかもしれません」
エレシアが深窓の佳人よろしく、くすりと笑う。エルフの王族だけあって、笑う仕草にすら品が感じられるのはさすがといったところだろうか。
しかし、彼女は慈悲深い女神のような微笑みをスッと消すと、真剣な表情で彼方を見つめた。
「あなたたちが運んで来た帝国の馬車は、私がうまく処理します。中身の方は例の森へ極秘で運ぶつもりです。信頼のおける者たちに依頼しますので、後のことはご安心を」
「……そう。いつもありがとうエレシア。その、あなたのおかげで助かってる」
「いえいえ、これも縁というものですから。何より、しっかり対価はいただきますしね」
さすがエルフは抜け目がない。あくまでも合理的に、か。ミオは薄く笑う。
「それで、依頼は何」
機械のように冷たく、そして鋭いミオの瞳がエレシアを見据えた。その眼は既に、これから狩りを始める狩人のそれへと変わっている。
しかし、エレシアは少しも物怖じせずに告げるのだった。
「ふふっ、よくぞ聞いてくれました。さあ、出番ですよ夜叉敷ミオ。……いいえ、銀の魔弾。勇者であるあなたにとって、うってつけの仕事です」




