第二十四話
「ははっ、流石だなミオ。あれだけの数を相手に、一歩も動かずに無力化するとは恐れ入るぜ」
ゴルドは腕を組みながら、感嘆した様子で周囲を見渡す。
目に入るのは累々と積み上がった死体の山。
個体差はあれど、オークたちはみな体のあちこちに風穴を開けられている。その亡骸から流れる血は濃い緑色をしており、ミオは少し顔を顰めた。
だが、妙だとも思った。
なぜなら、こと切れたはずのオークの体がわずかに動いたように見えたからだ。
「げげっ、マジかよこいつら」
その異変に気が付いたのか、ゴルドもまた両目を瞬かせてオークの死体を凝視している。
指の動き一つとて見逃すまい、としばらく観察を続けていたが、今度はあろうことか呼吸する音もまでもが耳に届いてきてゴルドは身震いした。
ミオはさらに険しい表情を顔に出す。
「……恐らく、不死身というわけじゃない。急所はどれも外していないはず。そうすると、考えられるのは——」
生命体としての構造が根本的に異なる、ということだ。
通常の生き物であれば、心臓なり脳なりを破壊することで絶命させることができる。
そんなことは当たり前のことだろう。幼い小学生にだって分かる。
しかし、このオークにはその常識が通用しない。半人工的に作られた生物なのだから、ことなる法則に則っていても決して不思議なことじゃない。
加えて、これは何もオークに限った話ではないのだ。
「確か、七災魔の中にもこんな奴がいたよな。あの何百回撃っても死なない奴」
洗心オルフォースのことか。
あれは異例中の異例だ。急所なんてものが存在するのかすら分からない。
それよりも今は、目の前の敵に集中するべきだ。
「……くる」
誰に言うわけでもなくミオが告げると同時、数秒前まで打ちひしがれていたはずのオークたちがおもむろに立ち上がる。
死体が息を吹き返す様はゾンビ映画のそれだ。
起き上がったオークたちは何事もなかったのかのように再びミオへ肉薄する。
仕事を始めるように、彼女もまた迎撃を再開した。
銃声のアンコールに、やはりオークたちは為す術もなく頽れていく。
一方的な殺戮であることに変わりはない。しかし、どうにもミオは引っかかる。
不死身のオーク。彼らを殺し続けて何があるだろうか。
数で上回ることでミオを封じ込めるのが狙いか? いいや違う。彼女自身、この程度の数が相手であれば手が塞がれるということは絶対にない。
加えてゴルドがいる。彼の存在はミオほどには匹敵しなくとも、数匹のオークを同時に相手取ることなど造作もないことだ。
だが、そこでミオは気が付いた。
敵の真の狙いに。
「どうしたミオ? あと数体だけじゃねえか」
突然、射撃を中止したミオに疑問を覚えたのか、怪訝そうな顔でゴルドが尋ねる。
「……撤退する」
「は?」という素っ頓狂な声が室内にちいさく反響した。
唖然となるゴルドに向かって、ミオは険しい表情を浮かべて続ける。
「弾が残りわずか。作り直すためにも一度拠点に戻る必要がある。だから、撤退する」
恐らく、敵の目的はこちらの弾切れだ。
主武装が使い物にならなくなったところを、オークの群れをもって仕留める腹積りだろう。
備えとして銃器以外の武器も一応は持っている。
しかし、この数を前にしてはそれだけでは分が悪い。
元々、短期決戦を想定していたのだ。戦いを長引かせてしまった今、取るべき手段は決まったようなものだ。
「なるほどな。分かったよ。そうなっちまったらもう退くしかないだろうな」
最小限の言葉ではあったが、ゴルドは納得したようだ。
目配せをした二人は警戒を怠ることなく、互いに距離を縮める。
「今回はここまでにしておく。でも、そこの勇者に警告。今後もその霊魂器を使い続けるのなら、遠くない未来、あなたたちは命を落とすことになる」
決定事項であるかのようにミオは断言した。
鋭い眼光を向けられて、壁際で気配を殺していたアザミとサキが顔色を変える。
大勢のオークの参戦によって、加勢する隙を見つけられなかったのだろう。
二人は壁にもたれかかりながら、辛うじて立っているような有様だった。
「それと、聞こえているんだろうけど、博士、あなたにも言っておくわ。今回私がここに来たのは気まぐれじゃない。エルフの友人からの依頼を受けてのことよ。それを阻むというのなら、あなたも勇者たちと同様に始末する。これは脅しじゃない」
扉の奥から、ほほっ、とせせら笑うような声が響いてきた。やはり、どこかでこの言葉を聞いているらしい。
ミオは心底軽蔑するように、ふっと鼻で笑うとアザミたちの方へと再び視線を向けた。
「それじゃあ、また」
ミオが言い終えると同時、ゴルドが床に向かって何かを投げつけた。
二人の足元から発生した煙は、みるみるうちに室内に充満していく。
それが煙幕であると、アザミが気が付いた時には既に遅く、ほどなくしてクリアになった視界の先にミオとゴルドの姿はない。
「……なんなのよ」
散らかった家具の数々。半壊した室内。ごっそりとえぐれた床。
アザミはその荒れ果てた光景を前にして、両拳を握っていた。
そして、窓からではなく直接差し込む月光を睨んで言った。
「アイツ、絶対ぶっ殺す」




