第十五話
「気に食わねんだよ。何もかも、自分だけは分かっているって感じがなあ」
数撃の攻防の末、再びミオとの距離を取った男。
男が疲労しているのは自明だった。されど、猛き獣の顔には、未だ燃えるような戦意が宿っているのが分かる。
「だいたい、これほどの実力を持ちながら何で帝国を裏切りやがった。俺たちの敵は七災魔のはずだろ」
男の問いかけに、今度こそミオからの返答はない。
殺し合いをしているにも関わらず、表情一つ、呼吸一つ乱れていない少女を前に、男は生まれて初めて戦慄を覚えさえした。
自分は、とんでもない怪物を相手にしているのかもしれない。
男の脳裏に死がよぎる。
もはや対話は不可能。このまま片方の命が潰えるまで殺し合うしかないのか。
やむなく男が覚悟を決めた時のことだった。
きつと結ばれた少女の唇が、おもむろに開かれたのは。
「あなたは、どこまで知っているの?」
出し抜けの質問に男は戸惑いを覚える。
ミオの問いかけには主語が無かった。いや、例えそれがあったとしても、はたして答えられたかどうか。
故に男は質問に質問を重ねる形で返した。
「あんたに比べれば、俺が知っていることなんて高が知れているだろうよ。そいつは一体、何のことを言ってやがる」
「裏切りの勇者と呼ばれる私たちのことよ」
「裏切りの勇者たち、だと?」
「その様子だと、帝国の情報統制は相変わらずのようね」
男の答えをもって、ミオはわずかに渋面を作る。
しかし、感情の起伏が薄い少女に人間味を見出したのも束の間、またしても、男は突飛な発言を耳にすることになった。
「あなた、私たちの側に付く気はない?」
強張った表情が一転、男はたまらず吹き出す。
「おいおい、戦場でヘッドハンティングかよ。こいつは面食らったな」
「私は本気で言ってる」
ミオの沈着な声に対し、男はくつくつと笑う。
「確かにまあ、従っておけば、ここでくたばることもないだろうよ。俺に選択肢がないってことも分かってる」
けどな、と男は一拍おいて、親指を下にしながら突き出した。
「俺は仮にも帝国の勇者だ。魅力的な提案ではあるが、謹んでお断りさせていただこうか」
「……そう」
ここに交渉は決裂した。
戦いの幕間もまた終わりを告げ、静寂な森の中に張りつめた空気が立ち込める。
一段と濃いものへ変化した少女の気配。
まだ力を隠していやがったのか、と男は苦笑しながらも、凶器と化した爪を前へ構えた。
先手を取ったのは、ミオだった。
短刀を逆手に握り、一足飛びで肉薄する。男は喉元に迫る凶刃を、すんでのところで避け、続く第二、第三の攻撃も辛うじてしのぐ。
悔しいほど防戦一方の状況ながら、しかし男は笑みを絶やさない。はたして、なぜか。
猛攻の最中、男は微かな勝機を見出していた。
歴戦の勇者たるミオの斬撃は危険だ。しかしやはり、剣士が本職ではないのは明らか。
事実、彼女が握る短刀の切先は、男の胴体を掠めることはあれど、致命的な一撃を与えられずにいた。
男の方も仮にも勇者。戦闘開始時点では反応するのが限界でも、その攻撃を何度も目にすれば、自ずと慣れがくる。
そして、願ってもないことにその時はすぐに訪れた。
「今度こそしまいだ、銀の魔弾ッ!」
息つく暇もなく繰り出される剣戟。一撃と一撃の間に生まれたわずかな隙を見出して、男は咆哮する。
一縷の望みにかけた全霊の一撃。
だがしかし、その爪がミオの純白の肌を切り裂く直前だった。
聞こえるはずのない発砲音が、森の中に反響したのは。