第七話
「敵は勇者、だあ?」
ゴルドは眉を顰めながら復唱した。その瞳には、未だに警戒の色が残っている。
「え、ええ。そうです。敵はかの帝国が召喚した勇者でございます」
一方、ゴルドの鋭い眼光に場打てするエルフだったが、彼は気丈に振舞ってみせた。
「申し遅れました。私の名はアランディール。この巨大な渓谷、エコーズディープを統治する貴族でございます。どうぞ、アランと」
すると、恭しく一礼するアラン。なるほど、その洗練された所作は、貴族のそれに違いない。一つ安心したミオは、拳銃をホルスターへ納めた。
「アラン……さん。詳しく話を聞かせて」
「はい。話は二週間ほど前に遡ります。……ですが、立ち話するには、ここは少々危険というもの。どうぞこちらへ。隠れ家がございます」
こうして、ミオとゴルドはアランに促されるまま、例の隠れ家を目指し、歩いた。
さすがはこの地を統治していた貴族。地形は手に取るように分かるようで、険しい道のりも迷いなく進んでいく。
それから辿り着いたのは、渓谷の側面にできた小さな洞窟。肌寒い空洞をさらに進んだ三人は、やがて奥にあった焚火で暖を取るのだった。
「さて、まずは今にいたる経緯についてお話いたしましょう」
ひんやりとした地面に座るや否や、アランは先ほどの話を再開した。話を要約すると、こうだ。
二週間前、エコーズディープの哨戒にあたっていた兵士が、一人を除き皆殺しにされた。
その兵士たちの殺され方が、伝承に残る七災魔——サン・ルーのものと酷似していたことを警戒したアランは、即座にエルフの王都、ミスリルウッドへと伝令を出したという。
が、それからすぐのこと。ほどなくして、アランの住居である城砦を、帝国の兵団らしき部隊が急襲。
護衛は軒並み殺され、城砦の隠し通路から脱出を図ったアランは、辛くも生き延びたというのだ。
彼は同時に語った。その連中の中に一際、精強な者たちがいたことを。
「じゃあなんだ、今回の騒動は七災魔による仕業じゃなく、帝国、そして勇者が関与しているってのか?」
「おおむね、その解釈で間違いありません。私もこの目で直接見ました。あれは紛れもなく勇者です」
「帝国と勇者による仕業だっていう確証はあるの?」
黙って話を聞いていたミオが鋭く問う。対してアランはゆっくりと首肯した。
「理由は二つ。一つは、敵の全てがヒト族であったこと。そしてもう一つ、敵の中に例の武器を持った者がいたことです」
瞬間、ミオとゴルドの表情が一際険しいものへと変わる。洞窟内の淀んだ空気が、急激に張りつめていくのが分かり、アランは咄嗟に息を呑んだ。
「そう。それが見間違いでなければ、十中八九、今回の敵は帝国。それで、勇者の人数は?」
ミオは表情一つ変えぬまま、視線だけをアランにやった。
「私が見ただけでも三人はいました。一人は男、もう二人は女です。その女の一人に、妙な能力を持つものがいました。恐らく、今回の事件を起こした張本人でしょう」
「……決まり、ね」
ミオは言下に立ち上がると、洞窟の出口を目指して真っすぐに歩き出す。彼女の頭の中では、既に次に取るべき選択肢が導き出されていた。
「ミ、ミオ様、まさか奴らと戦う気ですか?」
「……そう。多分、勇者たちは今頃あなたの城砦を根城にしているはず。今いけば、やれる」
「そ、そんな無茶だ! あなたの実力は知っております。歴代勇者の中でも五指に入る傑物だということも。しかし、相手は曲がりなりにも同族の勇者、それを同時に三人だなんて」
「おいおい。誰が同時に三人相手にするって言ったよ? アイツは話を聞いた時点で、既に標的を一人に絞ってるぜ」
ミオの背中を追うようにして歩き出したゴルドが、やれやれと肩を竦めながら言う。
「で、では、まさか……?」
唖然とするアランを一瞥したミオは、事もなげに告げるのだった。
「ええ、今回の騒動の発端である女の勇者。彼女を暗殺する」