第三十二話
「敵襲だッ!」
誰かがそう叫んだのは、障壁に亀裂がはいった直後のことだった。
それは硝子が割れる音と共に即座に霧散した。
次の瞬間には隊の中央にいたサキを守るように、帝国兵と強化オークが円陣をくむ。
狙撃だ。それもかなり遠方からの。
アザミは周囲に視線を走らせた。
辺りに広がるのは連なる山の数々。加えて地形も険しい。よって、狙撃ができる場所は限られているだろう。
しかし正確なポイントを探り当てるのは、自身の仕事ではない。
「サキ、あんたは私の背中に来なさい。ついでに、いつでも呪いを発動できるよう笛の準備もしておいて。さあ早くッ!」
護衛に守られながら、サキは言われた通りアザミの後ろに回った。
それを確認するまでもなく、アザミは自らの周囲だけに強固な障壁を展開する。
敵の狙いは明確だ。笛の霊魂器をもつサキを始末すること。その一点のみ。
つまるところ、最大目標さえ仕留められれば仕事は完遂される。
「やっぱり来たわね。シルバーブレッド」
呪うような声音でアザミはその名を口にした。
予想通りの展開だ。それゆえに予めサキの周囲だけに幾重にも障壁を張っておいた。
彼女を包むベールは敵の初弾ですべて破られている。
だが、肝心の護衛対象が無傷であったのは幸運だろう。後はこの場で時間を稼ぐだけだ。
「って口で言うのは簡単だけど、やっぱキツイわ。全くなんて威力なのよ。こんなの長く持たないっての」
彼女が悪態をつくと共に、第二の弾が障壁に直撃した。
空気が引き裂かれる激音。三重に張っていた壁が飴細工のように砕け散っていく。
「ちっ。もう一度展開するしかないか。もってあと二回ね。……あのでくの坊。早く捜し当てなさいよ! でなきゃ私があんたを殺してやるからね」
アザミはブレスレット型の霊魂器に触れながら、隊の前方にいるユウヤに向けて吠えた。
・・・
ユウヤにとって敵の位置を探り当てるには、一度の発砲のみで十分だった。
霊魂器を起動。野狗子の姿へと変身し、冴えわたった嗅覚で火薬のにおいを辿る。
十時の方向。距離にして約二千五百メートル。
睨んだ先に物見やぐららしき建物が見えた。情報から勘案するにヤツはそこにいる。
「恐ろしい敵だよ、あんたは。シモ・ヘイヘもあの世で卒倒してるにちげーねえわ」
ユウヤは感嘆するように白い歯をむき出しにした。
現代において、熟練のスナイパーが扱う狙撃距離は約八百から千メートルと言われている。
米軍の著名な狙撃手である故クリス・カイル。
彼は二千百メートル以上の狙撃を記録していた。
つまり先ほどの狙撃は、その偉大なスナイパーと同等、あるいはそれ以上の距離からのものとなる。
信じがたい事実だ。ユウヤの五感が位置関係を正確に把握できていたらの話だが。
「しっかしな、場所が分かっちまえば、こっちのもんなんだよッ!」
狙いを定めた瞬間、ユウヤは四足歩行で走りだしていた。
勾配の急な山脈の側面を意に介さず、獅子のごとく駆けていく。
直後、発砲を感知した。しかし、弾丸の向かう先は自分ではない。後方に位置するアザミたちを狙ったものだ。
「なるほど、俺は眼中になしか。それとも認識しておきながらも優先順位が低いってか?」
走りながら、ユウヤは不満げに言葉を漏らす。
けれど内心ではそれが最も合理的であると納得していた。
高速で移動する標的より、突っ立ったままの的の方が断然狙いやすい。
思考を巡らせていると、三度、渓谷に銃声が反響した。やはりそれも二人を狙ったもの。
発砲音を耳にするたび、不安がユウヤの脳裏をよぎる。
名状しがたい恐怖が全身を強張らせる。
二人はどうしているだろうか。心配ではあるが後ろを確認している余裕はない。
今は一秒でも早く銀の魔弾のもとへたどり着かねば。
「だが、射撃が続いているってことは、アイツらがまだ生きているってことだろ。なら、まだ勝負は五分だ」
それから、ユウヤが疾走を続けて数十秒。
彼はついに物見やぐらの真下にまで到達していた。あとはここを登り、銀の魔弾を討つだけだ。
呼吸を整えるのに許した時間はわずか三秒。彼の胸が上下したのはわずか一回だった。
一呼吸でたどり着いてやる。
ユウヤが、今は獣と化した右腕を一歩踏み出した時、真上にただならぬ気配を感じとった。
首筋を刺す殺意。敵意を向けられているのだ。
反射的に横へ飛び、飛来する何かをかわす。
少し距離をとり、視線をもといた場所へと向けると、そこには岩肌にナイフを突き刺した緑色の影があった。
「牛革の装備に短刀。そして緑色の肌。なるほど、テメェがアザミの言ってたゴブリンか」
ユウヤが獰猛な獣のごとき鋭い視線をその小柄な生き物へと向ける。
対して、その小人は両眉をこれでもかと吊り上げて憤然と言うのだった。
「コボルトだよ。ぶっ殺して生首さらすぞクソガキ」
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