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「駒沢君、どうかしたのかい?」
高浜を見るなり肩を落とした博人に、高浜が首を傾げる。
「えーっと……」
「いえ。先生。特に何も」
言いよどんだ博人を遮ったのは、玲奈だった。
博人が玲奈を見ると、玲奈は何か言いたげに博人を見ている。どうやら、恵がいないことは伏せておいた方がいいらしい。
確かに、実行委員長が行方不明と、先生に言うのは不味いかもしれない。
そう思ったのは博人だけじゃなかったらしい。他の役員も何も言わなかった。
「そうか。ところで、会長はどこか知ってる?」
途端に博人はぎくりとして、副会長の二人に視線を泳がす。口を開いたのは玲奈が先だった。
「いえ。先生どうしてですか?」
「それが、開会式の後、打ち合わせの予定があったんだけど、来なかったから」
姉ちゃん!
怒りの声が喉元まで出てきて、博人は奥歯を噛んだ。
恵が自由なのはいつものことだが、学園の一大イベント責任者である今日まで、勝手気ままに過ごさないで欲しい。
「開会式の後、ってことは先生はお急ぎなんですか?」
みなみが高浜に一歩近づく。
「そうだね」
「あの、先生……」
「どんな内容ですか? 僕が代理で伺います」
みなみを遮って淡々と告げたのは、啓太郎だ。みなみも異を唱えられなくて口をつぐむ。
「いや、伝言ゲームになってニュアンスが変わると困るから、直接話したいんだけど」
高浜が眉を下げる。
生徒会役員の間で視線が交差すると、高浜が首を傾げた。
「もしかして、どこに行ったかわからないのかな?」
「そうなんです! 会長がいないんです!」
口火を切ったのは、みなみだった。黙っていられなくなったらしい。
「いないって?」
「それが、本部には来てなくて、連絡も付かないって」
「責任者の所在が不明なのは、まずいんじゃないかな? 平石先生に言わなきゃいけないだろう?」
高浜の言葉に、博人の視線が揺れる。
平石はほとんどの仕事を講師の高浜に任せっきりで、名前ばかりの顧問だが、生徒会の正式な顧問だ。
高浜がポケットからグリーンのスマホを取り出した。そのスマホに、博人は視線を止める。
さっき恵のスマホの着信音が聞こえたと思ったのは、高浜が同じ型のスマホを使っているせいだった。姉が好んだ特徴的な緑は、他のスマホにはない色だからすぐわかった。
「先生、会長のことだから、そのうち戻ります」
玲奈が告げると、高浜が顔を上げた。
「……ちょっと待ってみてもいいけどね」
画面に触れた高浜が、スマホをポケットに戻した。
振動に気づいて、博人は持ったままだったスマホを覗き込む。途端に、げ、と声が漏れた。
「どうした?」
啓太郎の声に、博人は奥歯を噛みしめた。
「本当に申し訳ないです」
博人がおずおずと画面を皆の前に差し出すと、それぞれに、信じられない、あり得ないと声が漏れた。
「それ、おかしくないか」
頭を抱える生徒会役員の中で、玲奈だけが首を傾げる。
「何がですか?」
博人の疑問に、玲奈が腕を組んだ。
「恵が、ごめんなさいなんて、殊勝なこと言うかな?」
「藤田、学園の一大イベントをさぼるんだから、会長だって謝ることだってあるだろ」
ため息をついた拓海が、操作盤に向き直る。
「それにしても流石、会長」
拓海の隣で操作盤の前の祥子が口笛を吹く。
博人のLIMEに届いたのは「ごめんなさい。今日の学園祭はさぼります」というメッセージだった。
「褒めるところじゃないだろ」
啓太郎が首を振ると、視線を博人に向けた。
「博人君悪い。会長を連れ戻してくれ」
「当然です! 本当に申し訳ないです!」
博人は大きく頷いた。
「本人がさぼるって言ってるってことは、この学園祭の責任者がいなくなったってことだよね? これは、学園祭を続けてもいいのかな?」
高浜から投下された疑問に、静けさが広がる。




