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第十一話 

エコーズディープ北東——城砦にて。


濃い霧のかかった夜だった。


わずかな光源である月は、これまた曇りがちな天気のせいで、ほとんど見えない。


加えて、寒風吹きすさぶ渓谷は、夜中になればことさら冷える。


地上には濃霧が、天には雲が立ち込め、城砦周辺は今、完全な孤独の状態にあった。


室内にも関わらず、自身の吐く息が白く染まるのを見て、十二代目の勇者、サキは目を細めた。


エルフの領土に侵入してから既に二週間が経つ。


エコーズディープに最小限の兵で侵入し、統治者たるエルフの貴族が住まう城砦を占拠するという目的は、(おおむ)ね計画通りに運んだ。


ただ、全てが順調であったわけではない。


誤算は、この城砦の主であるアランディールを取り逃がしたこと。


城砦の地下に隠し通路があるという情報を、どうやら帝国側は把握できていなかったらしい。(くだん)の貴族からは聞き出したい情報があったようだが、今となってはそれも叶わない。


ましてや、当人が生き残った以上、エルフ側に帝国の兵が侵入したことを悟られるのも時間の問題だろう。遠からず動きがあるに違いない。


もっとも、そんなことを考えたとて、一端(いったん)の勇者に過ぎないサキには詮無きことなのだが。


「……っ」


その時、一人黙考していたサキの視界に山積みの死体が入った。


累々と積み上げられたエルフたちの亡骸。


奇襲を受けたにも関わらず、一切の外傷もない彼らの体は、まるで魂だけが抜け出してしまっているかに見える。


まるで粗大ごみのように扱われたその抜け殻を正視し、サキは、しばし目を離せずにいた。


「……私が殺したんだよね」


独り言がぽつりと室内に漏れる。


それは、きっかり二週間前のことだった。


エルフの領土へと秘密裏に潜入し、とある貴族を連行してきてほしい。


帝国のお偉いさんから依頼を受けた十二代目の勇者一行(これにはサキも含む)は、少数精鋭の兵士を引き連れ、このエコーズディープへと向かった。


最大の障害は城砦内の衛兵だった。しかし、それもサキの持つ特殊な霊魂器によって全滅。


肝心の貴族こそ取り逃がしはしたものの、現在、城砦の防衛にあたる最小限の帝国兵以外は、軒並み貴族の捜索に駆り出されている。


「あんた、まだそんなことを気にしていたの?」


突如、茫然としていたサキの鼓膜を、別の女の声が揺らした。


「そんなことって……その言い方はあんまりじゃないですか。帝国の人たちはともかく、少なくとも私たちは、エルフに恨みがあったわけじゃないのに……」


サキの言葉を聞いて、女は鼻で笑う。


三人いる十二代目の勇者、その一人であるアザミは、壁にもたれかかりながら、嘲笑うような表情でサキを見つめ返した。


「じゃあ帝国の王様に懇願してみる? 私には誰かの命を奪うことはできませんって。そんなこと言った日には、エルフよりも先に私たちが殺されるわよ」


「……そうかもしれません。けど——」


「あまちゃんね」


アザミは、サキの言葉を言下に否定した。


「一つ忠告よ。これから生きていく以上、殺した相手について考えないこと。一度でも心の隙を作れば、あなたは死ぬまで自責の念に苦しむことになるわよ」


小動物のように押し黙ったサキを前にして、アザミはここぞと続ける。


「七災魔を全部倒し、元の世界に帰るんでしょう。なら、その目的だけに集中しなさいな」


今度こそ、サキは黙りこくってしまった。


きっと、自分以外の人物であれば、一つや二つ言い返すこともできるのだろう。


しかし、自分には反論するだけの頭もなければ、勇気もない。結局、無意味に閉口することしかできないのだ。


サキは潤んだ瞳を窓へと向けた。相も変わらず、外には霧がもうもうと立ち込めている。


まるで宙ぶらりんな自分の心と一緒だな、そんなことを内心で考えていた時のことだった。


城砦周辺を囲うように立つ木々。その中でもとりわけ高い木の上に、小さな人影のようなものが見えた気がした。


目を凝らし、窓に顔を寄せる。間違いない。顔立ちまでは判然としないが、やはり人がいる。


帝国兵なのか? 


サキが訝し気に目を細めていた……次の瞬間。


全身がすくみ上るような感覚と共に、銀色の輝きが視界を覆った。


そしてほぼ同時に、金属通しが衝突するような甲高い音がサキの耳朶を打つのだった。

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