プロローグ 銀の魔弾2
「なっ……!」
騎士たちは後ろにある荷台の上を見て愕然とした。
そこには緑色の生き物がいた。つい先ほど目にした緑色の小人が、悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら、荷台の上に悠然と座っている。
「ご、ゴブリン!?」
「くくっ、ちげぇよ」
反射的に漏らした騎士の言葉を、謎の生き物は即座に否定した。
彼は不敵な笑みを浮かべたまま、宙ぶらりんになっていた足を組む。
「それよりも、あんまりじゃねぇか。もし、あの場所にいたのがヒト族の子供だったら、一体どうするつもりだったんだ?」
くつくつと笑いながら、ゴブリン……もどきは、侮蔑するような視線を眼下の騎士たちに送る。
「まあ、お前ら帝国のことだ。例え子供の一人や二人轢き殺したところで、何の罪悪感も湧いてこないんだろう? もっと残酷なことを、数えきれないほど繰り返してきたお前たちならなあ」
「……っ、貴様、言わせておけばッ!」
ゴブリンもどきの煽るような言葉に憤慨した騎士が、馬上にも関わらず剣を抜く。
引き抜かれた帝国産の長剣は、荷台の上の小さな生き物へと向けられた。
「へいへい。それっと」
しかし、ゴブリンもどきは騎士の刺突を軟体動物のごとく、するりとかわしてみせると、右手に握っていた小型のナイフで騎士の眼球を串刺しにした。男の惨めな悲鳴が上がる。
次いで心臓を一刺ししたゴブリンもどきは、一瞬の迷いもみせず、返す刀で横にいた騎士の喉を再び刺突。兜の防御力を無視した鋭利な一閃は、騎士を絶命させるには十分すぎた。
全ては一瞬だった。
「……ふう。っと、休んでいる場合じゃなかったな」
軽い準備運動、程度にしか思っていないのか、ゴブリンもどきは一仕事終えたように額を拭うと、絶命した騎士が未だに握っている手綱を奪い取る。
そして、新たな御者を得た馬車は、やがて、緩やかに減速を始めるのだった。
「なんだ、なぜ先頭の奴らは速度を落とした?」
縦一列に並んでいた馬車の隊、その前から二番目。二頭の馬に鞭打っていた熟練の騎士は、前方の異変に気が付いて眉をひそめる。
後方にいたはずの馬車たちも、既に闇の中へと消えた。残っているのは、先頭とその背を追うこの馬車だけ。窮地としかいいようがない。
なのに、なぜ、今速度を落とす?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
黙考していた騎士は、隣に座っていた若い騎士の叫びを聞いて、我に返った。
「来てる! もう、すぐそこまで!」
要領を得ない言葉ながら、熟練の騎士にはその意味が分かった。
狙っているのか。今度は俺たちを。
そうは、させるか。
「若いの、馬を頼んだぞ」
熟練の騎士は、両手の手綱を若い騎士へと放り投げると、荷台からおもむろに何かを抜いた。
取り出したのは、やはり帝国産のクロスボウ。熟練の騎士は、慣れた手つきで矢を装填すると、立ち上がり、決然と後方を見やる。
「こい、銀の魔弾。帝国軍、オルカ騎士団が一人、アルマ・ヴァルキン。帝国にあだなす裏切り者に鉄槌を——」
決意の言葉を遮るように、だんっ、と甲高い音が鳴った。それも若い騎士のすぐ近くで。
不思議だった。気が付いた時には、立ち上がった熟練の騎士の頭部が丸ごと消えていた。
鼻がわずかに捉えた硝煙のにおい。
案山子のように立ち尽くしていた熟練の騎士の体は、やがて力なく頽れる。
それと入れ替わる形で馬車の上に現れた人物を前に、若い騎士は瞠目した。
銀の魔弾。帝国で恐れられる裏切り者の勇者。
帝国、ましてや軍隊に所属していて、その名を聞かぬことはない。
故に、若い騎士はその裏切り者の詳細についても、ある程度は聞き及んでいる。
その裏切り者は、銀色の髪をしており、拳銃、散弾銃、狙撃銃、と多彩に変化する武器を手にしている手練れであると。
そして何より、その者は屈強な戦士でもなければ、魔法を極めた賢者でもない。何の変哲もない、年若き女であると。
すなわち、少女である。
「おまえが、銀の魔弾……ッ!」
銀色の髪。死人のように白い肌。華奢な体つき。
そして、あどけない見た目に反し、冬の湖の水底のように冷たい瞳をした少女。
帝国が恐れる裏切り者の勇者、夜叉敷ミオは、無機質な表情を浮かべたまま、銃口の先に捉えた若い騎士を見下ろしているのだった。




