第八話
ミスリルウッド宮殿内——エレシアの私室にて。
「エレシア様、銀の魔弾が持ち込んだ棺桶は、無事、例の場所に収めて参りました」
「そう、ご苦労様です。大変な仕事を任せてしまいましたね」
紅茶を口にしていたエレシアは、そっとティーカップを置き、報告にきたエルフ兵の一人を一瞥した。ほんのりと上気した彼女の頬に、兵士はしばし目を奪われそうになる。
「い、いえ。これも私どもの仕事ゆえ。……ところで、つかぬ事をお聞きしますが、帝国と銀の魔弾、双方があの棺桶に執着する理由は何なのでしょう?」
「あら、あなたは知らないのですか」
再びエレシアが振り返った。兵士の言葉が意外だったのか、きょとんとした様子で見つめ返すと、とある単語をぽつりと漏らす。
「霊魂器という名前に聞き覚えは?」
「お恥ずかしながら、ありません。して、霊魂器とは一体?」
「霊魂器。それは異界から召喚された勇者たちが扱う武具の総称です。あなたも彼らの強力な武器を目にしたことくらいはあるでしょう」
エルフの兵士は首を横に振った。彼は少々申し訳なさそうに頬を掻き、続ける。
「私は直接、目にしたことはありませんが、知り合いから聞き及んでおります。何でも、とてつもない力を秘めた武器なのだとか。それと、その武器を扱えるのは勇者のみとも」
「あの武器、実は勇者の死骸からできているんですよ」
「……え?」
しばし沈黙があった。予想だにしていない発言に、エルフの兵士は押し黙り、閉口すること数十秒。次に口を開いたのはエレシアであった。
「やはり、知らないのですね。きっと、あなたと同じように国民もまた……」
エレシアの視線がティーカップへと落ちる。その瞳には悲観とも憐れみとも呼べる複数の感情が混ざっていた。
分かっているつもりだった。七災魔に対抗する力を秘めた存在である勇者、その実態をエルフの民はおろか、帝国民ですら知りえていないという現実を。
勇者。ああ、なんて甘美な響きだろうか。
誰もがこの名に目を輝かせ、あるいは希望を託し、あるいは縋る。
そう、ベネテラに生きるものにとって、いや、どの世界においても、勇者とは希望の象徴と呼べる存在なのだろう。……しかし、この世界ではそれは大きく異なる。
故に、伝える必要があるのだ。真実を知る私には少なくとも、その責任がある。
黙考していたエレシアは、やがておもむろに顔を上げると、エルフの兵士を見つめ言った。
「ええ、いい機会です。他に暇をしている兵士たちも集めなさい。勇者の歴史について話をいたしましょう」