第三十八話
後方から耳へと飛びこんできた声に、冷えた双眸がわずかに見開く。
ミオは顔を上げるまでもなく、その場からとびすさった。
相前後して彼女の視界の端を巨影が掠めた。
ほどなくして耳朶を打つ轟音。大地を引き裂くような振動が足元を伝う。
突風が少女の小さな体を襲った。その衝撃によって銀色の髪は荒ぶり、まるで吹雪のように乱れる。
一度収めたホルスターに右手を添えながら、ミオは視線を前方に向けたまま固まった。
冷徹な瞳に映るのは、目測六メートルはあるかという巨大な鳥。
その巨体から漏れ出る生物として異次元の存在感に、ミオの表情が険しいものへと変化する。
「上位種、それも統率者の個体……」
ミオには一目見ただけでそれが分かった。
上位種。それは字義通り、眷属の中でも優れた個体をさす際に使用される名称だ。
七災魔にとっての子にあたる生物。それが眷属であり、生き物である以上その中には当然、能力の優劣が存在する。
通常、七災魔から産み落とされたばかりの眷属は取るに足らない生物だ。
召喚されたばかりの勇者でも容易に打倒することができるだろう。
ただ、この世に生を得てから数か月、数年と生き延びた眷属はやがて中位の個体となる。
さらに十数年の時を生きたものは上位となり、その中でもさらに特異な成長を遂げた個体は、親である七災魔に代わって眷属たちを統べる『統率者』になるのだ。
統率者クラスになると、その存在は非常に厄介になる。
第一、手強い。
当然だが、純粋な生物としての能力が高く、並みの勇者では到底太刀打ちできないほどの強さだ。
第二、特殊な能力を秘めている。
大仰に言えば、親である七災魔の一歩手前の能力を持つとも考えられている。
その統率者たる大鳥は今、獲物を目前にしておきながら悠然と構えていた。
それは強者としての余裕なのか、四人の勇者たちに一瞥もなく、自らの足元に転がっていた帝国兵の死肉を貪り始める。
「あいつは狂騒鳥!」
足が地面に縫い付けられたように、その場から動けずにいたミオの背後で声が響く。
振り返ると、そこには彼女にとって見慣れた緑色の生き物が立っていた。
ゴルドだ。
先行してアザミたちに襲い掛かったミオを追って、ようやく到着したのである。
先ほどミオに向けられた警告も、彼によるものなのだろう。
「……ゴルド、狂騒鳥とは何?」
表情を綻ばせたのも一瞬。ミオは矢継ぎ早に問い詰める。
「先走っておいてその口かよ。一息つかせろってんだよ、ったく」
ゴルドは長嘆息をついたものの、気を引き締めるように目を細めて続ける。
「サン・ルーの能力を純粋に引き継いだ個体って語られてやがる。なに、単純だ。アイツの声を耳にすりゃ発狂して全てお終い。あとは一人狂いに狂って最後は自分の首を絞めてこの世からおさらばってわけさ」
ゴルドのまくし立てるような説明を聞いたミオは能面のような表情を変えず、正面に向き直った。
サン・ルーの能力、それは聴覚を経由した精神汚染だ。
ゴルドが言うように、かの怪鳥が一度さえずれば、激しい幻覚に身を襲われる。
強靭な精神力を備えていなければ、正気に戻ることは二度とないだろう。
故に、先手を打たれる前に敵を討つ。
ミオは左手を動かし。ホルスターからもう一丁の拳銃を素早く取り出す。
その間にも既に右手に握られていた拳銃から弾丸が射出されていた。遅れてもう一発が見舞われる。
時間差で生み出された二つの弾丸は、しかし狂騒鳥を穿つことはない。
阻まれたのだ。上空から飛来してきた無数の影に。
ミオは初めて不快感を露わにした。
睨み据えた先にあるのは、波のようにして中空を舞う鳥の群れ。
オウムにも似た赤色の鳥たちが、連携をとりながら高速で飛行している。
その数は百はあるだろうか、ミオの射撃はその群れの壁によって阻まれたのだろう。
真紅の毛色をしたオウムたちは、旋回して地上に降りたつと、狂騒鳥にならうように帝国兵の亡骸に群がり始めた。
まるで一仕事を終え、その褒美と言わんばかりにご馳走へとありつく。やはり勇者らに気を留める様子はない。
しかし、彼らは奇妙なことに人間やオークの肉ではなく、その死体から流れる赤色の血をすすり始めたのだ。
異様な光景を前にしてミオが黙りこくっていると、その横にゴルドが並んで小声で言う。
「ミオ、そいつらは、血喰い鸚鵡。狂騒鳥と同じくサン・ルーの眷属だぜ。下位の眷属だが、あの数が相手だと侮れねえ」
能力は? とミオが問いかけようとした時、その声を男の声が遮った。
『ユウ、シャ』
ゴルドは呆然とした。
成人男性のような低い声は、まごうことなく血喰い鸚鵡の口から放たれたものだったからだ。




