忖度
ノモンハン事件の責任追及は当然参謀本部にも。
史実では、ノモンハン事件以外でも関東軍も参謀本部も実働部隊と実働部隊の長に責任を被せて、参謀達や後方の高官は皆処分が軽かったですね。
なので、重い処分をさせてしまいます。
ついでに海軍も参謀達や後方の高官は皆処分が軽かったのは同様なので、それなりの処分を。
「この戦車では勝てない」
「鉄の棺桶」
戦車兵の飾らない声が届いた。
ノモンハンに投入された八九式戦車は、散々な言われようだった。戦車兵の怨嗟の声が聞こえるようだ。
装甲車に毛の生えた程度の装甲しか無いBT相手でも、遠いと貫通できない戦車砲。近寄る前に簡単に貫通される装甲。
「敵戦車を大量に撃破しているではないですか」
「馬鹿者。あの戦果のほとんどは、野砲や九四式三七ミリ砲と歩兵の肉弾攻撃によるものだ。戦車部隊はたいして活躍していない。相手が下手くそだったという報告も有る。報告書をもっと読み込め」
三宅坂の陸軍参謀本部では、こんな声が飛び交っていた。第一部では無い。第三部だ。ノモンハン事件の責任追及を、陸軍が内部でなあなあに済ませようとしたのを、やんごとないお方に咎められ(*1)一転して陸軍全体で厳しい追及になってしまった。
やんごとないお方は、五・一五事件や二・二六事件、艦隊が起こした事故や最近の陸軍士官が起こした事件への陸海軍の対応に不信感を持っていたらしい。支那事変では、2年で終わらせると豪語した陸軍に不信感がある。
事故・事件では、何故か主に大尉以下の将校・下士官のみ重罪となり、作戦失敗や艦隊事故では現場指揮官だけに責任を被せ、中枢部の高級士官は誰も重い責任を取らない事への不満があったらしい。遡れば、シベリア出兵失敗の頃かららしい。
そして、強力な指導力を持つはずの第一部が役に立たなかっただけでは無く、密かに支援や黙認をしていたことまで露見。
皇族である参謀総長の辞任を始め、厳しい処分に遭っている。第一部は、ほぼ総入れ替え。第一部は当面休業を余儀なくされた。
第二部も情報分析に問題有りとされ、再編成に入っている。参謀本部の作戦・情報部門は開店休業状態だ。
第三部にも余波は来た。第一部と第二部に較べれば相当マシだ。数人のクビや左遷で終わっている。
そのため、陸軍省と教育総監部が主体となり、再編と業務代行を行っている。
そんな状態でも戦訓の分析は行われている。第三部の担当は作戦評価や運用評価では無く、実戦投入された機材の評価だった。
その結果、再評価されることになった九七式中戦車。チハである。
結果は、
1 装甲の不足
正面装甲25ミリは不足。50ミリは必要。
側面も最低25ミリ以上が望ましい。
2 戦車砲の威力不足
近距離で無いと、BTの正面装甲を撃ち抜けない。
高貫通力の戦車砲が必要で有る。
3 馬力の不足
現在の我が国技術力では、いかんともしがたい。
メーカーの奮起を促す。
4 通信機の性能不良
3と同じである。
5 主目標が敵装甲車両では無く、トーチカや機銃陣地・歩兵陣地などで開発されている。
戦車戦は不利。戦車運用思想の変更が必要。
6 ・・・・・
7 ・・・・・
等々。
大至急改善を要するとなった。
旧式のBTとようやく対抗可能では、九七式中戦車に将来性は無いと見られた。
八九式戦車は、ソ連が試験的に持ち込んだと見られる大口径機関銃にたやすく貫通されるなど散々だった。もう戦場には出せないだろう。回収された車両からは、12.7ミリ弾頭が発見されている。ブローニングであろう。他に対戦車銃と見られる14.5ミリ弾頭も発見されている。
改善点を盛り込んだ九七式中戦車改良案と、次期戦車開発はほぼ並行して行われる。同時に九五式軽戦車の後継軽戦車も開発される。そして数百両単位の量産を目指すことになった。
だが、その構想は、いきなり頓挫する。開発元の三菱が無理だというのだ。人も予算も無い。どうやれと。
金か。
こちらまで十分に廻ってこない。
人は?
動員されたよ(この野郎)
ソ連軍に満州で対抗できる装備を整えようとした各所では、同じような事が起こっていた。
支那事変に金も人も物も取られすぎたのだった。
この事態に政府と陸軍は解決策を持たなかった。当然だ。支那は簡単に解決できると言って始めたはいいが泥沼に嵌まっている。陸軍の面子が作戦中止を許さなかった。政府は右往左往するだけで何も出来なかった。
いたずらに時間を消費するだけだった。陸軍中枢は、ノモンハン事件の責任追及もしていかなければならず、保身に走ろうとしている人間が多い。
「この事態を重く受け止めておられます。お国のためなら、余の頭も垂れようと」
鈴木貫太郎侍従長がコソッと言った。御前会議の直前に。
一大事である。そんな事態になれば、大恥では済まない。斯くして、忖度と保身による、和平工作と自主軍縮が始まった。
*1 この物語世界では
はっきりと発言はしていないが、侍従達や重臣にはそれとなく漏らしてたという話が残っている。
この物語世界では
朕よりも余と称した時の方が個人として重大な意思・意味を持っているとします。
朕 公式な地位を表す 有る意味、公な存在で責任の存在などはぼやけている
余 私的個人的な表現 天皇個人として確立された存在