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第三十五話

あらん限りの悲鳴がサキの耳を劈いた。

 

数分前まで彼女を守ろうとしていた帝国兵は、その大半がすでに死肉と化していた。

 

残った者たちも己の役割をとうに忘れ、惨めな声を上げながら狂乱している。

 

視界に映る人の肉と、今までに嗅いだことのない悪臭が鼻をおかしくさせていた。

 

何があったのか、よく思い出せない。

 

確か、銀の魔弾と呼ばれる勇者の襲撃を受けて、それからアザミさんが守ってくれて。

 

ああ、そうだ。

 

数度にわたる狙撃を受けたあと、突然、地上に大きな影が現れたんだ。

 

空を見上げた瞬間には、気持ち悪い顔の大きな鳥たちがすぐそこまで迫っていて。

 

そして、近くにいた兵士たちの体を異様に長い口ばしで貫いた。

 

その先端は、寸分たがわず心臓を捉えていて、兵士は顔を歪めて、鳥たちはご馳走にありつくようにそれを引きちぎり、貪っていった。

 

兵士だけじゃない。強化されたオークも同じだった。

 

あるオークもまた、やはり心臓を貫かれ、そのまま宙に放り投げられた。

 

鳥たちはまるで図ったかのように、その餌に向かって飛びついていく。

 

四肢と頭部が五匹の鳥に持っていかれた。


なまじ再生力が高いがために、残った胴体は元の状態に戻ろうとするが、かえって余計に苦しむことになった。


これ幸いと鳥の群れがオークの体にたかりはじめる。


その光景を目の当たりして、サキは初めて、自分が地獄に足を踏み入れたのだと理解した。

 

「だれ……か、だれかいない、のか」

 

耳に届いた虚ろな声に、サキは後ろを振り返る。


引きつった声が漏れでた。そこには、両目を失った帝国兵士の姿があった。

 

よく見れば、両目だけじゃない。無理やり引きちぎられたのか、左腕は根こそぎ形を失っていた。 


それは下肢に関しても同じだった。残された右腕でここまで這ってきたのだろうか。


なぜ?

 

「ゆうしゃ、さま。ゆうしゃさまは……どこに……?」

 

サキは、はっとした。

 

この帝国兵は、自分を頼りにここまで這いつくばってきたのだ。

 

勇者である自分なら、あの鳥たちをどうにかできると、そう信じて。

 

「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

だけど、それがどれだけ無意味な努力か自分はよく分かっている。

 

自分は勇者なんかじゃない。そんな立派な肩書を担える器ではない。

 

あの化物を前にして何もできずにいるのが全ての答えだ。

 

だから、せめてもの思いで、無残な姿に変わり果てた兵士の左手に触れた。

 

その瞬間、兵士はこと切れた。苦悶の表情を浮かべたまま、無念さを全面に露わにして。

 

「……ああ、……あああああッ!」

 

生物としてあってはならない死に方に、呼吸が荒くなる。肩が震えだす。

 

どうして、こんなことになった? 半年前まではただの高校生だったのに。

 

なぜ、自分はこんな恐ろしい戦場に座り込んでいる?

 

目線が定まらない。分からない。今、私は何ができる?

 

いやだ。元の世界に帰りたい。もう何も考えたくない。


そんな時だった。

 

「サキ!」

 

自らの名を強く呼ぶ声に、サキは再び正面に振り返る。

 

「……アザミ、さん」

 

そこには、物凄い剣幕でこちらを睨みつける勇者の姿があった。

 

体は前を向いたまま、高速で迫りくる鳥たちから身を守るよう障壁を展開し続けている。

 

肩越しに、鋭い眼光を向けてくる彼女に、普段であればすくみ上っていただろう。

 

だが不思議なことに、その苛立ちの表情を目にした途端、安堵のような感情が湧き上がってきた。


「何してるのよ、この芋女! 笛の能力を発動できるようにしておけって言ったわよね! このままじゃ、あんたもアイツらみたいになるわよ」

 

「……た、立てなくて。わ、わたし……」

 

絞り出すようにして出た言葉は、恥ずかしいほど片言だった。

 

「立たなくてもいいわよ。でも、笛くらいは座りながらでも使えるでしょうがッ! あんたのソレなら、あんな奴ら瞬殺なんだから早くして」

 

その時、アザミの前に張られていた障壁が、鳥の特攻によって砕け散った。

 

ガラスの割れるような音とともに発生した風圧で、アザミの体は後ろに吹き飛ぶ。

 

「あんたにかかってんのよ!」

 

サキのすぐ傍にまで転がってきたアザミは、鬼気迫った表情でそう告げると、再度、腕につけたブレスレット型の霊魂器に触れるのだった。

 

そうして、彼女は再び周囲に障壁を繰り出した。

 

驟雨(しゅうう)のように迫る鳥の群れから身を守る傘のように、強く、堅牢にそれは二人の命を守る。

 

その勇姿を目の前で見ていたサキは瞬きを忘れていた。

 

この人は、どうしてこんなに強いんだろう。

 

わけの分からない世界に連れてこられて、怪物を倒せなんて命じられて、どうして戦えるのだろう。

 

確固たる何かをこの人は持っている。そう思った。自分にはない何かを彼女は持っている。

 

だから、怯まずに戦えるんだ。


あんな化け物たちを前にしても逃げ出さないんだ。

 

自分は彼女みたいにはなれない。

 

でもきっと、勇者みたいになるための努力はできるはず。

 

そうと分かった時には体の震えは消えていた。相変わらず心臓は早鐘を打っている。

 

恐怖は消えていない。それでも、やることは明確だ。

 

「アザミさん、耳を塞いで」

 

言ってサキは笛に口の先をあてた。アザミはにっと口の端を吊り上げた。

最期までお読みいただき、ありがとうございました!!

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