第二十九話
エコーズディープ——エルフの城砦にて。
昼時。半壊した城砦をアザミは見上げていた。
エルフが作り上げた砦は堅牢だ。
魔法で加工された木材や石材によって高い耐久性を誇るのはもちろんのこと、自然と調和するような瀟洒な装飾も施されている。
機能性とエルフの美的感覚を融合した見事な建造物は、しかし技術レベルで比較すればドワーフには勝らないだろう。
だが、それでも見る者には確かな厳格さを感じさせる。
芸術にはてんで興味のないアザミだったが、初めてこの城砦を目にした時は息を呑んだ。
帝国兵がこの地を奪取した際、アザミはその城砦内に障壁を張り込ませていた。
エルフの奇襲に備えてのことだ。取り逃がした城主が援軍をすぐに連れてくることは考えにくかったが、それでも万全を期すため敵に気取られない程度の薄い膜を張っておいたのである。
小規模とは言え、四方に張られた障壁はそれでも強固と言えよう。エルフの上位魔法や同じ霊魂器でなければ破壊は不可能なはず……だった。
だが、それはあっさりと破られた。その事実は、ごっそりとえぐれた城砦を見れば嫌でも思い知らされる。
「銀の魔弾……『元』勇者の夜叉敷ミオ、か」
この破壊をもたらした張本人。その名を口にするだけで虫唾が走る。
彼女の二つ名は博士から耳にしたことがあった。
なんでも初期に呼び出された勇者の一人だそうで、同期は六人いたという。
詳細は不明だが、とある事件の折、その勇者たちは彼女を除いて全員死亡したそうだ。
帝国に仕えていたミオだが、その日を境に離反。帝国領土を出て王国の庇護を得たと言われているが情報は定かではない。
以降、七災魔との戦には参戦せず、帝国の行動を妨害しては姿をくらませているそうだ。これといって理由は不明だが。
「それで、アンタはあの女にコテンパンにやられたわけ?」
アザミは、城砦から視線を横にやる。
彼女の傍らには男の姿があった。帝国の正装を着崩した茶髪の男。
十二代目の勇者であるユウヤは飄然として立っていた。開けた胸元からは巻きつけられた包帯が覗いている。
「ありゃ躾って感じだったな。悔しいが、歩き方を覚えたばかりの子供と傭兵が戦うような様だったよ。同じ勇者でも格が違いすぎるぜ」
ユウヤはからからと笑いながら言う。
昨晩は深手を負った状態で発見されたというのに、今ではこの調子なのだからタフな男だとアザミは思った。決して感心はしていない。
「あんたが一戦交えた時、その女は妙なことを口にしたって聞いたけど、ほんとなの?」
「ああ、俺たち帝国側の勇者は国に騙されているってな。なんでも、霊魂器の基になっているのは先代勇者たちの亡骸らしい。ついでに言えば、寝返らないかって勧誘された」
「……まさか、承諾してないでしょうね」
アザミが鋭い眼光を向ける。つり目の彼女が睨むだけで厳めしさは三倍増しだった。
しかし、ユウヤは億する様子もなく飄々とした態度で応答した。
「もちろん。丁重にお断りさせてもらったよ」
どうだか。アザミは内心で呟く。
ユウヤは一見すると裏表のない性格に思えるが、つかみどころのない人物だと睨んでいる。正直、底が見えない。
口ではそう言っているが、はたしてどこまでが本心なのか。
ミオと邂逅した際、既に密約を交わした可能性も否定はできない。
これは用心しておかねば、とアザミが目の鋭さを一層研ぎ澄ました時のことだ。
「それにしても、あの話は本当なのかねえ。仮に真実だとしたら、俺たちはとんでもないブツを握らされて戦場に立っていることになるぞ」
何とはなしに空を仰いでいたユウヤが、出し抜けにそんなことを言いだした。
「なに? あんたアイツの言ったことを真に受けてるの?」
「……いんや、半信半疑ってところだ。ただ、俺は少し気になっているんだよ。あの女についても、あの女の言葉にも、な」
ユウヤは眉間にしわを寄せながら、自分の左手を見つめていた。
その視線の先には小指にはめられた翡翠色の指輪がある。
ベネテラに召喚された直後、皇帝より直接賜った品だ。古くから勇者にその指輪を与える慣習があるらしい。
ちょっとした魔除けの効果もあるそうだが、ユウヤは今、別の意味でその指輪を見ているに違いなかった。
「疑うだけ無駄よ。私たちは主である皇帝……延いては帝国に従うだけ。逆らえる立場じゃないの。あんたの軽率な行動でとばっちりを受けるのはごめんだからね」
「へいへい。まあ、じっくりと考えてみるさ。いずれ答えは明確になるだろ」
「……あのね、だから、その考えを捨てろって言って」
アザミが舌打ちと共に語気を強めた時、しかしその言葉は突如現れた帝国兵によって遮られた。
「お話中に失礼いたします。博士がお二人をお呼びです。至急、城主の居室までお越しください」
「……博士は何て?」
アザミが心底不機嫌そうに問う。
「ははっ。博士曰く、『探し物が見つかった。エルフの生き残りを捜索する必要はない』とのことです。詳しい話は直接お聞きください」
言うや否や、帝国兵は忙しそうに踵を返して駆け戻っていった。
「しち面倒な仕事が始まりそうだな」
気だるげに言って歩き出すユウヤ。
先ほどまでの疑念はどこへ行ったのか、その表情には一切の曇りがない。
彼は頭の後ろで両手を組んだまま、ふらふらと城砦の中へと入っていった。アザミはその背中を黙って睨んでいた。
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