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4話


 夜の病院と言えば、オカルト話はつきもの。

 ましてや、精神病院の閉鎖病棟ともなれば、様々な怖い逸話があるに違いない。しかし、その話の中に実話は、いくつあるのだろうか。


 幽霊が実在するあっちの世界でも、オカルト話はよくあった。

 むしろ、実在している分、大真面目に問題になって、対処したりしていた。

 しかし、戦場で囁かれるオカルト話のうち、実際にゴーストといったアストラル生命体や魔法を使う魔物が関わっていたのは、そう多くない。負傷者が見た幻覚、戦場でのストレスや恐怖からきた見間違いや話のネタの怪談だった方が多い。


 仲間のバレットなんかはその手の話が結構好きだった。有象無象のオカルト話をよく集めては面白可笑しく話して、神官のフランクリンからはよく苦言を言われていた。


 だから、異世界を経験した今でもオレは、幽霊の存在は信じていてもオカルト話は信じていない派だ。病院のよくあるオカルト話も嘘だろうと思っている。




「……そう思って、いたんだけどなぁ」



『ぃたい、ぃたい、ぃたい』    『わたしのこぉ、わたしのこはどこぉ』

     『憎い、憎いぃ、憎いぃぃ』   『かゆい、体痒い、痒い、痒い』

  『谿コ縺励◆縺?嚀縺薙m縺励◆縺?ョコ縺』     『呪殺憎許不絶讐死刺』




 シャワーを終えて、歯磨きをした後は、消灯時間となって寝床についた。そんなオレの子守歌に聞こえてくるのがこの亡霊たちの呪詛である。


 昼間はいなかったのに、一体どこから集まってきたのやら。

 姿も定まらない無形の靄である瘴気が、霧のように暗闇の病室をより暗く陰気なものに変えてしまう。瘴気が体に触れると、五感を通してその中に溜めた負の思念(エネルギー)をオレへと垂れ流してくる。


 異世界で遭遇した悪霊たちと比較すると、なんともしょぼい子守歌(嫌がらせ)だ。

 

 まぁ、自我も確立していない漂っている瘴気が起こした自然現象と自我を持ったアストラル生命体がやることを比べるべきではないか。


 魂から体に流れるプラーナを意識的に全身に隅々まで行き渡らせておけば、この程度の瘴気は雑音でしかない。しかし、逆を言えば、意識して魂から汲み上げるプラーナの出力を上げて、体全体に行き渡らせるようにしなければ瘴気の影響を受けてしまう。




 前のように体を自然と巡るプラーナだけで瘴気を弾いていた時とは違う。


 この体は、プラーナの通りが悪い。魂から汲み上げるプラーナの量が多すぎても負荷に耐えれない。無理に出力を上げたら、体が傷ついてしまうだろう。


 歯がゆいが、これは時間をかけて慣らしていくしかない。


 直近の問題としては、こんな瘴気の嫌がらせで睡眠の邪魔されないくらいにはしたいものだ。とりあえず、いま集った(つどった)瘴気は、魔法で払ってしまう。



「すぅ――」


 想起する。

 胸の奥にある魂からプラーナを新たに汲み上げて肺の中の大気から取り込んだエーテルと混ぜ合わせて、魔法を行使するためのマナを練り出す。 


「――彼の者たちの穢れを祓え」


 練り出したマナで周囲のエーテルにも干渉し、エーテルに結び付いた負の思念を解きほぐす浄化魔法を行使する。


『あぁぁ――』  『いたい、いたぃ――? 』 

  『散意失消――』 『豸医∴繧消エル――』 


 浄化魔法によって変質したエーテルである瘴気を還元し、元のエーテルへと変えていく。

 体に纏わり、病室を漂っていた瘴気がオレを中心に霧散していく。魔法は壁を越えて、広がっていった。


 あ、マナを練りすぎた。


 この感覚だと、周囲500メートルくらいに浄化魔法をかけてしまった。

 

「まっ、いいか。瘴気以外で害がでる魔法ではないし、これで静かに寝れるってわけだ」



 おやすみなさい





――その夜


「今日は、静かな夜ですね」


「そうね。阿木さんもよくなったから久しぶりに穏やかな夜ね」


「そうですねぇ……。あんな状態から回復するなんて本当に奇跡です。このまま続くといいんですが」


「本当にね。こればっかりは患者さんの調子次第だから」


「おっと、見回りの時間ですね。では、行ってきます」


「気を付けてね――今日は出会わないといいわね」


「やめてくださいよ。私はホントそういうのはダメなんですから」


「あはは、温かいココアでも入れておいてあげるから頑張ってね」


「はぁい」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 次の日からは高木先生が話していた通り、連日検査だった。

 身体測定から始まり、血液検査を行い、別の日には脳のCT検査も行った。

 また、口答質問、筆記テストの他にも頭とかに色んなコードを張り付けて物を持ったり、見たり、体を動かしたりと実技検査みたいなこともした。


 1週間かけた検査と2週間の経過観察の結果から高木先生から告げられた診断では、「完治に限りなく近い寛解(かんかい)」ということだった。


「はぁ……? 」


「いやはや、これは本当に奇跡だよ。まったくもって驚くべき回復力だよ。何がきっかけだったのかはわからないけど、これは大変喜ばしいことだよ」


 そう自分に話す高木先生は、これ以上なくテンションが高い。明るい話のせいか、口調もいつもよりも砕けていた。

 入院時の過去の自分の脳と今の自分の脳の働きを検査したところ、前は大脳の大部分が機能停止に近いほどに常時不活性化しており、小脳の働きも一般と比較して落ちていたみたいだ。そのため、言語機能、学習機能が著しく落ちていた。それが今回の検査で、一般と比較しても遜色ない、むしろ全体的にいい方向で活発になっているとのことで、高木先生は、珍しい事例だとニッコニコだった。

 

「ようは治ったってことですか? 」


「ああ、ごめん。わかりにくかったね。君のような症状だと、回復に向かったきっかけも不明で、今は回復しているけど、また何かがきっかけで再発の懸念も考えられるからこの場合は、寛解(かんかい)っていう状態になるんだよ。でも、今の君は脳の働きから見ても、元の状態に戻っていると判断できるから完治に限りなく近い寛解(かんかい)ってことだよ。うん、だから治ったってことだね。お疲れ様、阿木くん」


「はい、お世話になりました」


「本当に、本当にありがとうございました先生……! 」


 同席していた母さんの涙腺はすでに決壊している。ハンカチで目元と口元を押さえながら嗚咽混じりに高木先生に深々と礼を言っていた。



 

 意識が戻ってからは、母さんたちは毎日面会に来てくれた。

 父さんも仕事終わりによく来てくれたし、会社が休みの日には母さんと妹の陽菜も連れて、早くから来てくれることもあった。


 母さんはとにかくよく話す。仲良かった同級生の話やら陽菜の話だったり、家のことだったり、爺ちゃんたちのことだったりと話が尽きない。一方で、寡黙な父さんは、オレの病院暮らしのことを聞いてくることが多い。といっても、そんな話せることも多くないので、沈黙になる時間も長いが、まぁ悪い時間ではない。

 陽菜は……うん、あんまり話せてない。オレが親と話しているのをそばで聞いてるって感じで気まずさを感じる。オレから話しかけても会話が長く続かないので、こっちの沈黙はちょっと気まずい。


 まぁ、休みの日とか、たまに夕方に父さんと一緒に来てくれたりしてるので、気にかけてはくれてるのだと思う。


 しかし、病院というのは傷病人と死が多い関係か瘴気はついて回るものらしい。

 検査で出向いた総合病院でも意識すると、チラホラと瘴気の気配を感じた。


 しかも、どうやらオレは瘴気を引き寄せる体質らしい。

 特に体の通りをよくするためにプラーナを意識的に汲み上げて体を巡らせていると、どこからともなく瘴気が湧いてきた。検査のために病院内を移動するだけでいたるところから瘴気を引っ張ってきた。


 付き添いの家族に影響があっても嫌なので、すぐに魔法で消し飛ばしたが、対症療法に過ぎない。


 瘴気の元である負の思念は、生物が生きていれば生じる生理現象のようなものだ。負の思念が小さければ、自然とエーテルとの結び付けが解けてしまうような弱い繋がりだが、瘴気は生物に干渉すると、より大きな負の思念を生じさせやすい。だから、人が集まりやすい場所、負の思念を生みやすい場所ではどうしても瘴気の淀みというのができやすい。

 現代の日本で、町に住んでいて人が密集していない場所なんてそうない。ということは、どこにでも規模の大小はあれど、瘴気が淀んだ瘴気溜まりはあるに違いない。瘴気を集めてしまう体質をどうにかしないといたちごっこだ。


 今も病院内で生じた瘴気が、床や壁から滲み出るように集まってきていた。


「ふぅ――」 ――彼の者たちの穢れを祓え――


 呼気に合わせてマナを練り上げ、エーテルに干渉し、浄化魔法をこの診察室に限定して展開する。

 3週間の入院生活で、この体での浄化魔法も随分と慣れてしまった。集まってきていた瘴気は、浄化魔法で霧散する。

 浄化魔法は目に見えない瘴気をエーテルに還元する魔法なので、マナやエーテルを認識できない高木先生や母さんには、気づかれることはなかった。




 高木先生のお話が終わった後は、そのまま退院となった。

 元々、検査や経過が良好ということで、最終的な検査結果がでて、結果が良ければそのまま退院という話だったので、退院までの流れはスムーズだった。というか、私物なんてほぼなかったので、着替えの入った手提げ袋2つだけで終わりである。


「阿木さん、退院おめでとうございます。本当によく頑張りました。お元気で」


「阿木君、退院おめでとう。本当に、回復してよかった……! 」


「みなさん大変お世話になりました。ありがとうございました」


 最後に看護師さんたちにも挨拶回りをしたが、長く入院していたオレの退院というのは看護師さんたちも感慨深いのか、とても好意的でテンションが高かった。特によくお世話になっていた男性の看護師さんの新谷さんなんて、感極まって泣いていた。



 いい人たちばっかりだったなぁと感慨に浸りながら、病院を出て父さんの車に乗り込む。今日は平日だが、会社を抜けて車を出してくれていた。学校も今日は代替休日とかで休みみたいで陽菜もいた。


「直斗、今日は何が食べたい? 寿司? それとも焼肉? 」


「母さんの料理が食べたいな」


 車内で母さんから聞かれた質問に、素直に答える。ようやく実家に帰れるのだ。病院食も十分おいしかったが、何よりも家で母さんが作ったご飯が食べたかった。


「うふふ。ねぇ、あなた聞いた? 嬉しいこといってくれるわねぇ」


 オレの返答に助手席の母さんは嬉しそうに運転席の父さんの肩を叩く。

 


「ハンバーグ。あとは唐揚げかなぁ」


「うわっ、肉ばっか。もっとデブになるじゃん」


「陽菜! そういうこと言わない! 太ったのは薬の副作用って話をしたでしょ」


「もちろん、野菜も食べるよ。でも、今一番食べたいのは白ご飯かなぁ」


 病院食のおかゆや柔らかい白米ご飯も悪くはなかったが、うちの硬めの白米をおかずと一緒にかきこみたい。口いっぱいに味わいたい。


「お兄ちゃん知ってる? ご飯も炭水化物だから太りやすいよ」


「陽菜! 」


 母さんに怒られた陽菜は肩をすくめて悪戯っぽく笑った。

 面会でのぎこちなかった会話を思い返せば、こんな会話でも一歩前進だ。


「食べたら食べた分、運動するようにするよ。その時は、一緒に付き合ってくれるか? 」


「いいよ。お兄ちゃんが、私についてこれるならね」




 




【プラーナ】:魂から肉体に流れるエネルギー。

【エーテル】:プラーナと反応して、マナをはじめとして様々な力に変質する。宇宙に遍く存在する。

【マナ】:プラーナとエーテルを反応させ、変質させた力の一種。大気のエーテルとも反応して、望む現象の力の振る舞いをする。

【瘴気】:負の感情を核とした無意識に体外へと流出したプラーナとエーテルが結びつき、エーテルが変質したもの。瘴気は、生物と接触すると負の思念を伝達させる。そのため、影響を受けた生物から吐き出された負の感情から瘴気が生じる連鎖反応を起こしやすい。自然発生した瘴気は、時間経過で結びつきが解れて自然消滅しやすい。

【魔法】:マナによる現象を体系化した技法。

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