第三十四話
爪と刀の交わる音がきんと渓谷に轟く。
ゴルドとユウヤは数度にわたる打ち合いのすえ、一度距離をとっていた。
互いの技量は高く、双方が繰り出す攻撃は致命的な一撃にはなりえていない。
今や野狗子の姿となったユウヤが、喉を鳴らしながらゴルドを見すえる。
「ちっさい割にやるじゃねーかゴブリン」
「獣になったことで知能まで低下しちまったのか? 次にその言葉を口にしたら、ただじゃ済まさねーぞクソガキ」
言って、ゴルドはとんがった両目をさらに細めた。
敵の実力はミオには遠く及ばない。勇者としては平均的な出来といったところだろう。
だが、その速度だけは侮れない。
勇者にはそれぞれ得意とする戦法がある。
ミオのように銃器を用いたオールラウンダーな戦い方もあれば、歴代の勇者の中には接近戦に特化した者、遠距離戦に特化した者もいる。
要するに、その戦法は所有する霊魂器によって左右されるわけだ。
眼前に立つ野狗子はその中でも接近戦に秀でた勇者といえよう。
獰猛な獣の姿通り、身体能力はきわめて高く素早い。
目で追えないほどではないが、かといって全てを見切れるほどでもなかった。
「まあ、俺としちゃあ狙い通りだ。ここでテメーを抑えられれば、あとはアイツが目的を達成する。あの女の勇者たちを仕留めたら次はテメーの番だぜ」
もっとも、ミオに頼らなくとも自らの手で始末するつもりだ。楽に殺しはしない。
ゴルドは下卑た笑みを浮かべた。
「ちっ、キメー見た目と同じで性根も腐ってやがるな。できるなら、今すぐにでもその顔面を引き裂いてやりてーよ」
苦々しい様子でユウヤが毒づく。
短く言葉を交わした二人は再び戦闘態勢を取り始める。
敵が先か、それとも自分が先に動くか。
静かな睨み合いが続く。互いに出方を伺っているようだった。
だがそれは、ほどなくして終わりを迎えることとなる。
「……なんだ、アイツは?」
そう口にしたのはゴルドだった。
彼はナイフを逆手に握っていた状態を解き、今は上空に意識を向けている。
ブラフだ。ユウヤは初めに疑った。油断させてから攻めてくるに違いない。
しかし、ほどなくして敵の言葉が本心であると悟った。
それは、つい先ほどまでは無かった別種の匂いを鼻先が捉えたためだ。
警戒心はそのままに、匂いのもとを辿って視線を上に向ける。
黒い集団が中空に滞空していた。
鳥……なのだろうか。何羽いるのか判然としないが、相当な数だ。それに大小と大きさの違いもある。
それらはまるで、こちらの様子を伺うように弧を描きながら飛翔を続けている。
「……まさか、本当にきていやがったのか」
ゴルドは声を震わせて言った。その鳥の正体が何であるのか確信したような物言いだった。
その狼狽ぶりに、ユウヤは敵対していることを忘れてたまらず問いかける。
「ゴブリン、あれが何なのか知ってるのか?」
「テメーあいつらの正体が分からないのか。まあ、成りたてのお前らじゃ分からねーだろうよ。……あれは、クリーチャーだ」
ゴルドはユウヤを一瞥すると視線を空に向けたまま言った。
「クリーチャー? あれは七災魔の眷属だっていうのかよ」
「ああそうだよ。サン・ルーの眷属だ。それも、上位のも混じってやがる。こいつは本当にまずいことになったぞ」
ユウヤは頭上を注視しながら横目でゴルドを見た。
怯えている。つい先ほどまで勇者と互角に渡り合っていた戦士が、忽然と姿を現した鳥ごときに恐怖をあらわにしている。
それほどの脅威なのか。七災魔とは。
「いた。ゴルド」
二人が唖然としていると、静寂を引き裂くようにして少女の声が舞い降りてきた。
ゴルドが声の方へ振り向くと、そこには二丁拳銃を持った銀髪の少女が立っている。
「げっ、シルバーブレッドじゃねーか。まさかアイツらやられちまったのか!」
ミオの存在を認めて、ユウヤは二歩後ろに下がった。
いつぞやの戦いで完膚なきまでに叩きのめされた記憶が蘇ったのだろう。嫌な汗が背中に伝う。
ユウヤは二対一を覚悟するが、しかしゴルドとミオは構うことなく会話を続けた。
「ミオ、お前も気が付いたか」
「うん。何度か戦ったことがあるから分かる。あれはサン・ルーから生まれたクリーチャー。ゴルドも分かっているだろうけど、群れの中には上位の個体も確認した」
「やっぱり、だよな。……んで、どうするよ。エルフの嬢ちゃんの依頼は『エコーズディープに迫る脅威を排除する』なわけだがよ。勇者らを始末するか、それともクリーチャーどもを殲滅するか。どっちだ?」
自身で問うておきながら、ゴルドは答えを知っているかのような口調だった。
返ってくる言葉は分かり切っている。ただ、その言葉はお前が口にしろ、とそう言いたげな眼差し。
そしてまたミオもそれを見透かしたように、鋭い語気で告げるのだった。
「もちろん、両方」
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