第九話
空から災厄の怪物が落ちてから十年。五種族は各々の方法で対抗策を講じていた。
エルフ族は、かの怪物たちを滅するための魔法を生み出すことに腐心し、ドワーフ族は七災魔を討ち滅ぼすための武器を鍛造することに心血を注いでいた。
一方、巨人のギガース族は七災魔との大規模な交戦を始めた。
後に「巨魔戦争」と呼ばれるこの戦いが、ギガース族と七災魔の一角の痛み分けに終わったことを知らぬ者はいないことだろう。
それが如何に壮絶な戦であったか知りたい者は、戦いの地となった雷鳴平原に赴くといい。そこには窪地だらけの大地と、石化した巨人の群れが今なお残っている。
戦好きのウェアウルフもまた、七災魔の洗心フォーセルとの戦いに臨んだ。
もっとも、同じく戦いを重んじたギガース族とは異なり、フォーセルの計略にまんまとはまり、知性を失うという大失態を演じてしまったのだから笑えない。
昨今、ヒト族の母親が頭の出来が悪い息子のことを「愚狼」と揶揄するのは、ここからきている。
ただ、知恵なき獣とあなどるなかれ。知能を失った彼らウェアウルフは、暗い森の中に引きこもり、十年の恥を抱えてなお、再起の時を虎視眈々と待っているのだから。
さて、四つの種族が七災魔に抗う中、我々ヒト族だけは、十年間、怪物どもの侵攻を許し続けていた。
戦っては負け、敗走し、軍が整えば再び戦い、そして大勢の犠牲を生み出すという始末。
もはや種が絶えるのは時間の問題であり、誰もがその未来に怯え、また悲観していた。
しかし、ヒト族は突出した力を持たぬゆえに、いかなる力も自身のものとすることができる。
故に、我らはどれほど卑劣な選択であろうと迷わなかった。生存のために手段を選ばなかった。
我々ヒト族はエルフのみが知る魔法の原理を盗んだ。
それを解明し、己がものとし、私を含む四人の賢者によって生み出されたのが「魔偽」。
大気に漂う魔力へ同調し、和するのが「魔法」であるのに対し、魔力を欺瞞し、支配するのが「魔偽」である。我々は魔を偽ることで魔を操ることに成功したのだ。
かくして、ヒト族は反転攻勢に出た。
以来、七災魔にとって児戯に等しかったヒト族との戦いは、対等な戦争へと変わった。抗う術を手に入れたヒトは、怪物たちとの戦いに希望を見出した。
だが、それはマイナスであったものが、ゼロへと変わっただけのこと。七災魔に浸食された領土は未だ多く、ヒト族が滅びを迎える時が少し先に延びただけに過ぎない。
だからこそ、ヒトはさらに力を欲した。
その底なしの欲望がたどり着いた先が「異邦鏡」。災厄の怪物を討つ力を持った者を異界より呼び寄せる召喚の儀式。
ヒト族救済のための人柱として選ばれた異世界の少年少女を へと変える である。
四大賢者——カダン・セルスタルの手記 第一節より