第二十五話
すみませんが、今回からタイトルは付けずに話数だけの表記に変えます。
エコーズディープ内に点々と存在する洞窟。
その一つに身を隠していたアランは、ミオたちの帰りを今か今かと待ち望んでいた。
彼女らが出立してはや一日。
外が仄かに明るくなってきたことから察するに、そろそろ夜が明けそうなのが分かる。
アランは今晩、まんじりともせず起きていた。
理由は二つある。
一つは、眠ろうとしても夢の中で城砦を襲われた時の記憶が蘇ることだ。
虐殺された同族たち。その中には愛すべき妻も、まだ幼い息子もいた。
血だまりの上に積み上げられた同胞たちの骸を目にしながら、逃げることしかできなかった自分のなんと惨めなことか。
目覚め、そして再び眠りに落ちようとも悪夢の内容は変わらない。
見知った者たちの悲鳴と慟哭と絶望の表情が蘇るだけだ。
だから、逃げるようにして意識を保っていた。それだけのことだった。
もう一つは、自身の身を守るためだ。
このエコーズディープには、古来より獰猛な幻獣が大勢生息している。もとより、統治していた領域だ。その危険性については熟知しているつもりである。
しかし、ここ最近は、七災魔の眷属たるクリーチャーの目撃証言もあったがために、油断ならない。
幻獣の活動が活発になる時間は把握しているが、奴らは別物だ。朝だろうが夜だろうがお構いなしにそこら辺を蠢いている。
仮に眠っていたところに彼奴らが押し寄せてきたらどうだろう。
きっと、ほとんど肉片も残らずに食い殺されるに違いない。想像しただけで城砦での凄惨な出来事が可愛く思えてくる。
念のため、幻獣除けの魔法は発動させておいた。クリーチャーどもに通用するかどうかは不明だが、気休め程度になると考えてのことだ。
その時だ。
ふと、アランは目を見開いた。
洞窟の入り口方で何か影が動いたように見えたからだ。
魔除けをものともしない上位の幻獣だろうか? それにしては影が小さい。
アランは警戒心を強める。
コツコツと影が近づいて来ると共に、靴音のようなものが耳に届き始める。
その音からとある人物が連想されてアランは強張らせていた体を弛緩させた。
やがて現れたのは小さな少女とゴブリンだった。
少女の方は銀色の長髪。外見に対して幼気な印象はなく、むしろ老練な雰囲気を醸し出している。
一方のゴブリンは絵にかいたような風貌をしていた。
緑色の肌。悪魔のように鋭くとがった双眸。ひどく伸びた両手両足の爪。
醜悪極まりない生き物だ、と思いながら観察を続けていると、ゴブリン? が鋭い眼光でアランを睨み据える。
アランは慌てて目線を逸らした。そう言えば、ゴブリンではなくコボルトだったか。
「お、お二人とも、ご無事でしたか」
誤魔化すようにして両手を広げながら近寄るアラン。
そんな彼を、気に掛ける素振りなど微塵も見せず、ミオは無言のまま洞窟の奥へと進んでいく。
彼女は突然ピタリと止まったかと思うと、近くにあった頭一個分の大きさの石に腰をおろした。
「彼女は一体何をしているので?」
いまいち状況の読み込めないアランが、横目でゴルドを捉えながら問いかける。
「あ? ……そうか、てめぇは知らないのか。ありゃあ、弾薬を作ってんだよ」
アランの頭上に疑問符が浮かぶ。
弾薬を作る? ヒト族の兵器(ましてや霊魂器)についてはあまり詳しくはないのであれだが、エルフ風に例えると、つまりは射るための矢を作っていると?
だが、その都度、現場で作っているようではあまりにも非効率だ。きっと、何か理由があるにちがいない。
アランが内心で抱えていた疑問を、ゴルドは一瞥して見抜いた。腕を組みながらけけっと笑う。
「アイツの使う弾は特別製でな。何百個もストックを作っておくのは難しいんだよ。製法が特殊なんだわな」
なるほど。アランは得心した。
作れる数に限りがあるからこそ、戦闘の最中に切らす可能性が高いということか。
ところで、特殊な製法を必要とする『弾薬』とは一体何なのだろう?
数秒後、アランはその答えを直接目にすることになる。
驚くべきことに、ミオは晒した左腕にそっとナイフを走らせた。
つうと零れ落ちる血液を何やら金属製の筒のようなものに入れている。
それも小さい。ほんの小指ほどのサイズのものだ。
彼女は何十個と用意されていた同様の筒に対し、やはり数滴の血を入れていく。
「まさか、自らの血を使用するのですか?」
「お、ご名答だエルフ君。正しくはアイツの体液であれば何でもいいんだがな」
ゴルドはミオの邪魔にならない程度の声音で説明を続けてくれた。
曰く、彼女の体液には魔を祓う力があるらしい。
特に七災魔のような類に対しては効果てきめんのようで、彼女の血液を塗りたくった銀色の弾丸は、上位のクリーチャーをも容易に屠ることができるのだとか。
「なるほど。それで銀の魔弾——シルバーブレッド、ですか」
一つの疑問が氷解すると共に、連鎖的に答えが見えてくる。彼女が持つ二つ名の由来は、そこから来ていたのだ。




