第十二話
エコーズディープ北東——城壁周辺
「お、いたいた。やっと見つけたぜ」
城砦から北へ約二百メートル。エコーズディープでは特別珍しい森林地帯。
林立する木々、その中で最も高い木の幹に立つゴルドは、双眼鏡の先にお目当ての人物を発見して喉を鳴らした。
「間違いない?」
ゴルドのすぐ隣で狙撃銃型の霊魂器を抱えているミオが、淡白に問うた。
「ああ、あの窓際の嬢ちゃんだけ、空気がやべーほど乱れてやがる。あんなもの見た日にゃあ、エルフどもは卒倒するだろうよ」
「そう。それじゃあ、やっぱり当たりね」
ミオはゴルドの見つめる方角に視線をやった。肉眼で視認することはできないが、恐らく、視線の先に目標はいる。
「ゴルドは計画通りにお願い。私はここから狙撃を試みる。何かあったら私のもとに戻ってきて」
言うや否や、ミオは早速、狙撃銃型の霊魂器を構え始めた。
一方のゴルドは、ミオの言葉を耳にしてなお、しばし考え込んだ様子でいる。
逡巡した末に、彼は足を動かすよりも先に口を開く。
「それは分かっているがよ、本当にいいのか?」
「……何が?」
予想外の問いにミオは耳を傾けつつも、窓際に立つ女の勇者から意識を離さなかった。
集中させて、とそう言いたげな彼女の声音に、けれどゴルドは構わず続ける。
「仮にも、お前と同郷なんだろ。……確かに、あいつら勇者は霊魂器の真実なんて知りもしないだろうさ。帝国側が上手く情報統制をしているからな。きっとお前を裏切り者と評して、挑んでくる」
けどよ。ゴルドは間髪入れずに言葉を紡ぐ。
「それでも、お前と同じ国の出身だ。あいつらが、いかに不幸な立場にあるのかは、お前が一番よく知っているだろ。それでも、やるのか?」
「なんだ、そんなこと」
しかし、そんなことは些事にすぎないと、ミオは一笑に付すのだった。
「もう何度もやってきたこと。今さら迷うことなんてない」
「……」
「それに、あれはただの霊魂器じゃない。ゴルドも分かっているでしょ? だから彼女を始末して、あれも回収する。そう、いつも通りよ」
「……そうか。お前がそれでいいのなら、俺は、とやかく言いはしねーよ。邪魔して悪かったな」
すると、ゴルドは立っていた木の根元へと器用に降りていく。彼は地上に降り立つと、すぐさま森の闇の中へと姿をくらませるのだった。
一方で、一人残ったミオは、やはり窓際の少女から目を離すことなく、その瞳から微塵も鋭さを失わせない。
だがその傍ら、不意にぽつりと言葉を漏らした。
「ありがとう、心配してくれて」
その独白は、渓谷から吹いた寒風によってかき消された。それがゴルドに対するものだったのか、はたまた別の誰かに対してなのか。真相は彼女以外、知る由もない。
息を吐きだす。自分の中から余分な感情を切り捨てるために。
息を吸いだす。自分を冷静な狙撃手へと塗り替えるために。
凍てつく冷気が、体内へと浸透していった。容赦のない冷たさが、体を、心を感情の無い殺人マシンへと変貌させていく。
照準器に目を合わせる。目標は依然として窓の周辺から動いていない。好都合だ。
息を殺すこと数秒。神経が研ぎ澄まされ、全ての意識が、照準器の先へと集中したその時、ミオは容赦なくトリガーを引いた。
森林の静寂を引き裂く音速の銀光は、迷いなく城砦の一点を目指し直撃。
およそ弾丸で出せるはずもないその威力に、しかし確かな手応えはなく、ミオは内心舌打ちをする。
「……やっぱり、対策はしていたのね」
予想通りの光景に、ミオは思わず嘆息をもらす。
視界の先には、つい先ほどまでは存在しなかった障壁が出現していた。
城砦の一点、件の勇者がいるとされる一室には、長方形の壁のようなものが展開されている。
その外見は、ほとんど透明に近く、視認性は極めて悪い。
ミオの弾丸が着弾する直前に現れたのか、あるいは元々そこにあったのか、推測の域を出ないが、ミオは後者であったと予想する。
「霊魂器……それも、この銃の一撃を防ぎきるなんて、七災魔かエルフの上位魔法、もしくは、同じ霊魂器しか考えられない」
とはいえ、結論は既に出かかっていた。
思考を巡らせた末、ミオは即座に狙撃銃のボルトを引いた。今や役目を果たした銀色の薬莢が宙を舞い、弧を描く。
その間にも新たな弾薬が薬室に装填され、すかさず、これを撃発。
やはり驚異的な威力を誇る一撃は、けれどまたしても、一室に張られていた障壁によって防がれた。
しかし、一撃目の時点で障壁に亀裂が入っていたのだろう。
堅牢さを誇っていた半透明な壁は、続く二撃目によって、完全に粉砕されるのだった。
巨大なガラスが派手に割れるような音を耳にして、ミオは障壁の消滅に確信を持つ。
次の一撃で今度こそ決める。
そうして、彼女のしなやかな手が再びボルトを握った時のことだ。
「なんだ? 派手な音に駆けつけてみれば、ただのガキじゃねえか」
突如として森の闇より響く男の声に、ミオは視線を移さずにはいられなかった。