第十四話
瞬間、風切り音と共に獣と化した男のかぎ爪が、ミオに迫る。
勝利を確信した男は、底から湧き上がってくる感情と共に吠えた。
「しまいだ、銀の魔弾ッ!」
だが、その鋭利な爪先が血肉を引き裂く寸前、背後を振り返ったミオと目が合う。
転瞬、強靭な爪と堅牢な何かが激しく衝突した。
期待していた感触とは裏腹に、爪先から伝わるのはダイヤモンドにでもぶつかったかのような頑健さ。
次いでそれを目の当たりにし、男は驚愕に目を見開く。
必殺の一撃を防いだのは、ミオの持つ散弾銃ではなく、あろうことか、翡翠色の短刀だったからだ。
「……なんつー冗談だよ、おい」
衝突の後、獣の姿をした男は大きく距離を取ると、困惑と警戒を交えた表情でミオを正視した。
「霊魂器は一人の勇者に付き、一つしか扱えないはずだ。だが、てめーが握っている短刀、それは間違いなく霊魂器!」
男はミオの側に転がっている銃型の霊魂器を一瞥し、額に汗を浮かべる。
「なるほど、歴代勇者、屈指の実力とは聞いていたが、何となくその理由が分かったきがするぜ。ところで、どういう絡繰りだ?」
「答える気はない。私はあなたを倒して、その霊魂器を回収するだけ」
「はっ、取り付く島もないってか。おーけー、分かったよ」
男は渋面しながら自然と戦闘態勢に入った。
なぜ、一人の勇者が二つの霊魂器を持っているのか、そしてそれを扱えるのか。沸いた疑問は尽きぬが、答えはすぐに出るわけでもなし。
あれが彼女の奥の手なのかは不明だが、まだ自身の知らぬ手を残している可能性もある。
ならば、ここは様子見のためにも長期戦に持ち込むべきだ。
しばし静寂があった。
達人の居合のごとく、今にも急変しそうな状況に、息を呑むような睨み合い。
機先を制して動いたのは、やはり男。両手の爪を盾のように構えながら、対象へ肉薄する。
対するミオはこれを正面から迎え撃った。右手に握る短刀を逆手に持ち、瞬時に下方から振り上げる。
瞬間、火花を散らす双方の得物。
男は瞠目した。銃型の霊魂器こそ、ミオの主武装であると確信していたからだ。
霊魂器とはいえ、予備の武器など取るに足らない。使い慣れた獲物こそが勝敗を分けるのだ、と。
しかし、事実はどうか。
短刀を握る銀髪の少女は、想像よりも遥かに戦えている。いや、接近戦を得意とする自分の方こそ圧倒されつつあるのが認めがたい現実だ。……加えて、
「さっきの銃と同等……じゃねーが、その霊魂器も大した強度だぜ。もとになっているのは、一体どんな幻獣なんだかな」
「……そう。あなたは、霊魂器の強さは素材となった幻獣に依拠していると思っているのね」
「それが何だってんだよ」
「いいえ。こちらの話」
児戯と言わんばかりに男の攻撃をいなし続けながら、ミオは冷めた目で男を見た。
確かに、霊魂器の性能と幻獣の強さには相関関係がある。
だが、それも半分正解で半分間違いだ。
霊魂器の性能を決める残り二つの要因。それは、要石となっている、死した勇者の魂の質。そして、武器の担い手との相性である。
霊魂器に対して深い造詣があるミオはそれを知っているが、対峙する男は何も知らないのだ。
そう、自分が何で戦っているのか、そんなことも知らずに。