7話
早速、母さんに買い物に行こうと催促したところ、連れて行かれたのは全国展開している服飾店のシトリだった。
「携帯よりもまずは、服が先よ。前の服はどれも着れないのだから」
今着ている服は、入院中にも着ていた厚めの五分袖Tシャツだ。
自我のなかった頃の自分は、服の色が明るかったり多色だと興奮しやすかったとかで色はベージュ色の無地。下は、ゴム紐の長ズボンで、これも色が鼠色の無地だった。髪がボサボサなのも相まって、妹からの評価がすこぶる悪かった恰好である。母さんも口にはしないが、有無を言わせずにここに連れてきたのだから、似たような気持ちなのだろう。
仕方がないので、さっさと終わらせてしまおうと前に着ていた服と似たものを適当に何着か選んでカゴの中へと入れたが、母さんの反応は芳しくなかった。
「やっぱり、体型が変わったから前と同じじゃ、少し合わないわね」
そう言われたらぐうの音もでない。
試着して気づいたが、以前と比べて体型だけじゃなくて少年から大人へと体が成長しているのもあって、選んだ服の子供っぽさが目につく。センスは持つものではなく磨くものだと言っていたセドリックの言葉が思い浮かぶ。異世界での経験で防具の良さや違いを見分けるセンスは伸びたが、服飾のセンスは高校というより中学の頃で止まっていた。
オレは、選んだ服のほとんど一度全部戻して、再度選び直すことにした。
「うーん。さっきよりも見れるようにはなったけど……」
母さんが選んできた服も交えて何度か試着したが、それを見た母さんは難しい顔で言葉を濁した。
鏡に映る自分を見て、オレもその気持ちに共感する。
太っていても、もう少し整っていればよかったのだが、脂肪でいたるところがダルダルなオレは、まるで溶けかけのアイスのように体の輪郭が崩れていて、見るからに不健康そうで見栄えの悪い外見だった。
これでは、いくら服を今の体型に合わせても、服に着せられている、服に肉を詰め込んでいるような違和感を拭いきれない。
「母さん、服を選ぶのはまた今度にしない? 運動してもう少しすっきりしたら、改めて服を買いにこようよ。今回は運動の時と部屋で着る服くらいでいいよ」
「……そうね。もう少しお肉が落ちたら着れる服も増えるだろうし、そうしましょう」
服選びを諦めたオレがそう提案すると、母さんも理解を示してくれた。
だが、それでもまだ妥協はできていなかったようで、さらに何着か試着させられた。
最終的に部屋着を3着と外出用の服を2着、運動用に速乾性のシャツとズボンを2着、購入することになった。その時には店に入ってから2時間が経過していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「疲れた……」
購入した服のうち、外出用に買った服のタグを切ってもらい、そのままそれを着て店外へと出たオレは、体のダルさだけではない、精神的疲労でぐったりだった。
母さんの服選びはいつも長いが、今回は記憶にある限りでも最長といってくらい長かった。
「水が欲しいな」
喉の渇きを覚えて、水場を探して周りを見回すが、コンクリで塗り固められた駐車場に当然水場はない……
「って、あっちじゃあるまいし、池の水を沸かして飲むわけにはいかないだろ」
つい異世界の時の感覚で水場を探した自分のバカさ加減に頭を掻く。
改めて、周りを見ると、自販機を見つけた。地球にいるのだから、喉が渇いたなら、こういうとこで買えばいいのだ。
しかし、金があれば、である。
自販機の前まできて、一銭も持っていないことに気づいた。
疲れから頭が回っていないのにもほどがあるだろう。
「あー……喉乾いた」
今日は、晴れやかな晴天で、遮ることのない日光が自販機の前で棒立ちのオレを照りつけてくる。否応なしに喉の渇きを増長させる暑さだった。ジトリと肌を伝う脂汗の嫌な感覚は、いっそのこと頭から水を被りたい衝動に駆られる。
あ、そうだ。
それがオレにはできるじゃないか。
魔法で水を生み出せば、水浴びのひとつやふたつ造作もない。
とはいえ、買ったばかりの服を濡らすわけにはいかない。だが、生み出した水で喉を潤すくらいなら可能だろう。
「いけるか? いや、ちょろっとだけ練れば大丈夫なはず……」
周囲を見渡すが、駐車場に人影はない。自動販売機の陰に移動し、壁に顔を向けて、視線を切る。
自販機の裏は、排水溝があって、多少水を溢しても目立たないだろう。
意識を内へと向け、魂から体へと流れるプラーナを肺に取り込んだエーテルと少しだけ混ぜる。少しだけ……うん、これくらいのマナで十分だろ。
「――この身の渇きを潤せ」
練り出した少量のマナを呼び水に、周囲のエーテルに干渉して水を生じさせる。イメージは、学校に置いてあった冷水器の蛇口。人差し指の指先を蛇口に見立て、そこから水を噴出させるのをイメージする。そうアンが出すレーザーみたいな水流のように。
そして、その指先を口に含んでしまえば、傍から見ても魔法を使っているのはまずバレないだろう。
そんな目論見は、指先に生じ、射出された水が喉奥に叩きつけられるとともに崩れた。
「ゴホォッ!? 」
強烈すぎる勢いで口腔内に放たれた水が、一瞬のうちに食道だけでなく気道にも溢れ、鼻から水が逆流する。
嘔吐反射で、流れ込んでくる水を吐き出そうとするが、流れ込む水の勢いの方が強くて、一層えずく羽目になった。口から人差し指を引き抜けたのはそのすぐ後だったが、しこたま水を流し込まれた後だった。
「ゴホッ、ゴホォッ! 」
俯いて、肺に入った水を吐き出す。
肺から水を出し切っても嘔吐は止まらず、胃に流し込まれた水も吐き出す。水に混じって朝食べたものもひとしきり吐いて、やっと治まった。
「う゛ぇ゛ぇ、死゛ぬかと思った」
鼻から垂れる水と胃液が混ざったものを袖で拭う。
折角食べたものも吐いたし、飲もうとした水もほとんど吐いてしまった。
逆流した鼻は痛いし、水を叩きつけられた喉も痛い。
散々である。
イメージの際のアンの魔法を混ぜたのが間違いだった。素直に手のひらとか空中に水を生み出して飲めばよかった。
その後、会計を終えた母さんが、自販機によりかかってぐったりとしているオレを見つけて、もうひと騒ぎあるのだが、オレの体力はもう底をついていた。
「ナオト、今日はもう家に戻る? 」
自販機で座り込んでいるところを母さんに見つかった。
排水溝のオレの吐瀉物もバレたのもあって、熱中症や脱水症状を疑われたオレは、車の後部座席に寝かされ、冷えたペットボトルで体を冷やされながら、スポーツドリンクを飲まされていた。
「いや、いく……」
「本当に大丈夫? 気分はどう? 頭痛とか吐き気はもうないの? 」
「大丈夫だから、ちょっと疲れて座り込んでただけだから」
ただ自分の魔法で自滅しただけなのに、大げさに心配する母さんに気まずさを覚える。どこかに電話をかけようとしている母さんを宥めて、大事がないことを伝える。
「でも……」
「ほら、えっと、朝の運動がさ、思ったより響いたみたいで、ダウンしただけだから……。だから、少しここで休んだら大丈夫だから。うん、ホントに」
「そうなの? なら、いいんだけど……。でも、ちょっと運動しただけでそうなるなんて運動量も気を付けないといけないわね」
オレが体力がないのもあって、朝の運動の無理が祟ったと誤魔化したら納得してもらえた。それはそれで、心配はされたのだが、少し休めば大丈夫だと言えば、しぶしぶ引いてくれた。
「ハハハ、明日は気を付けるよ。それよりも早く、携帯買いに行こう。お店の中の方が涼めるだろうし」
その言葉に一理あると思ったのか、母さんはオレを後部座席に寝かせたまま、車を携帯会社に向けて発進させたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、これで手続きは完了です。こちらがご契約内容の詳細になります。ご確認の上、サインをお願いします」
「はい」
携帯会社につく頃には、体調も回復し、念願のスマホを手に入れた。
デジタルカメラ級のカメラ搭載していて、めっちゃ容量があって、なんかの処理がすごく早いという説明があった国内最大手のKARAIの最新型機種だ。
黒いカラーを選んだけど、機種の背面が、光の反射でKARAIのロゴマークである多角的な火の玉が見えてくるのがカッコいい。なんか表面温度の変化でさらに雷の柄が浮かび上がるとかでめっちゃカッコよくて即決した。
「ナオト、運動する時にも身に着けておくのだから、ケースもここで選んでいくわよ」
「えっ……ケースに入れるのこれ」
「そうしないと、落としたらすぐ画面が割れるわよ」
契約の手続きを担当者の人と進めていた母さんの横で、スマホの背面を触っていたら、そんなことを言われた。めっちゃカッコいいのにそれを隠さないと言われてショックだった。
そんなオレの反応が面白かったのか、担当者の人はクスリと笑って声をかけてきた。
「背面の柄が気に入られたのでしたら、KARAIが出しているスマホケースはいかがですか? あちらも背面にその柄を採用しています」
「本当ですか? 見てみたいです」
オレがそう答えると、担当者さんは、少々お待ちくださいと言って席を立った。
「柄ひとつで、そんなにはしゃぐなんてまだまだ子供なんだから」
担当者さんの姿が見えなくなってそう耳打ちしてきた母さんは、なんだか嬉しそうだった。
お久しぶりです。
リアルの仕事が忙しいので更新は不定期ですが、頑張ります