第二十二話
「博士、来るのが遅いわよッ! というか、元勇者っていうのは何?」
「かはっは! 何を言うかねアザミ君。前に一度話したことがあるでしょう。そこに立っているのは、何年も前から帝国のために戦い続けた勇者ですよ。もっとも、『元』ですが」
その場にいた全員の視線がミオに向けられる。サキは思わず唾を飲み込んだ。
道理で並々ならぬ気配を纏っているわけだ。同じ勇者でも顔つきも風格も違いすぎる。くぐり抜けてきた死線の数が根本的に違うのだろう。
そのようにサキが黙考していると、注目の的となっているミオが冷えた声で告げた。
「久しぶり、博士。相も変わらず、無垢な人間を騙して実験に使っているようね。世のためにも早くくたばったらどう?」
「はは、何とも口が悪い。昔はそんな汚い言葉を使う子じゃなかったはずですがな。悲しいかな、時間というのは人を変えてしまうらしい」
博士と呼ばれる男は、ミオの凍てつく声にひるむことなく、かかと笑った。
彼はかけていた眼鏡に軽く触れると、縁側から庭を眺める老人のような瞳で続ける。
「ところで、何用でこのような辺境の地へ来たのですかな? 気まぐれでエルフの領土に踏み込むほど浅慮な方でもないでしょうに」
「あなたに話すことはない。私は私の仕事をするだけ」
「……ふむ、やはり話し合いは叶いませんか、とてもざんねんです。誠に心苦しいですが、あなたにはここで消えていただきましょう。衛兵たち、彼を前へ」
博士が右手を上げると共に、背後にいた兵士たちの集団から一回り大きな影が前へ出てきた。だが、それは人ではない。
どす黒い灰色の肌。手足に生えたかぎ爪。見るに堪えない醜悪な外見。
その風貌を見て取ったミオはすぐに敵の正体に気が付く。
「……オーク。それも、さらに改良されている類ね」
ご名答、と博士は声高らかに答えた。
「どうですかな? あの気高きエルフどもから作られたこの醜い生き物はッ! 神から与えられし美を人の汚泥によって穢す悦びッ! ああ、本当に素晴らしい」
「いい性格してやがる。ミオ、お前の古い友人はとんだキチ野郎だぜ」
一人エクスタシーを味わっている博士を横目に、ゴルドが呆れるように言う。それが聞こえていたのか、博士はハッと我れに返ったかと思うと、やれやれと肩を竦めた。
「まだ試験段階ですが、ちょうどいい相手がいることです。ええ、しっかりとデータは取らせていただきますとも。決してあなたの死は無駄にはしません。さあ、やりなさい」
「リ、ヨウカイ」
刹那、合図と共にオークが突進してくる。
ミオはすかさず銃口を眼前に向ける——が、発砲するよりも先にオークの巨体がすぐ傍にまで迫っていた。たまらず、防御態勢に切り替える。
「うっそだろ。あの見た目でなんて速さだ」
感嘆するゴルドの耳に、直後、激しい衝突音が届いた。
見れば、オークはミオの体を掴みながら、押し相撲のように建物の外へ押し出そうとしているではないか。
しかし、瞠目すべきはミオの方だ。
彼女はその小柄な外見からは想像もできない腕力で、オークと対等に力比べをしている——だが。
「背中ががら空きだっての。圧縮されちゃえよ、このチビがッ!」
一対一の状況を静観しているアザミではない。彼女はブレスレット型の霊魂器を起動させると、ミオの背後に一枚の障壁を出現させる。
その構図はミオが挟撃されているに等しい状況だった。




