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9話

 自宅に戻ってから一週間が経過した。


 病院に入っている間に、高校は長期休学、留年から退学へとランクアップしたオレは、中卒自宅警備員予備軍として、あまり変わり映えのない日々を送っていた。


 早朝、まだ薄明りの街。3月の朝はまだ肌寒く、吐く息は白く曇った。


 玄関を出た時は身震いした寒さも、ジョギングをしてすぐに感じなくなった。全身から汗が吹き出して蒸気を上げているのを感じながら走っていた。


 走りながら体内のプラーナの循環を意識する。特に胸部、肺と心臓の循環には気を配り、途切れることなくプラーナを全身に巡らせていた。

 踏み込む一歩に合わせて、足の先へとプラーナを流し、腕のふりに合わせて腕の先へと巡らせ、呼吸に合わせて肺と心臓にプラーナを満遍なく流した。


「ふっ、はっ、ふっ、はっ」


 かつて救世主した時は、意識せずとも全身に満遍なく巡り絶え間なく流れ続けていたプラーナの循環を思い返しながら再現する。


 そうすると、重い一歩が力強い一歩となり、腕の振りに合わせて体が前へと進み、呼吸に合わせて体に力が張った。


「ふっ、はっ、ふっ、はっ」


 はじめは、5分も持たずに息切れしていた体力も、全身でプラーナが循環するようになってから近所の公園までの10分弱までの移動なら持つようになっていた。



「はー、はっ、はー、はっ」


 公園についてすぐには、立ち止まらずに歩く。疲労から重く感じる足を動かし、背筋を伸ばして大きく息を吸って吐いて、息を整えながら、徐々に体をクールダウンさせていく。


 この体、長い病院生活で筋肉が脆弱になっているせいか、急に止まって休息なんてとると、悶絶するようなこむら返りを全身に引き起こすことがある。


 両足のふくらはぎと太ももが引き攣り、背中と鳩尾が同時につった時は、もうどうしようもないくらいの絶望を味わい、無様に公園に転がり、泥まみれになる羽目になった。


 あのような思いを二度としないために、歩きながら体の各所の状態を確認していく。幸い、火照って熱を帯びているが、どこも引き攣りを起こすような強張りは起きていなかった。


 これは、トレーニングの成果というよりも体内でプラーナを循環させていることが体の負荷の軽減に繋がっているのだろう。


 前の体ではよく理解していなかったが、このプラーナの体内循環は、トレーニング時の体への負担軽減と疲労回復向上に大きく役立っていた。朝練で、ふらふらになるまで鍛えても、夜にまた同じことをして、次の日の朝練も同じことを続けられるだけの回復力は、この体のリハビリにとても重要だった。


 その上で、未だに15分以上のジョギングができず、各筋トレの50回3セットができないこの体は、本当に元サッカーやってたのかと疑うくらいにしょぼかった。


「いや、そんなこと考えても仕方ないか。これはリハビリ。これはリハビリ」


 自分にそう言い聞かせながら、公園で腹筋、腕立て、スクワットをそれぞれ50回3セットをこなした。相変わらず、太い腹肉が邪魔で腹筋には苦労するが、身体強化魔法は使ってない。

 プラーナの体内循環でも若干の身体強化の効果はあるので、これでもまぁなんとかなる。

 あと、あれをプラーナの体内循環と並行して使える程、小器用ではない。手軽に筋肉の負荷を増やせるならと考えるのだが、毎回吐くわけにもいかないしな。


 ただ、この鍛錬にも1つ煩わしい点があった。


『憎い、殺したい、死ね死ね死ね』『アァ、朝ガ来タ会社、ヤダ』『働キタクナイ働キタナイ』『痛い痛い、どうしてどうして』


 自分のプラーナに惹かれているのか、周囲から瘴気を引き寄せてしまうのだ。

 いつものジョギングコースから公園までの間に煩わしく感じる程度の瘴気が、自分の周りを漂っていた。プラーナの体内循環で瘴気を弾くので自分自身に悪影響はないのだが、耳元で恨み言をぶつぶつ囁かれるのは、鬱陶しいことこの上なかった。


「はぁ、はぁ……」――彼の者たちの穢れを祓え――


 今朝のノルマが終わり、ふらふらになりながらも、呼気に合わせてマナを練り上げ、エーテルに干渉し、浄化魔法を展開し、公園に集まってきていた瘴気を祓う。


 清浄になった公園の手洗い場におぼつかない足取りで行って、頭から水を被った。



「あぁー、生き返るぅ」


 氷水のような冷水が火照った頭に心地いい。

 頭の熱が取れるまで冷水を浴びた後、鬱陶しい前髪をかき上げて持参したタオルで髪の水気を拭って、ベンチに腰掛けた。


 冷たい風が今は、心地いい。

 

 一人しかいない公園のベンチで蕩けていると、誰かがやってきた。

 公園に入ってきたのは、若い青年でこちらに気づくと、顔を向けて元気に挨拶してきた。


「おはようございます! 」


「え、あ、おはようございます」


 不意の挨拶に、虚を突かれたオレは、言葉小さく返してしまった。

 サッカーしていた頃は、いの一番にできていた挨拶ができなかったことに自分自身、もどかしさを覚える。

 青年は、オレに挨拶をした後は、そのまま公園の内周を走っていった。


 人がきたので、オレは居住まいを正してベンチに座り直す。そして、改めて公園に入ってきた青年を見ると、その姿に見覚えがあった。


 以前、路上で自分が死にそうになっていた時にスポーツドリンクをくれた青年だ。


 その均整の取れた体つきには、とても見覚えがあった。

 走る時のフォームも綺麗で、なんらかのスポーツをやってそうだ。


 青年にとって、この公園は通過点のようだ。

 そのまま公園を3周ほどして出ていこうとする彼に、思わず声をかけた。


「あの、先日はスポーツドリンクありがとうございました。助かりました! 」


 その声で、青年はこちらを驚いたように見返した。


「ああっ、先日のお兄さん! 無事でよかったです」


「お蔭様で。今はなんとか自分のペースでやれてます」


「そうですか。病み上がりなんですよね? あまり無理しないでくださいね」


「気を付けます」


「お兄さんはいつもこの時間に? 僕もたまにこっちの道を走ったりしているので、お互い頑張りましょう」


 それでは、と言って青年は、爽やかに笑いながら走っていた。

 その後ろ姿を手を振りながら見送った。


「いやぁ、絵に描いたような好青年だったな」


 顔もいいし、さぞかしモテてそうだ。

 

「オレも痩せてた時は……いや、別にモテてたわけではないか」


 バレンタインチョコで、本命をもらったことは終ぞなかった。

 救世主してた時は、戦場ばかりだったので野太い歓声と化け物の雄叫びしか覚えていない。


「はぁ……そろそろ帰るか」


 十分休息がとれたオレは、ジョギングで自宅へと戻った。



 運動した後の朝ごはんは、格別だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 母さんがやや過保護なこともあって、自宅から出るのは朝と夜のジョギングと、母さんの買い物に付き合う時くらいだ。朝のジョギングは、初日の流れでダメになりそうだったが、前からやっていた日課でもあったので、許しがでた。


 朝ご飯を食べ終わったら、そのままベッドに直行で就寝した。


 虐めた体は、プラーナの体内循環で回復力を上げているとはいえ、結構神経を削る。回復にもエネルギーを消費しているので、食事を終えた頃には電池が切れたように眠くなる。プラーナの体内循環を始めた頃は、リビングや勉強机、トイレと家の色んな場所で寝落ちしてしまうことがあり、今は素直にベッドで寝るようにしている。


 これに関しては、あまり両親からは何も言われない。

 このニート生活に焦りを感じているオレとは別で、両親は寛容だった。前が前で、家で生活することすら儘ならなかったので、今こうしてオレが家にいて普通に生活しているだけで両親は大きな進歩だと受け入れてくれている。


 自分自身としては、どうにかして大学まで行って、就職するという人並みの人生を歩みたいという気持ちがある。3年も入院して高校中退したオレにまともな就職が望めるのかは別として。


 怪物退治と歪み(ひずみ)の破壊なら自信あるが、生憎、ここだと需要がない。


 唯一、特技を生かせそうな陰陽士は、国家資格で、大学進学が不可欠なのも悩みどころだ。



 今後どうするかは、まだ定かではないが、体を鍛えることと学校の内容を学び直すことが今の自分に必要なことは間違いない。なので、自主勉として、物置にしまっていた中学時代の教科書も引っ張りだして読み直すのを新たな日課として始めいていた。


 異世界にいた9年間で、学校の学びの大部分は忘れてしまっていた。

 語学はともかく、数学、理科、社会の分野は、壊滅的だった。基本の公式なんかを忘れてしまっているので、一から学び直すのが早いような状況だった。まさか、今更中学1年に使った数学の問題集を解くことになるとは思っていなかった。

 幸い、穴だらけとはいえ下地がある分、苦戦することなく進めている。


 また、英語や古文、漢文は、何故か前よりも読めた。もちろん、単語の意味を知らなかったりはするのだが、前後の文章で何となく読めたり、単語の意味を覚え直したら、すんなり覚えれたりで苦戦することないくらい読解力と記憶力が上がっていた。


 異世界で色んな多言語に触れていた影響なんだろうか。

 特に英語は、洋画の動画を字幕なしでも理解できるくらいにリスニング力が上がっていた。


 なので、力を入れているのは、数学と理科の科目と、歴史や公民科目の読み直しだった。


 異世界での生活を経験した後だと、公民の法律とかの話は、異世界の国の政治と比較して読むので、前よりも面白く感じた。異世界は、プラーナやオド、マナを扱う技術が個人の生まれ持った才や技量で大きく変わる世界で、またその技術を基礎に文明が発展していたので、聖職者、魔術師、貴族といった一部の特権階級の力が強い世界で、それを当然として統治されていた。


 世界の歪み(ひずみ)から出現する怪物以外にも、あそこの世界に生息する生物は、体内でオドやマナを練り上げて扱う術をそれぞれ独自に有していたので、こっちよりも危険な生物がわんさかいた。

 重機なみの馬力がある草食動物とか、火を吹いて空を飛ぶドラゴンとか、驚くと放電する小動物とか、巻き付かれたら一瞬で人の骨をへし折る蛇とかがそこらへんにいるので、非力な民衆をそれらから守る存在が自然と大きい力を持つようになっていた。


 だから、守る側と守られる側の間には、大きな壁があり、守られる側の農民で餓死者がでていても、守る側の貴族は肥え太るほどの贅沢な食事をしていたし、戦闘で傷つけば、腕の欠損や半死半生でも魔法で癒されるが、市民のケガは後回しにされ、最悪放置される。


 戦場は、誰もが守る側で、物資の補給も儘ならない激戦もしばしばなので、実体験は少ないが、つかの間の休息で、都市に寄ったりすれば、そういったもやもやするような経験があった。


 まぁ、こっちが酷い味の戦場食食ってるのに、補給路をくだらない理由で止めて、物資を横領してた貴族にはしっかりとお灸をすえたこともあった。(王子のセドリックが


 そんなわけで、改めて日本の選挙だとか、基本的人権とかがすごいことのように思える。

 世界史のフランス革命の話とかが、異世界の国でも起こるのだろうかと考えると面白い。


 少なくとも、あの世界で民主主義が起こるには、民衆でも特権階級に対抗できるだけの力を持てるようにならなければいけないだろう。特権階級が現代の銃や大砲、果ては核兵器並みの武装をしているのに対して、火縄銃並みの武装が精々な圧倒的な力の差がある。この差を埋めれる何かが起こって、誰しもが力を持って自衛ができるようになれば、民主主義の思想が広がるかもしれない。


 案外、セドリックが王になれば、その差を少し埋める政策を出すかもしれないし、あの魔法バカなところがあるアンが画期的な理論の発見や発明をして、誰もがより高度な魔法を使えるようにするかもしれない。

 

 しかし、民衆にも門戸を開いた学校を作ると言っていたセドリックの夢も、電化製品みたいな便利な魔道具を作るといったアンの成果もどうなったかをオレが知る術はない。


 公民の教科書を開いたまま、上の空でため息をつく。


「はぁ……復興は順調に進んでんのかなぁ」


 それを知る術はオレにはなかった。

冒頭1話しかでてない異世界のキャラのため、補足。


セドリック:異世界で救世主してた時にパーティ組んでた王国の王太子。ナオトの日本の話を聞き、民衆も対象とした学校の創設を考え出した。(国の危機どころか星の危機だった大戦で、特権階級から夥しい戦死者がでて、数が減っているので、戦える者の補充と育成が急務なため


アン:異世界で救世主してた時にパーティを組んでた魔術師の女の子。ナオトの話で異なる発展をした科学の話や電化製品に強い関心を抱く、特に生活を快適にする道具というのに感銘を受けて、研究を決意している。研究バカでずぼらな性格。


今後もナオトの回想でチラチラでると思います。



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[良い点] 期待値高め、これから展開次第でしょうが良作の予感がします。更新頑張って下さい。 [気になる点] 8話の食事内容でヒラメがカレイになってるのにクスッとしました。 誤字、脱字はご愛嬌です。作品…
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