第十三話
想定外の出来事だった。
幽鬼のごとく、ふらりと現れた男の声にミオは反射的に視線をやる。
その時、先ほどまで城砦に向けられていた銃口もまた、自然と声の主へと向けられた。
声を辿った先には男がいた。
帝国兵、それも上位の階級であることを示す紺色の軍服。それを着崩していることにより、胸元はひどく露出している茶髪の男。
ミオには一目で勇者だと分かった。また、状況からして、三人いたという勇者の内の一人であるということも。
「ああ? よく見たらヒト族じゃねえか。なんでこんな場所にいやがる。……それに、その銀色の髪、どこかで見た気がするな」
思考を巡らせるミオを差し置いて、男は舐めるような視線を送る。
ぎらついた瞳が、じっと見つめること数秒。男はおもむろに口を開いた。
「……そうか、思い出したぞ、帝国の街で人相書きを見たことがある。お前、裏切り者の勇者だろ?」
「だったら何」
ミオのにべもない返答に、男は不満をあらわにするわけでもなく、口の端を吊り上げた。
「ははっ、こいつはたまげた。夜番なんて退屈な仕事だと思っていたが、どうやら俺は「当たり」を引いちまったらしい」
何が面白いのか、男はひとりでに哄笑してみせる。
男が「当たり」と言った理由には、おおよそ見当がついていた。
裏切り者の勇者であるミオは、帝国にとっての大敵だ。されば、その身柄を拘束、または始末するだけでも、帝国にとっては大きな益となる。
例えば懸賞金として、優に一生を過ごせる程度の金額を提示してしまう程には、彼女の命には値打ちがついていたのだ。
恐らく、男の言う「当たり」とは、意図せずして、大金を手にするための機会が転がってきたことに対してであろう。ミオは冷ややかな視線を送る。
しかし、その推測は、次の男の発言によって即座に否定されることとなった。
「一度試してみたかったんだよ、俺は。同じ勇者と戦うのはどんな感覚なのかってな」
「誰だか知らないけど、人違いだと思う」
「はっ、よく言うぜ、裏切り者の勇者ッ!」
刹那、今にも飛びかかろうとしている男よりも先に、ミオの銃口が火を噴いた。
狙撃銃から瞬間的に散弾銃へと変貌したミオの霊魂器。
それは同時に一撃必殺のライフル弾から、近距離特化の散弾へと変化したことを意味する。
通常であれば外しようもない。至近距離で散弾銃を浴びせられた対象は、絶命の運命にあるはずだった……だが。
「さすがは、帝国の最高傑作とも名高い霊魂器だ。遠・中・近とオールレンジで対応可能ってところだろ」
しかし、銃口の先に男の姿は既にない。
耳を伝う声に振り向けば、ミオの背後にはきつね色の毛並みを持つ、獣のような生き物が立っていた。
「……その見た目、野狗子ね」
「へえ、知ってんのかい。さすがは、歴戦の勇者さまだ」
予想外の言葉に、男は一瞬、感嘆しているかに見えた。彼は余裕綽々たる面持ちで朗々と語る。
「そう、俺の霊魂器の素材は幻獣「野狗子」。人の脳を好んで食べる獣の怪物だ」
「知ってる。その特性から、死体の多い戦場跡に出没することも、そしてその能力も」
ミオの言葉に、男は再度、笑みを浮かべた。
野狗子。頭は狼のような姿をしておりながら、そこから下は人の形を持つ中位の幻獣。
特筆すべきは、好物が人の脳みそであること。そして、非常に俊敏な動きをする点である。
銃型の霊魂器を持つミオにとっては、あまり相性の良い相手とは言い難い。
そして、それを察してか、男は獣の姿に相応しい獰猛な笑みを浮かべた。
刹那、再び男の姿が消える。
驚異的な速度で移動したのも確かだが、何より時刻は深夜、ましてや暗い森の中だ。さすがのミオであっても、この状況下では目で追うのにも限界がある。
そして、ミオの認識の埒外で最高速度に達した男は、彼女の雪色の首筋に狙いを定めるのだった。