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連載候補短編

ループを繰り返した令嬢は、死の運命を回避するため家出を決意しました

作者: 日之影ソラ
掲載日:2021/03/19

 世界は理不尽で出来ている。

 そう知ったのは、確か()()()の時だった。

 今が五回目で、最後を迎える瞬間でもある。

 燃え上がる屋敷の中に一人、私は取り残されていた。

 手足の腱を斬られた上で縛られ、身動き一つとれない。

 地に伏している所為で煙も吸わないから、中々死ぬことすら許されない。


 熱い。

 痛い。

 苦しい。


 もう何度も……何度も味わってきた。

 うんざりだ。

 早く終わらせたい。

 どれだけそう願って、涙を流したことだろう。

 だけど、運命というのは残酷だ。

 一人の願いなんて簡単には聞いてもらえない。

 それどころか、望んでもいない力を無理やり与えられて……


「何で……どうして私に、こんな力があるの?」


 疑問を口にしたところで、誰も答えてはくれない。

 何も知らないし、気づきもしない。

 教えても信じてはもらえないと、すでに経験済みだった。


 ああ、痛みがなくなってきた。

 意識も薄れて、何だかフワフワする。

 ようやく死ぬことができる。

 今度こそ安らかに、新しい生を宿して生まれ変わりたい。



 そして目覚める。

 私の身体に馴染んだベッドの上で、見知った天井が目に映る。


「……また、戻ってきてしまったの?」


 六回目。

 私は死に戻りを繰り返している。



 十五歳の誕生パーティーの翌日。

 それが今で、ここは屋敷の私の部屋だ。

 窓の外を見なくても天気はわかるし、時計を見ればいつ頃にドアがノックされるかもわかっている。


 三分後。


「そろそろね」


 トントントン。

 ドアをノックする音が聞こえる。

 声を聞く前に、メイドだということも知っている。


「お嬢様、お目覚めでしょうか?」

「……」

「お嬢様?」

「ええ、起きているわ」


 入室を許可すると、見慣れたメイドが顔を出し、挨拶をする。


「おはようございます。お嬢様」

「ええ」

「お食事の準備が出来ておりますが、どうされますか?」

「そうね。着替えたら自分で行くわ」

「かしこまりました」


 彼女は一礼して、失礼しますと言い部屋を出ていく。

 再び一人になった私は、大きくため息をこぼす。

 そして、死の直前に浮かんだ疑問が、死に戻って改めて浮かぶ。


「どうしてこんな力が……あるのかな」


 知ったのは当然、一度目を終えて二度目の時だ。

 目が覚めると、私は見慣れたベッドにいた。

 死んだはずなのにどうして、と最初は戸惑ったけど、すぐに過去へ戻ってきたのだとわかった。

 ハッキリ言って、最初はすごく興奮した。

 一度目の死に方が悲しくて、やるせない気持ちでいっぱいだったから、もう一度やり直せることに感謝すらした。

 これは神様が私に下さったチャンスなのだと。

 だけど、二度目も死んで、また繰り返して。

 どう転んでも、私は死んで繰り返す運命にあるのだと知って、最後は絶望しか残らない。


 考えて、悩んで。

 結局私はそのまま着替え、朝食の席に向かった。

 食堂には父と母、妹がすでに座っていて、部屋を訪ねて来たメイドも控えている。


「おはようございます。お父様、お母様」

「おはようアリシア。今日はいつもより目覚めが遅かったね?」

「昨日の疲れが出ているのよ」


 上級貴族エールズ家当主レオナルド・エールズ。

 その隣で微笑む女性が私の母、シェナード・エールズ。

 私の両親で、とても優しい人たち。

 そして、三度目の私を死に追いやった人たちでもある。


 食事をしながら、お父様が言う。


「今度のパーティーはエルウィンが主役だ。アリシアを見習い、エールズ家の名に恥じない振る舞いをしなさい」

「はい!」

「良い返事だ。アリシアも、すまないが当日は支えてやってほしい」

「はい。お父様」

「お姉さまが一緒にいて下さるだけで心強いです!」


 ニコニコと私に笑顔を向けるのは、エルウィン・エールズ。

 二つ離れた可愛い私の妹。

 そして、最初に私を殺した人。


「紅茶が入りました。お嬢様」

「ありがとう」


 私の専属メイドの一人、アン。

 小さい頃から一緒に過ごし、肉親を除けば一番心が近い友人のような存在。

 だけど、五度目の私は彼女に殺されてしまった。


 家族団らんの食事。

 誰もが楽しそうに、当たり前のように過ごす日々。

 私だけが知っている未来と、隠している本性。 

 この場にいる人は全員、私のことを殺したことがある。

 そんな人たちと、私は普段通りを装って朝食を済ませた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝食を終えた私は、部屋に戻り考えた。

 どうすれば死の未来を回避できるのか。

 考えながら、これまでの失敗の記憶を思い出す。


 一度目の未来。

 死に戻りの力を知らなかった私は、何の不安も不満もなく日々を過ごしていた。

 パーティーから一月後、そんな私に縁談の話が持ちかけられる。

 相手は名だたる上級貴族、ダンデイン家の嫡男ウェールズ様。

 家同士の関係は良好で、人当たりもよく、とても素敵な方だった……と、最初は思っていた。

 縁談から約半年後に正式な婚約を経て、私はウェールズ様の屋敷に招かれ、一緒に暮らすこととなった。

 幸せだった。

 私のことを愛し、私も彼を愛していた。

 だけど、近くに来てようやく知る真実もある。


 ウェールズ様は……浮気性で、女癖が悪かった。

 私の知らない所で、別の女性と逢引きしたり、口説いたり。

 あろうことか、私の妹にまで手を出した。

 最初は我慢していた私だけど、それを知ってしまった時を境に、ウェールズ様に追及した。

 浮気のことや妹との関係を含めて、全て知っていると伝えた。

 しかしウェールズ様は惚けて認めなかった。

 だから私は、妹のエルウィンにも直接話をした。

 きっとウェールズ様に騙されて、良い様に遊ばれているだけだと思ったから。


 それは私の間違いだった。

 最初に声をかけたのは、エルウィンの方だったらしい。

 知ったのは死の直前で、彼女はギリギリまで知らぬ存ぜぬを貫き通した。

 そうして最後に、本性を現した。


「お姉さまのことが邪魔だったんですよ? ずーっと、いなくなればいいって思っていました」


 毒で苦しむ私に向けて、エルウィンが告げた一言。

 ニヤリと歪んだ笑顔を……今でもハッキリ覚えている。

 エルウィンは計算高く、嫉妬深く、卑しい性格なのだと知った。

 私に見せていた笑顔は偽物で、可愛い可愛いと思っていた彼女なんて、本当はどこにもいなかった。



 そして迎えた二度目の未来。

 私は妹の本性と、ウェールズ様の真実を知っていた。

 だから私は、ウェールズ様との縁談を断った。

 これで死の未来は回避される。

 後は妹、エルウィンと距離を置けば良いと思っていた。

 しかし断ったことが良くなかった。

 ウェールズ様の怒りを買い、彼が雇った暗殺者によって殺された。

 まさかそこまでやるのかと驚きながら、胸から流れる血を押さえて静かに眠った。


 三度目の未来。

 二度の失敗を経て、私は深く悲しみ自暴自棄になっていた。

 そんな私を心配してくれた両親に、私は真実を告げた。

 今から思えば、本当に浅はかだったと思う。

 ウェールズ様のこと。

 エルウィンのこと。

 死の未来と、繰り返していること。

 それらを聞き終えた両親は悲しみ、同時に恐怖した。

 私たちの娘は悪魔に取りつかれてしまっていると、両親は信じてくれなかった。

 そのまま嘆き罵倒され、屋敷の一室に閉じ込められてしまった。

 食事も与えられず、誰とも会わず。

 衰弱して一人孤独に最後を迎えた。


 それから四度目は、しばらく落ち込んで時間を過ごし、一度目同様にウェールズ様の家に入った。

 入ってから、私は逃げ出した。

 ここにいたら殺される。

 だけど結局、逃げ出した先で盗賊に掴まり、散々辱められて……その後は覚えていない。


 五度目は引き籠った。

 誰にも会いたくないと、部屋から出なかった。

 そんな私を最初に心配してくれたのは、メイドのアンだった。

 彼女は小さい頃からよく知っている友人で、まだ一度も裏切られたこともない。

 心が弱っていた私は、彼女にだけなら伝えてもいいかもしれないと、真実を話してしまった。

 話を聞いたアンは私に提案した。


「私がお嬢様の代わりになります。そうすれば、死の運命を回避できるかもしれません」


 その内容は、彼女が私と入れ替わって、私のフリをして生活するというもの。

 無茶ではあったけど、容姿や背丈は近かったし、変装の魔導具もあったから、不可能ではなかった。

 彼女は言った。

 私が私のままでは、いつか同じ未来にたどり着く。

 そうならないように、私が代わると。

 初めて、ちゃんと私の話を聞いてくれて、考えてくれたことが嬉しかった。

 だから私は、彼女の提案を受け入れた。

 そして裏切られた。


 身を隠す場所に案内すると連れていかれたのは、今は使われていない小さな屋敷だった。

 そこに踏み入った途端に、彼女は忍ばせていたナイフで私を斬った。

 手足の腱を斬り、動かない状態で転げた私に、彼女は下衆な笑みを浮かべていた。


「ずっとこの日を待っていました……」

「ど、どうして?」

「お嬢様は知りませんよね? 私が……あなたの両親に潰された貴族の娘だったなんて」

「え……?」


 彼女は語った。

 自分の過去を、その恨みを。

 復讐する機会を窺い、この十数年間を過ごしていたことを。


「ありがとうございます。これで楽に、あの二人にも近づける」

「ま、待って!」

「さようなら。気の毒には……思いますよ」


 私が連れてこられた屋敷は、彼女の両親が使っていた屋敷だったらしい。

 彼女は私に成り代わり、屋敷に火をつけて去っていった。

 きっとその後で、両親や妹を手にかけたのだろう。

 みんな、一度は私を殺したことのある相手だ。

 それでも、私の所為で殺されてしまうのだと思うと、罪の意識を抱かずにはいられない。

 燃え上がる炎に包まれ、後悔しながら死んでいく。


「はぁ、はっ、ぅ……」


 記憶に新しい絶望の光景が浮かんで、呼吸が荒くなる。

 できれば思い出したくないことばかりだ。

 だけど、思い出さずにはいられない。

 考えなくては、また繰り返すだけなのだから。


「どう……しよう……」


 五度の失敗。

 それぞれに違う流れで、最後は誰かに殺されている。

 ここまで失敗を繰り返すと、どうしたって無駄なように思えてしまう。

 考えられる手で、残っているのは……


「自分で死……」


 言いかけて、私は首を振る。

 それは最後の手段だ。

 怖いからじゃない。

 もしも、それですら繰り返してしまうなら……本当に私の心は折れてしまう。

 絶望をただ繰り返すだけになる。

 悲しいことに、自死が心の拠り所になっていた。


「他に手は……他に……」


 まだ試していない方法。

 婚約を受け入れても死に、断っても死に繋がる。

 真実を話しても、引き籠っても同じ。

 逃げ出しても……


「違う」


 五度の死の中で唯一、周囲とは無関係の死を遂げた。

 逃げた先で悲惨な目には遭ったけど、可能性としては一番あったはずだ。

 この家が、貴族令嬢という肩書が、死に近づいてしまっている要因ではあると思う。

 だったらそれを捨てて、この家から離れよう。

 でもきっと、それだけじゃ足りない。

 だから私は決意する。

 部屋の鏡の前に立ち、長く綺麗な金色の髪を見ながら。


「……女を捨てよう」


 貴族であること。

 女性であることを捨てて、男性のフリをして生きる。

 そうして、私ではない別人になれば、死の運命を回避できるかもしれない。

 逃げたその先で、幸せになれるかどうかはわからないけど。

 少なくとも今、このままの未来よりはずっと良い。


 それから私は、数日かけて準備をした。

 どこまで逃げるか決めて、町や道順について調べ上げ、庶民の暮らしも頭に入れた。

 生きていくために必要なお金も、自分の持ち物を売って集めた。

 準備が整ったのはパーティーから十日後。

 夜遅く、みんなが寝静まった頃に、私は長かった髪をばっさりと斬り落とした。

 今の私と決別する意味と覚悟を込めて、平民男性の服装に身を包み。


「――さようなら」


 そうして私は屋敷を出た。

 身の凍るような寒い風が、冬の始まりを告げている。

 とても寂しくて、冷たい夜だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 季節はめぐり、春の早朝。

 小鳥の囀りが聞こえてのどかさを感じ、窓から差し込む陽気の温かさで春の訪れを感じる。

 自分の体に馴染んできたベッドから起きた私は、大きく背伸びをして窓の近くに歩み寄る。


「んぅ~ 今日も良い天気だ」


 風を感じ、清々しい気分を噛みしめる。

 私は服を着替えて支度を整えてから、階段を降りて一階の台所へ向かった。

 もちろん服は、男用の服。

 先生はまだ起きていないらしい。

 いつものことだけど、先生は朝が苦手だ。

 と言ってもまだ朝も早い。

 朝食の準備を済ませた頃には、ひょっこり起きてくるかもしれないと、半ば期待しながら料理をした。

 始めたばかりの頃は不慣れで、よく指を切っていた包丁も、今ではそれなりに慣れてきた。


「よしっ」


 朝食の支度は終わった。

 時計を見て、先生の席を見る。

 案の定、先生はまだ起きてこなかった。

 

「仕方がないなぁ」


 そうぼやきながら、私は二階への階段をのぼる。

 嫌々しているわけじゃない。

 むしろ、起こしに行くこの時間は、ちょっぴり好きだったりもする。


 トントントン――


「先生、朝ですよ」

 

 返事はない。

 これもいつも通り。

 一回声をかけたくらいじゃ起きてくれない。


「入りますよー」


 ガチャリと扉を開けて、ベッドに寝ているその人の顔を見る。

 私よりも白い肌に純白の髪は、一目見た時に女性と間違ったほど綺麗だ。

 何より寝ている顔が穏やかで幸せそうだから、こっちまで良い気分になる。

 だけど私は、毎朝のように心を鬼にして呼びかける。


「先生、朝ご飯できてますよ」

「ぅ~ もうそんな時間なのかい?」

「はい」


 身体を揺すってようやく目を覚ました。

 眠そうに瞼をこすり、ゆっくりと重たい身体を起こす。

 大きな背伸びと一緒に特大の欠伸をして、スッキリした顔を私に向ける。


「おはよう、アレン君」

「はい。おはようございます。レイン先生」


 先生を起こした後は、先に私一人で一階へ降りた。

 遅れて着替えた先生が降りてきて、一緒に食卓を囲む。

 美味しそうな顔をして食べながら、先生は何気なく私に言う。


「今日も美味しいね」

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのはこちらだよ。いつもありがとう、アレン君。私は物作りこそ得意だが、料理はからっきしだからね。君が来てくれて助かるよ」

「そんなっ! 感謝しているのはボクのほうです! 路頭に迷っていたボクを拾ってくれたから、今もボクは生きてるんです」

「はははっ、それは大袈裟だよ」


 そう言って先生は笑う。

 大袈裟……確かにそう見えるかもしれない。

 だけど、私にとっては大袈裟なんかじゃないと思う。


 家出をした私は、王都から遠く離れたこの小さな街リルドにやってきた。

 お金も用意していたし、働く場所を見つけてるための準備をしていたけど、現実はそこまで甘くないと実感させられた。 

 用意した手は悉く失敗してしまったんだ。

 今から思えば当然だ。

 素性も知れない人を簡単に雇ってくれるはずもない。

 そうして路頭に迷って、半ばあきらめかけていた私の前に、先生は突然現れた。

 三か月前のことを、今でもはっきり覚えている。

 今日のような晴れ晴れした日とは真逆の曇天。

 暗い路地でうずくまっていた私に、先生は声をかけてくれた。


 こんな場所に一人でいると危ないよ。

 そうかそうか、行くところがないのか。

 もしよかったらウチの御店に来てくれないかな?

 小さなアイテム屋さんを営んでいるのだけど、一人で切り盛りするのは大変でね。

 

 事情も深くは聞かず、先生は私を自分のお店に招いてくれた。

 名前を偽り、性別を偽り、何もかも騙している私の言葉を疑わずに聞いてくれた。

 それがどれだけ嬉しくて、安心したかを伝えられないのが心苦しい。

 せめてもの恩返しに、私にやれることは何でもしようと誓った。


 いつの間にか食べ終えた先生が、手を合わせる。


「ごちそう様。じゃあ私は、先にお店のほうを準備しておくよ」

「はい。ボクも片付けが終わったら行きます」


 先生が先に部屋を出ていく。

 私もせっせと朝食の片づけを済ませて、その後を追って家を出た。

 お店は家の隣にある。

 木造の喫茶店みたいにおしゃれな建物で、濃い茶色の木の看板には『マジックオーダー』とお店の名前が書かれていた。

 玄関から入ると、カランカランとベルが鳴る。


「アレン君だね」

「はい。ボクは店先のお掃除をしてきますね」

「頼むよ。終わったら商品の整理を手伝ってもらえると助かる」

「わかりました」


 掃除道具を持って私は店先へ再び出る。

 使い古された箒で玄関の前を掃いていると、ふとお店の看板が目に入った。

 マジックオーダーと聞いて、最初に何を連想するだろう。

 このお店では、魔導具からポーションまで様々なアイテムを販売している。

 街の人たちからは、困った時の何でも屋さん、と呼ばれていたりもした。

 一番の特徴はこのお店で売っている商品は全て、先生が自らの手で作った物だということ。

 そう、先生は魔導具師だった。


「すごいなぁ先生。魔導具師なんて王都でも数えるくらいしか聞かないのに」


 そう言って、感心しながら思うことがある。

 先生は一体、何者なのだろう。

 私のことを先生が知らないように、私も先生のことを知らない。

 このお店はいつから経営していたのか。

 その前はどこで何をしていたのか。

 私を見つけてくれたのは……本当に偶然だったのか。

 聞きたいことはたくさんあって、知りたいと思う気持ちも本物で。

 だけどそれを聞いてしまったら、今の関係が壊れてしまうような気がするから。

 私は感じた疑問をそっと胸にしまい込んで、掃除を終えた。


「先生、終わりました」

「ありがとう。じゃあこっちも手伝ってくれるかい?」

「はい」


 棚に並んだ商品を綺麗に並べ直す。

 小瓶に入ったポーションは割れないように丁寧に。

 魔導具も、効果別で探しやすいように並べていく。

 見習いになったばかりの私には、ここにある商品のほとんどが新鮮で、手が届かない代物だ。

 でもいつか、先生のようにいろんな物を作れるようになって。

 そうして先生の役に立ちたいと思う。

 どれだけかかるかわからないけど、時間をかけられるということは、私にとっては幸福で――


 カラン。


「ん? お客さんかな?」

「みたいですね」


 まだ開店時間には早い。

 時折来る急ぎの要件なのかもしれない。

 

「アレン君」

「はい」


 作業の手を止め、私が応対に向かう。


「いらっしゃいま――」


 最後の一文字を詰まらせた。

 そこに立っている人たちを、私は知っていたから。

 いいや、正確には一人だけだ。

 私が顔と名前と、性格も含めて知り尽くしている人物が……二度と会いたくない人物が、目の前に立っていた。


「ウェールズ……様?」

「おや? 僕の名前を知っているとは感心だね」


 さわやかに笑う彼に、思わずぞっとする。

 忘れるはずがない。

 忘れたくても、忘れられない結末が脳裏に過る。

 

「ん? うーん……君は……」


 彼は顔を近づける。

 しまったと、今さら思っても手遅れ。

 思わず名前を声に出してしまったことも相まって、疑われているに違いない。

 私が誰なのかを。


「君、名前は?」

「ぼ、ボクはアレンと言います」

「アレン……そうか、ならば違うな。少し似ているが、青年とあらば人違いだ」


 私は心の中でホッとする。

 どうやら人違いで納得してくれたらしい。

 今の私はちゃんと青年に見えているみたいだ。

 

 あれ、でも待って?

 何でウェールズ様はここに来たの?


「あ、あの……どのようなご用件でしょうか?」

「用があるのは君にじゃない。レイン殿を呼んできてくれないか?」

「は、はい」


 先生に用事?

 

 浮かんだ疑問の答えを探す様に、先生の所へ向かう。

 先生は変わらず商品の整理をしていた。

 そこに話しかける。


「先生、その、先生にお客様です」

「私に? 誰だい?」

「えっと……ウェールズ・ダンデイン様、です」


 私が名前を伝えると、先生の表情が少しだけ強張ったように見えた。

 でもすぐに普段通りの穏やかさを取り戻して、作業の手を止める。


「わかった。すぐ行くよ」


 私は先生の後ろをついていく。

 変に目を合わせないよう、背中に隠れながら。

 玄関へ向かい、先生とウェールズ様が顔を見合わせる。


「おお! 貴方がレイン殿かな?」

「はい。この店の主レインです」

「お初にお目にかかる。僕は由緒正しきダンデインの家名を持つ者、ウェールズ・ダンデインだ」

「王国の貴族様ですね? そんな方がわざわざ何用でここに? 私のような一介の商人に御用があるとは思えませんが」


 ウェールズ様が小さく笑う。


「ご謙遜なされるな。王国において……いや、貴族や王族で貴方のことを知らぬ者はいないよ。元宮廷魔術師にして、王国最高の魔術師と謳われた貴方を……」

「元……宮廷魔術師?」


 またしても、思わず声に出てしまった。

 それにウェールズ様が反応する。

 

「おや? 君は従業員なのに知らないのかい? 彼ほど優れた魔術師はいないよ。戦闘においても、技術面においてもね」

「……」


 凄い人だとは思っていた。

 けど、そんなに凄い人だったなんて予想外すぎて、声もでない。


「その様子じゃ本当に知らなかったようだね」

「今の私は、ただの店主ですよ」


 と、先生が口を開く。


「王国とも関係ありません。ですので、用件が国のゴタゴタならばお引き取りください」

「いや違う。依頼はあるが、それはあくまで個人としてだ」

「個人ですか」

「ああ、実は探してほしい人物がいてね」


 ドキッと、嫌な予感がする。

 いやいっそ、予感ではなく確信だろう。


「私の縁談相手、婚約者になるはずの女性が行方不明になっていてね? 名前はアリシア・エールズという。そう、ちょうどそこの彼のように綺麗な金色の髪をしている女性だよ」


 指をさされて焦る。

 出そうになった声を、必死に抑え込んで平静を装う。

 

 やっぱり、私を探しに来たんだ。


「人探しであれば、私でなくともよかったのではありませんか?」

「何を言う。貴方に任せれば確実であろう? 宮廷付き時代、賊の潜伏先を探し出し、古代の秘宝すら容易く見つけ出した貴方の魔術なら。逃げた女一人くらい、簡単に探し当てられるであろう?」

「……わかりました。居場所を見つければいいのですね?」

「ああ。どこで何をしているのか、教えてもらえればそれでいいよ」


 ど、どうしよう。


 話が進んで、私は一人焦る。


 先生に私の正体がわかってしまう。

 嘘をついていることが知れてしまう。

 ウェールズ様に見つかれば、私はまた繰り返す。

 あの悲劇を……死のループを。


「アレン君、準備を手伝ってくれ」

「……」


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 また死ぬの?

 せっかく逃げて来たのに、最初に戻されるの?

 

「アレン君? アレン君?」


 嫌……嫌だ嫌だ嫌だ。

 もう死にたくない。

 殺されたくない。

 一人になりたくない。


 焦り、不安、恐怖……絶望。

 負の感情と記憶が頭の中を支配して、現実から目を背けてしまう。

 聞こえてない。

 何も、誰の声も聞こえない。


 そんな私の肩を――


「アレン君」

 

 先生は優しく、支えるように掴んだ。


「先……生」

「大丈夫。私に任せなさい」

「え?」


 それって、どういう……


「準備を手伝ってくれるかい?」


 先生は普段通りに落ち着いた顔で、私に呼びかけてくれた。

 もしかしたらと、期待が一瞬浮かぶ。

 不確定な予想でしかないけど、先生の言葉を信じたいと思った。


「……はい」


 だから私は答えた。

 先生に言われた通りに準備を手伝う。

 水晶と、赤色の布。

 占いでもするかのような装いに、ウェールズ様が尋ねる。


「この水晶は特別な物なのかな?」

「いいえ、これはただの水晶です。相手を映し出すための媒体でしかありませんよ」

「ふむ、よくわからんが、それで居場所がわかるのだな」

「はい。少しお待ちください」


 そう言って、先生が水晶をじっと見つめ、両手をかざす。

 淡い紫の光を水晶が放ち始めたのは、その直後のことだった。

 綺麗な光……でも怪しい光。

 先生が魔術を使う所を、今になって初めて見る。


「――わかりました」


 先生の声にぴくっと身体が反応する。


「ほう! もうわかったのか? さすがであるな」


 先生……


「で、どこにいるのだ?」

「……」

「どうした? もったいぶってないで早く教えてくれたまえ」


 先生は口を噤んだまま、難しい顔をする。

 そしてゆっくりと、その口を開く。


「大変申し上げにくいのですが、その方はもう亡くなっております」

「なっ……」


 え?


「死んでいる……だと?」

「はい」

「どういうことだ?」

「言葉通りです。死因こそ確定はできませんが、おそらく事故でしょう。ですので、申し上げ難いですがと前置きをしました」

「な、なんと……」


 虚言。

 先生は嘘をついた。

 それが嘘だとわかるのは、この場で私と……先生だけだと思う。


「……仕方あるまい。邪魔をしてしまったな、レイン殿」

「いいえ、お力になれず申し訳ありません」

「いや、わかっただけで十分だよ。料金はあとで家の者に送らせる。では失礼するよ」

「はい」


 ウェールズ様はさっさと店を出てしまった。

 二人だけになる。

 いつも通り……にはならない。

 少し気まずい雰囲気のまま、先生が言う。


「アレン君、今日はお昼まで臨時休業にしよう」

「え?」

「色々と、話したいこともあるだろう?」


 そう言って先生は微笑む。

 ようやく確信した。

 先生は……全て知っているんだと。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 お店は臨時休業。

 札を掛けて、私たちはリビングの椅子に座る。

 向かい合い、テーブルには紅茶のカップが置かれている。

 互いに無言のまま時間は過ぎた。


「あの……」 


 自分でも不思議だ。

 最初に静寂を破ったのは、自分の声だった。


「先生はその……知っていたんですか?」

「何をかな?」

「……ボクが、いえ私が誰なのか。隠していることも……」

「うーん、そうだね。君が女性で、元貴族の令嬢で、悲しい運命を背負っていることは知っているよ。君の想像通りさ」

「そう……ですか」

 

 じゃあ本当に、先生は知った上で私を匿ってくれたの?

 ウェールズ様の話が本当なら、先生はとても凄い人で、私の秘密なんて簡単に暴けたはず。

 あの時だって、探し人はここにいると、言えばよかったのに。


「どうして……助けてくれたんですか? あの時も、今も」

「それについては先に謝っておくことがあるよ」

「え?」


 先生は改まって言う。


「私はあの日、偶然君を見つけたわけじゃない。知っていたんだよ……君のことを、君があそこにいることをね」

「し……っていた?」

「うん。君と出会う前に知っていた。私と同じような境遇の女の子がいて、苦しんでいると」

「――!?」


 知っていたという言葉より、その後のセリフが頭で弾けた。

 同じような境遇と、先生は言ったのだ。


「先生は……一体」

「私もね? 君のように繰り返しているんだよ」

「っ――先生も?」

「うん」


 衝撃を受けた。

 信じられないと思いながら、信じられてしまう同じ境遇。

 繰り返す。

 人生をループする。


「私の場合は死がトリガーではないけどね。今から約二年後、ある日を境に戻されるんだ。宮廷付き時代まで」

「そんな……どうして」

「わからないよ。色々と調べたけど手詰まりだった。そんな折に知ったんだ。自分と同じ人がいることをね」


 それで……先生は……


「私を見つけて、助けてくれたんですか? 同じ境遇だから」

「うん。君のループの原因……死を回避すれば、この現象にも終わりが見えるかもしれないと思ったんだ」

「そう……ですか」


 あれ?

 ちょっとだけ私、ガッカリしてる?


「ただ、もちろんそれだけじゃないよ」


 先生は続ける。

 私を優しく見つめながら。


「同じ境遇がいることは……私にとっても救いだった。話したところで理解は得られない。この苦しみは、孤独は、知る者にしか理解できない。ずっと……寂しかった。君もそうじゃないかい?」

「私は……」


 そうだ。

 私も……寂しかったし、辛かった。

 誰も味方はいないと知って、孤独に押しつぶされた。


「そんな時に知ってしまった。自分を理解できる人がいるかもしれない。その人も苦しんでいて、潰されそうになっているかもしれない。だったらもう、助けずにはいられない。手を伸ばさずにはいられない。私の苦しみを理解できるとすれば、君だけであるように。君の苦しみを理解してあげられるのは、間違いなく私だけだから」

「私を……先生はわかってくれるんですか?」

「ああ、私はわかるよ。その孤独も、寂しさも、後悔も」


 理解してくれる。

 同じ気持ちでいてくれる。

 それはもう、諦めてしまっていたことだった。

 だけど――


「今さらだけど、改めて言うよ。一緒に、幸せを探そう。君は生きて良いんだ」


 先生は、ほしい言葉をくれた。

 ずっと心のどこかで、誰かにそう言ってほしかったんだ。

 生きていても良いよと。

 運命からはまるで、お前は死ぬべきだと言われているようにさえ思っていたから。

 その一言がどれほどほしくて、嬉しかったか。


「は……い、はい」


 涙が止まらない。

 止め方を知らない。

 何度も流したはずの涙が、今は少しだけ温かく感じる。

 これがそう……うれし泣きというものか。

 六度目にして、ようやく知った。


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― 新着の感想 ―
[一言] レインさんとアリシアさんには気の毒ですが、このお話、6回目が起きて次の人生を生きる事になったら、話がさらに盛り上がりますね。 頼れるのはお互いのみ。 延々と繰り返される死の螺旋。 繰り返し…
[一言] 作者様の作品はどれも読んでいます。これももちろん連載になるようなら喜んで読ませていただきます。
[気になる点] 続きが気になります。
感想一覧
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