8話
なんだかんで、服とスマホを買って家に帰ったら、夕方になっていた。
家に帰ったオレは、自室で早速スマホを弄った。
このスマホというものは、前の折り畳み携帯と違い、押しボタンではなく画面タッチで操作ができる。携帯の前面が、すべてディプレイ画面というのも画期的ですごい。裏にはカメラがついていて、デジタルカメラのような美麗な写真を撮って、見ることができる。動画も取れるし、その操作がタッチ操作でできるので直観的に扱いやすかった。
鮮明な映像を映すこともできる画面は、まるで小さなテレビだ。
いや、アプリとかいう追加機能をつけれるデータをダウンロードしたら、映画や音楽といったものも見れるということなので、テレビというよりはパソコンに近いか。
アプリを追加すれば、無料でゲームもできるようで、その数に驚いた。無料でどうやって採算がとれるのかとても謎だ。
他にも音楽だったり、映画なんてものを見れるアプリもあった。インストールしてみたら、映画を見るアプリとかは有料だった。
これひとつで、音楽プレイヤー、DVDプレイヤー、デジタルカメラ、ビデオカメラ、ゲーム機、電子書籍や電子辞書、ネット接続などあらゆることができるなんて、なんて近未来的な携帯なんだ。
「すごい時代になったなぁ……」
ベッドに寝転んで、スマホを掲げながら、時間のギャップの感慨に耽る。
携帯ショップの店員さんに聞いたら、スマホの普及率は今や8割を超えていると言っていた。特にここ3年で一気に普及したというので、いかにスマホが便利だったのかが伺える。
折角なので、カメラ機能を使って自撮りを行った。
自分の今の体型を俯瞰できるし、死角になる後ろ姿なんかも見ることができるのは、これからダイエットを行う上でいい資料になるだろう。
優れたもので、セルフタイマー機能もあったので、スマホを机に立てて、自分はパンイチになって色々な角度で撮影を行った。
3年間碌に日差しを浴びてなかった肌は、白く。入院生活で負った肌の傷は治癒魔法で治って瑞々しく、キメ細かい。
ぱんぱんの脂肪でむっちりぷくぷく。
胸から臀部にかけてくびれなどない、2頭身なバルーン体型。
うーん、見事な白豚体型。
豚の美人コンテストなんてあれば、優勝できてしまうかもしれない。
その場合、すぐにでも出荷されそうだ。
ポジティブに考えれば、実に改造しがいのある体つきだ。
そんなことを考えていると、自室のドアをノックする音とともに無造作にドアが開かれた。
「お兄ちゃん、お母さんが先にお風呂入ってって……」
開いたドアから顔を出したのは、学校から帰ってきた妹だった。
「……何してるの? 」
スマホに向けてパンイチでポーズを撮るオレはさぞかし奇妙なものに映ったのだろう。机に立てられたスマホとオレの間を往復して不可解なものを見る目で見てきた。
「ダイエットのための資料撮影」
「ああ、なるほど」
気まずさを感じながら、即答したら何故か理解された。
「なら、私が撮ってあげる」
何故か手伝ってさえくれた。
そのよくわからない妹との撮影会は、いつまで経っても降りてこない子供に痺れを切らした母さんが2階にあがってくるまで続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日の夕食は、小松菜のおひたしに、ヒラメの煮付け、筑前煮、アサリの味噌汁、納豆とメカブのご飯だった。
病院の食事と違って、味が濃く、煮付けのタレの香りは郷愁の念を抱かせる。帰ってきたんだなと何度目かわからない思いがこみ上げる。
小ぶりのカレイはしっかり味が染みている。ほろほろとした身を噛みしめるとじゅわとタレの香りが広がるのがなんとも言えない。合間につまみ、小松菜のおひたしは、噛みしめるとシャキッと音を立てて、醤油出汁が滲み出てたまらない。筑前煮も角がとれるくらい煮込まれていて、ほくほくしたレンコンにねっとりとした里芋は、何個もつまんでしまう。アサリの味噌汁は、潮の香りと味噌の風味が懐かしい。納豆とメカブのねばねばは、異世界では久しく口にできなかった舌触りで、しっかりと混ぜてご飯にかけてかきこんだ。
母さんの手料理をしっかり味わって食べているオレの正面では、仕事の終わりの父さんが缶ビールの蓋を開けて中身をあおっている。そして、母さんが父さんに食事の配膳をしていた。
「まったく、この子たちったら、いつまで経っても降りてこないと思ったら兄妹2人で裸の写真を撮ってたのよ」
「ぶふぉっ!? 」
母さんの言葉に、ビールを口にしていた父さんが吹き出した。
急にそんなことを言われたら無理もない。オレも里芋を喉に詰まらせてせき込んだ。
「ちょっと、お母さん! お兄ちゃんの体を記録してただけっていったじゃん! 」
「ほんとビックリしたわよ。全裸のナオトを立たせてヒナが写真撮ってるのだから」
「全裸じゃない! お兄ちゃんはパンツ履いてた! 」
「どっちにしたっていい歳した兄妹が何してるのよ」
母さんと妹のやり取りにオレは口を挟めない。
「ダイエット始める前に、今の体型を記録しておくのは、モチベの維持とプラン立てるのに大事なの! モデルだってみんなやってることよ! 」
「へぇ、そうなの。なら、ヒナも裸で写真撮ったりするの? 」
「それは……」
母さんと妹のやり取りをぬぼーっと眺めていると、ヒナと目が合った。
そして、何故かキッと睨みつけられた。
「何見てんの! キモイ! 変態! 」
おい、それは理不尽ってもんだろ。
オレは、釈然としないまま顔を紅潮させてぷりぷりと怒る妹様から視線を逸らして、手元の料理に意識を戻すのだった。
食後、風呂に入って自室に戻ったオレは、スマホのネット検索を使い、あることを調べていた。
「『シンコスタ』で検索しても情報なしか……。異世界で調べてもヒットするのは、小説のタイトルばっかりか……」
ずっと気になっていたことがあった。
自分が救世主として女神様に行かされた異世界であるシンコスタを知っている人間が、この世界にいるのか、ということに。
しかし、ネットで検索してもそれらしい情報はなかった。
当然だ。こことは違う異世界があるなんていう話が真面目に語られているのをオレは、あっちに行くまで聞いたことがなかった。
マナやプラーナという単語を検索しても、オカルト話や概念的な記述しかでてこない。
唯一、瘴気を検索すると、陰陽庁のサイトがトップに表示された。
開いてみると、人や動物から溢れ出た負の想念を瘴気だと説明していた。それが人や物などに結び付くことを穢れと呼ぶ。
……なんてことが、『陰陽士とその役目』という項目の中にあった。
「陰陽庁か……」
陰陽庁というのは、昔からある国の機関で、陰陽士という役職を管理している機関だ。
陰陽士の役目は、疫病や災害時の鎮魂といった国規模から、建設地の地鎮祭や祈祷という地域のことまで色んな神事や祭事、占いなどを行う人を差している。
確か、寺社の管理とかも陰陽庁の管轄だった気がする。
このサイトに書かれている内容は、正直言ってオカルトサイトの話に毛が生えたような概念的な説明だ。
実際、あっちに行く前のオレは、瘴気や呪いなんて話は信じてなかったし、周りの友人たちも真に受けていなかった。昔の人たちは信じてたんだ程度だ。
唯一、今でも刑事罰に人を呪った罪である呪詛罪があることが、社会の時間に決闘罪と並んで盛り上がったくらいだ。
しかし、こうして国の公式サイトで大真面目に語られていることと、病院で実際に瘴気を見たことを考えると、国はそれを認知し、対処する人材を昔から育ててきたことになる。
「なんてこった……ここも意外とファンタジーだったか」
しかし、異世界みたいな怪物や魔物が実際にいるって話はなかった。
妖怪なんてものは、流石に空想の産物みたいだ。
陰陽士の役割に怪異の調伏みたいなものはなく、調べてもヒットしたのは、物語の陰陽士の話か都市伝説みたいな話だった。
しかし、陰陽士か……将来つく職業として、今のオレにはもしかしたら向いているのかもしれない。
あっちに行って、身に付いた瘴気を認識し、祓う力は、陰陽士の役目に合致している。
「まぁ、高校中退の今の自分じゃ、つきたくてもつける職業ではないか」
調べたら陰陽士は、国家資格が必要な職業だった。
一般的には大学の専門学科で学ぶみたいで、そうじゃなければ、寺社で何年も修行する道があるみたいだ。
どっちも今のオレには、簡単にできることではなかった。
「はぁ……この先、どうしようか」
高校中退の病み上がり無職。
なんともお先真っ暗な現状にオレは、深いため息をついたのだった。
社会人になってから気づいたら時間が溶けるように過ぎ去ってる。
ちょっと更新できてないという認識だったのに、半年以上更新できてなかった。