第三十三話
「……始まった」
スコープ越しに映る二人の勇者を捉えながらミオはつぶやいた。
ちょうど物見やぐらの真下であろうか。刃と刃が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。
ゴルドには狙撃の間、単独で迎撃に出てくるであろう野狗子の勇者を相手取るよう頼んでおいた。
読みに関しては自信のあるミオだったが、はたして敵は予想通りに動いてくれたらしい。
今頃、ゴルドと、野狗子の勇者による戦闘が繰り広げられているに違いない。
しかし。
「……硬い」
ミオは言葉を漏らした直後、トリガーを引いた。甲高い発砲音が広々とした渓谷に木霊する。
目標は二千メートル以上先であった。
信じがたいことに、ミオはこれまで放った十発の弾丸全弾を命中させていたのだ。
その正確無比な狙撃は、しかし笛の霊魂器を持つ勇者を撃つには至っていない。
アザミという勇者が張っている障壁が、ミオの魔弾をことごとく阻んだためだ。
もっとも、敵側も無傷というわけではなかった。
アザミは障壁を展開し続けて疲労困憊という様子であるし、帝国兵と強化オークにいたっては弾よけの肉壁となるのがせいぜいである。
近接戦に切り替えるか?
ミオの脳内に一つの選択肢が浮かび上がった。
奇襲をかけた直後、敵の陣形は乱れていた。故に、その時点で近接戦にもちこんでいれば、状況はこちらに有利に傾いたに違いない。
しかし、アザミの抵抗が功を奏したのか、敵の隊は今、牛歩ではあるが、かつての隊形をとり戻しつつある。
「おまけに、あそこには笛の霊魂器を持つ勇者もいる。無暗に踏み込めば、こちらがやらえる可能性がある……か」
ミオは自身の思考をまとめるように、その事実を口にした。
リスクは高い。しかし、それでもやるしかない。
これが標的を始末できる最後の機会だ。ここを逃せばエルフの首都が壊滅してしまう。
そうと判断すれば、あとの動きは早かった。
ミオはボルト・アクション式のライフルを右手で持ち上げる。
力を利用して、それを器用にくるりと回転させると、たちまち銃の形が変形した。
銃身のながい狙撃銃から二丁の拳銃に分裂する霊魂器。
弾倉の交換を手早く済ませ、いざ敵陣へと意気込んだ時、ミオの耳に奇妙な音が届いてきた。
「……歌?」
それは歌、あるいは音色だった。
耳心地がよいのに、同時に脳内をかき混ぜられるような感覚に陥る。
笛の霊魂器を持つサキによるものではない。なぜなら、その音色は上空から降り注いできたのだから。
ゾッと背筋を何かが駆け抜けていく。
歴戦の勇士であるミオですら怖気立つほどの存在感。
彼女はそれを肌の感覚だけで感じ取ると、たちまち物見やぐらから飛び出した。
巨影が彼女の真上を通過したのはその時のことだった。




