第二十七話
「選択を間違えるなよ。こいつの姿形はヒト族のそれだが、根本がちげー。恨みの矛先を向けるべき相手じゃない」
明確な害意が洞窟内の冷気に混じっている。
一触即発の雰囲気を感じ取り、ゴルドがミオを守るようにして前に立ちはだかった。
「分かっています。ええ、分かっていますとも。……しかし、このやり場のない怒りは、激情はどうしたら良いのですかっ⁉」
アランは興奮気味に声を荒げる。
視線が安定していない。同胞の死がストレスとなっているのか、眠れていないのが関係しているのか、あるいはその両方か。彼はただならぬ気配を纏っていた。
これは、ありえるな。
最悪の事態を予見したゴルドがナイフを握り直す。アランが一歩でも動こうものなら、即座に切り伏せる用意はあった。
だが、そうはならなかった。
「殺したいならやればいい」
厳めしい表情を浮かべるゴルドの横を通り抜け、ミオが言った。
彼女は拳銃を床に置いたままだ。ゴルドは口を大きく開いて唖然とする。
「どうするかはあなたの勝手。……でも、やるだけ無駄だと思う。あなたじゃ私を殺せない。それとも、あなたの仲間のところに送って欲しいのなら手伝ってあげる。それも、苦痛なく、ね」
容赦のない現実と眼光を突きつけられ、アランは押し黙る。
胸中で葛藤があるのだろう。彼はしばらく瞑目していたが、やがて意を決したように目を見開いた。
「取り乱してしまいました。申し訳ありません」
ふう、とゴルドが安堵の息をもらす。
何とか思いとどまってくれたようだ。聡明なエルフだけあって理性的に物事を考えてくれたらしい。
……それにしても。
「まったくお前は、万が一があったらどうするつもりだったんだよ。お前を護衛する俺の立場にもなれってんだ。こん畜生め」
「……こうするのが一番早い。諭すよりも凄んでみせる方が分かりやすいと思った。彼は賢いのだし、実力の違いをすぐに見抜く」
舌鋒鋭く言葉を並べる澪は、やはり無表情だった。悪びれる様子がまるでない。
何を言っても無駄だなと思い、ゴルドはため息をつく。彼女の淡白な性格は今に始まったことではない。出会った時からずっとそうだ。
はたして、昔はどうだったのだろう。
分からない。ミオは自分の過去を語りたがらないから。
明るい性格だったのか、はたまた引っ込み思案だったのか。悲しいことに、本来の彼女を知る人物はもうこの世にいない。仲間たちはとうの昔に死んだ。
きっと、今のようにむき出しの敵愾心を向けられたことも一度や二度ではないのだ。
ただ、彼女はそれに慣れてしまっている。
裏切り者の勇者として、帝国の国民からは親の仇のように憎まれ、他の種族からは、ヒト族が呼び出した忌まわしい邪悪な存在として蔑視され……。
小さな身一つには収まらないほどの『悪』を散々目にしてきたのだ。
だのに、ミオは憤りも何も感じていない。そういった感情を抱くことすら無駄だと諦めているのだろう。
哀れだなとゴルドは思った。決して口には出さないが。
「ところで、だ。ミオ、お前はあの小娘が持っていた笛型の霊魂器についてどう考える?」
ゴルドは湿っぽい空気を換気するべく話を元の路線へと戻す。
ミオはそんな気遣いを知ってか知らずか、床に置いたままの弾薬を拾いながら言った。
「所感だけど、あれは恐らく七災魔の力を帯びている。どういうわけか知らないけれど、感じ取った力は間違いなく奴らのそれだった」
やっぱりか。
ゴルドは表情をさらに険しくした。
「お前が言うんなら、そうなんだろうよ。しっかし、帝国の奴らどうやって七災魔の能力を霊魂器に組み込みやがったんだ? いずれかが討伐されたなんて情報は聞いてないぞ」
七災魔がこの世界に出現して既に十年。
いずれベネテラ全土を蝕む存在である怪物たちは、しかし未だに一匹も討ちとられていない。
どの種族も死力を尽くして対策を練っているが、目立った成果は挙げられていないのが世界の現状だ。
故に、帝国が七災魔の力を利用できているはずなどないのだが……。
頭を掻きながら唸るゴルドを横目で捉え、ミオは言った。
「……一応、予想はついている」




