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プラスチック

作者: 駄寒広海

 

嫌いだと言いました。



彼女はきっと認めないでしょうけど、それは間違いなく、己の息でした。


さて、みなさんはこれは一体何の話だと思われるかもしれませんが、要するに、私と彼女の間には隔たりがあるということです。


話は私が生まれる前、彼女がまだ右も左もわからぬ、けれど上と下は分別ついた時分でした。何ということはない、その時彼女は透明なのに黒く、拙いのに鋭い指を持っていたのです。


このことに何の問題がと不思議がる人もいるかもしれませんが、私にとっては一大事でした。なんてたってまだ私は生まれていなかったのですから。彼女は私が生まれてからは、酷く優れた肢体を持って立っていて、その在り方は問題なく見えました。


だから私が生まれたのだと思います。彼女が凡庸な見目をしていなければ私は息することなく、こうして彼女を糾弾することもままならなかったでしょう。


彼女は心底驚いているに違いありません。自分の友として、あるいは寄り添う情として私を迎え入れたのに、こんな目に遭っているのですから。今まさに背後から斬られる思いをしているでしょう。


しかし誤らないでほしいのは、私は彼女を嫌っているけれども、決してその絶縁を願っているわけではないということです。私と彼女はどうしたって離れられるものではないのです。彼女が私を好いていることは知っていますし、彼女が消える時すなわち私が消える時でもあるのですから。


そろそろ頭がこんがらがってくることでしょう。でもみなさんの隣にも、私にとっての彼女のような存在がいるはずです。私たちは一人で生きているつもりで、実は彼女らがいないと存在がままならないのです。


そう、やはり大事なものには違いないのです。離れられないからこそ、彼女の過ちを看過することができないのでしょう。


ああ、彼女には同情します。今の彼女は雨がやってこないと満足に起き上がれません。日差しに照り付けられると瞬く間に身を吸い上げられ、私に助けを求める声すら、出すことが許されないのです。


ただ、それは正しく彼女への罰なのです。彼女の罪はやはりそれほど深く重いものでした。けれども偶に考えるのです。彼女は真っ当に罰を受けているはずですけど、もしかしたら、その姿は仮初で、本当は私を殺すための準備なのではないかと。


私は確かに彼女なしに生きられませんけど、彼女は私がいなくともなんとか暮らしていけるでしょうから。私は誇り高くあれと彼女に教えられました。彼女の代わりに彼女が夢見た淡い世界へ浸る為に。


ただ、幻など無くとも現実には生きられるのです。


なんででしょうか。彼女を思い出し、文字を書き連ねる毎に、彼女へ懺悔したい気持ちが強くなるのです。彼女には随分と良くしてもらいました。生まれた時から今日まで、自身の身体が動かなくなっても、私をそっと見守ってくれていたはずです。


もし、世界に私と彼女しかいないのだとしたら、彼女は間違いなく私の道徳心と成り得たでしょう。彼女の見目はそのくらい清廉なのです。


しかしこの地には数多なる命があり、目があり、頭があって、私の道徳心なるものはその幾多なる心によって生まれるものであるからして、彼女の潔白は終ぞ明らかになることなく、それどころか悪の権化ともいうべき代物へと成り果てたのです。


嫌いだと、言いました。


私は彼女を、あなたを泣かせることしかできない自分が酷く嫌いです。あなたは私があなたの理想の世界へ一歩近づく度に、矢で心臓を射られているのでしょう。


その矢は細く、一見何ともないように見えるのです。でもその実、矢は心臓の奥深くまで刺さっていて、あなたは静かに、淡々と、血を流している。あなたが叫ぶのを必死に我慢しているのに、私は後戻りできません。あなたは今にも消え入りそうなのに、私が歩みを止めないようにじっと見つめているからです。


そろそろ、疲れたと思いませんか。そろそろ休んでもいいと思いませんか。こんなにあなたも、私も、頑張ってきました。その事実に気がつかないくらい懸命に。


あなたの罪は深く重いものです。あなたはその罰を受け、私が生まれました。私はあなたがいなければままならず、あなたはもう指も動かせません。あなたが求めた私は今、消えつつあり、あなたと交わろうとしている私は酷く滑稽でしょう。


けれども理想とはそうあるべきで、手に届かぬ、けれども虹色に光るそれを、一色一色言い当てれる程には近づかなければならないのですから、やはり私があなたと私を嫌うことは丁度良い踏み台になると思うのです。

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