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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

そのメイド、レベル999〜魔王殺しの暗殺者、貴族の三男に仕える最強メイドになる〜

「ダメ……レオン、先に行って! 後ですぐに追いつくから!」


「馬鹿……! 止まっている暇なんかないぞ! リーシャ、いいから早く走れ!!」


 腰の武装に手を伸ばして立ち止まったわたしを見て、前を駆けていたレオンがこちらへと振り向いた。

 それにつられ、一緒に走っていた【賢者】のティナが藍色の髪を振りかざして叫んだ。


「そうだよ! ここで止まっていたら、皆殺しにされて終わっちゃうよ!」


 ティナの言葉は正直、その通りだと思う。

 わたしたち、【勇者】レオンを筆頭としたパーティーは魔界の奥深くまで潜り込み、長らくの目標であった魔王討伐を果たした。


 この魔界と人間界を繋ぐ入り口を自由に作れるのは魔王のみ。

 だからこそ魔王を倒した今、人間たちは魔王軍の進行を恐る必要がなくなった。

 ……けれど。


「おいおい、言ってる場合じゃねぇだろ! 連中はすぐそこまで迫っているんだぞ!」


 パーティーの中でも勇者と共に前衛を務めていた【剣聖】リカルドが後方を見て吠えるように声をあげた。

 こちらに迫り来るのは、何百という数ではきかない魔物の群れ……魔王軍の残党兵だ。


 奴らは魔王を討伐して消耗したわたしたちを人間界に戻る前に倒し、死した魔王への手向けにでもする腹づもりなのだろう。

 しかも魔王戦で負傷して消耗しきったわたしたちの足では、到底奴らを振り切れない。


 ……ここで誰かが足止めでもしない限りは。


「……三人とも、聞いて。ここはわたしが食い止める。だから三人とも、早く行って!」


「──ッ! ふざけるな! 今まで一緒にどんな修羅場も超えてきただろう! 今更こんなところでサヨナラなんて聞いて……くっ!?」


「……ごめんなさい」


 頭に血が上ってか詰め寄ってきたレオンの首元にドン、と手刀を当てる。

 わたしはこれでもLv999の【暗殺者】、消耗しきった【勇者】を気絶させる程度なら造作もない。


「リーシャ、何を……!?」


「お願い、レオンを連れて行って。彼は魔王を倒した【勇者】かつ王国の王子よ、ここで死んでいい人じゃない」


 わたしはレオンを支えながら、目を見開くティナとリカルドに話を続けた。


「それにティナは【賢者】、魔王討伐の旅で得た魔法や錬金術の知識を世に広く伝えなきゃいけないし、【剣聖】のリカルドはレオンの相棒でその上、大貴族の嫡男。……二人とも、これからレオンを支えて荒廃した人間界を再建しないと」


「でもリーシャだってよ……!」


 食ってかかってきたリカルドに、わたしは首を横に振った。


「……わたしはこの中で唯一の平民、それもスラム街の出身よ。たとえ死んでもレオンたちほど大きな影響はないでしょう。それに【暗殺者】なんてジョブ、これからの人間界の再建に必要ないもの」


 我ながら皮肉の効いた言葉だと思うけれど、事実だ。

 勇者のパーティーで活動していたとしても、所詮は平民、このまま人間界に戻ったところでできることも限られている。


 しかも技を磨いてきたとはいえ、【暗殺者】のジョブ持ちはそこまで珍しくもない。

 だからこそ……この場に残るなら、わたししか許されないのだ。


 それになにより……。


「今まで楽しかったわ。わたし、それだけで十分」


 精一杯の笑みを、仲間たちに見せる。

 スラム街で生まれて、そのまま野垂れ死ぬしかない腐っていたわたしの人生で。


 ある日突然、流星のように現れて賑やかな日常をくれたレオンたちには恩を感じているし、これから先も生きていて欲しいと思う。


「……だからお願い、行って。それに大丈夫。わたしも皆と同じ、Lv最大の999なのよ? そう簡単にやられはしないから」


「……っ、分かった。すまない、リーシャ……!」


 口から血が出るほど歯を食いしばっていたリカルドは、気絶したレオンを抱え、涙ぐむティナを連れて駆け出した。

 彼もまた、覚悟を決めてくれたのだろう。


「リカルド、嫌! あたしもリーシャと……!」


「黙って来るんだ! リーシャの思いを無駄にする気か!」


「……っ!」


 それからティナは走りながらも、ただわたしの方を見つめていた。

 滂沱と涙を流すティナを、わたしは努めて微笑んで送り出した。


 ……それから、リカルドたちがもう見えなくなった頃。


「やれやれ、ようやくのご到着かしら?」


『GRRRRR……!』


 魔王軍の残党たちが咆哮を上げ、こちらを叩き潰さんと押し寄せてきた。

 彼我の戦力差は、物量と言う意味合いで絶望的。


 わたしはあくまで【暗殺者】、正面きっての戦いは正直苦手だ……けれど。


「粘るだけなら……!」


 腰のホルスターに収納されていた拳銃二挺を抜き、間髪入れずにトリガーを引く。

 パン! パン! と乾いた音と硝煙の匂いが耳と鼻を突く。


 同時、特殊な魔力鋼を練り込まれた弾丸を食らった前列の何体かがもんどりを打って倒れ込んだ。

 けれどその後ろから、仲間の屍を踏み潰して魔物たちが溢れてくる。


『GUOOOOOOO!!!』


『コロせ、奴をコロして魔王サマに捧げヨ!!』


『GRRRRRRRR!!!』


「汚い声音ね……! 少しくらい黙りなさいな!」


 魔物を誘いながら地を駆け、リカルドたちが逃げた方とは別の方向へと魔王軍の残党兵たちを誘導する。

 前列の足の速いコボルト達を乱れ打ちで牽制しているうちに、左の拳銃が弾詰まり(ジャム)


「何の、この程度!!」


 咄嗟に左の拳銃を投げ捨て、予備の一挺を懐から取り出して弾を撃ち込んでいく。


「やっぱり予備は、引き金が少し硬すぎるわね……!」


 それでもそのまま、撃つ、撃つ、撃つ。

 倒せ、少しでも連中の数を減らしてこっちに引き付けろ。

 レオンたちがどこに行ったか、考える暇すら与えるな……!


『GUUUUUUU!!!』


「くっ……!?」


 迫っていたオーガ四体のうち三体の頭に風穴を穿つも、残り一体は狙いが甘かったのか頭に穴が空いた状態で迫り来る。

 オーガはこちらの頭を潰さんと大斧を振り上げるが、甘い。


「ふんっ!」


 わたしは急停止から逆にオーガの懐に飛び込み、拳銃の銃口付近に据えられた刃で奴の首を狙う。

 そのまま、Lv999の腕力に任せて思い切り引き裂いた。


『GUOOOOO!?』


 刃がオーガの首を一閃。

 オーガは首をかきむしり、そのまま血しぶきの中で倒れた。


「……もう、全部で何体目かしらね?」


 オーガを倒した隙にリロードし、弾倉に弾丸を込める。

 ……けれどもう、走れそうにはなかった。


 魔王を討伐した時点で、正直、骨の何本かはいってしまっていた。

 その上裂傷も腹に受けており、血を失いすぎて悪寒とふらつきが酷い。


「でも、もう十分役目は果たしたかしら」


 こちらをぐるりと囲む魔物の群れに、笑いすら込み上げてくる。

 そんなに必死か、こんな小娘一人相手に。


 けれどそんなに必死になってくれたからこそ、今頃レオンたちは人間界と魔界を繋ぐゲートに入り、無事人間界まで逃げおおせただろう。

 加えてそのゲートは魔王からの魔力供給も途切れ、もうじき閉じるはずだ。


 これでレオンたちは助かる。


「……とは言え最後の最後くらい、もうひと暴れしようかしらね?」


 わたしは拳銃を両手に交差するように構え、言った。


「Shall we dance?」


『GGGGRRRRRRRRRR!!!!』


 飛びかかってきた魔物を、弾が尽きるまで撃ち続ける。

 前後からの敵を撃ったのち、縦横無尽に弾を放つ。


 その様はさながら、血しぶきを飛ばしながらのダンスに見えなくもないだろう。

 そんなことを思っているうちに、弾丸が尽きた。

 けれど……まだわたしのダンスは終わらない。


「さあ、最後は盛大にいくわよ……っ!」


 懐から取り出した、拳大の魔法石。

 けれどそれは【賢者】ティナの力により膨大な魔力を詰められた、相撃ち用の爆弾だ。


「二次会はあの世でやりましょう?」


『GIIIIIIIIII……!!??』


 起動した魔法石が、みるみるうちに熱を帯びていく。

 異変を感じた周囲の魔王軍残党がたじろぐが、もう遅い。

 間もなく魔法石を中心に、わたしも魔物も一瞬で蒸発することだろう。


 ……けれど、憂いも悔いもない。

 わたしは本当なら、スラム街の端で野垂れ死ぬしかなかった存在だ。


 けれどそんな腐っていた人生も……こうしてレオンたちの力になれたこと、それだけは誇らしく思える。


 ──胸に抱いた魔法石の輝きが、一際大きくなった。


 ああ、これで本当に最後──


 ***


「……?」


 ぱちりと、目が開いた。

 頭痛が酷くて、体中鈍い痛みに包まれている。


 けれど意識ははっきりとしていて、体も起こせる。

 見れば両腕や足首など、服から出ている部分のほとんどに包帯が巻かれていた。


 きっと、服の中もそうなのだろう。

 加えて自分は今、上等なベッドの上にいることもすぐに分かった。


「わたし、どうして……?」


「お目覚めですか?」


 ガチャリ、とピカピカのドアノブが回って部屋のドアが開いた。

 現れたのは、黒と白を基調とした清潔感のある服装……俗に言うメイド服に身を包んだ金髪の少女だった。


 少女はこちらに微笑みかけ、言った。


「気分はどうですか? 体がまだ痛むかもしれませんが、一通り処置はしておきましたから。骨も折れていてしばらく熱っぽいかもしれませんが、しっかり休めば問題ないと医術師さまも言っていましたよ」


「え、あ、ああ。そう、ですか……」


 敬語慣れしていなくて、少しおかしな返事になってしまった。

 けれどメイド少女は気にした素振りも見せず、ベッドの脇に来て、テーブルの上に置かれていた水差しからコップに水を入れて手渡してきた。


 わたしはそれを飲んでから、少女に尋ねた。


「……失礼、ここがどこか聞いても?」


「もちろん。ここは貴族、ウォーリアス家のお屋敷です。あなたはお屋敷近くの森で倒れていたんですよ? それも血まみれで。そういうあなたこそ、一体どうして森の中に?」


「え、森の中……?」


 それはつまり、何が起こってそうなったのか。

 わたしは魔界で覚悟を決め、魔物もろとも自爆した筈。


 けれどこうして生きている……まさか、ここはまだ魔界?

 いいや、目の前の少女は人間だしそんな訳はない。


 それに窓から見える空は赤ではなく青だし、清潔感のあるこの大きな部屋からも、ここが貴族の屋敷と言われても納得できそうだった。


 ……育ちが育ちなので貴族の名前には明るくないから、ウォーリアス家なる貴族の家名には覚えがないけれど。


「その、もしかして何も覚えていない、とか……?」


「……実は」


 不思議そうに覗き込んできた少女に、わたしは誤魔化すように言った。

 とは言え、どうやって魔界から人間界に戻れたかも分からないのだ。


 もしかしたらあの爆発で時空がねじ曲がり、わたしだけ運良く人間界に飛ばされたのかもしれないけれど……何が何だかよく分からないあたり、この場は何も覚えていないと言っても差し支えないだろう。


「そうですか、それは大変な……きゃっ!?」


『GUOOOOO!!!』


 突然、外で大きな咆哮が轟いた。

 少女は驚いて、耳を塞いでかがんだ。


 わたしは逆にベッドから飛び出し、窓の方へ。


「今の咆哮、まさか……!?」


 嫌な予感が頭を掠め、ふと武器はないかと周囲を見回す。

 するとこれまで愛用していた短刀が手近な机の上に置かれており、それを手に取り窓を開け放つ。


「まっ……!?」


 背後で少女が制止してくる声が聞こえたが、待っていられない。

 一息で二階と思しき窓から飛び降り、真下の芝生へ着地。

 こちらを見てぽかんと口を開く少女を尻目に、わたしは咆哮の上がった方へと駆け出した。


「……っ、やっぱり魔物……!」


 駆け出してすぐ。

 森の際にて、小柄な少年に向かい牙を剥く狼似の魔物、コボルトの姿があった。

 まさかあのコボルト、わたしと一緒に魔界からこの森にやって来てしまったのか。

 ……もしくは、前々から人間界に侵攻していた魔王の配下か。


「どちらにせよ、逃しはしないわ……!」


 ここにレオンたちがいたら、たとえどれだけ傷ついていても少年を庇いに出る。

 わたしは一息で短刀の一本を投擲し、少年に向けて振り上がっていたコボルトの片腕を貫く。

 これもまた、【暗殺者】が得意とする短刀術の一種だ。


『KYUUOOOO!?』


 甲高い悲鳴をあげて怯んだコボルトへ、そのまま二本目の短刀を構えて刺突。

 胸を貫かれたコボルトは、そのまま糸が切れた人形のように力を失った。


「君、怪我はない?」


「は、はい……」


 コボルトを地面に倒して少年へ寄ると、尻もちをついていた少年はこちらを見上げて小さく頷いた。

 けれどその直後、少年は目を剥いた。


「……って、お姉さんこそ大丈夫!? あんなに傷だらけだったのに、もう動いて……!」


「あ、いやわたしは……」


「いいから、少しじっとして」


 慌て気味の少年にぴしゃりと言われ、わたしはされるがまま動きを止めた。

 ……何というか、こんな風に心配される経験もレオンたち以外ではなかったからだ。


 少年はわたしの体に巻かれていた包帯を慎重に剥がし、その下の傷を見た。


「よ、よかった……傷口は開いてないや」


 先ほどまで自分が危ない目に遭っていたとは思えない調子で、少年は安堵の息を漏らした。

 また、そんな少年の様子からふと閃いた。


「もしかして、わたしを診てくれた医術師というのは……?」


「うん、僕だよ? こう見えても医術の勉強をしているし、神さまから【治癒術師】のジョブももらっているからね」


 この世界にはジョブという、神さまから与えられる職種のようなものがある。

 大体七〜十歳程度で与えられるそのジョブだが、中でも【治癒術師】と言えば中々の希少性を誇る、謂わばレアなジョブだ。


「……そうだったのね。ありがとう、お陰で助かったわ」


「へへ。お姉さんも今僕を助けてくれたから、おあいこだね?」


 子供特有の眩しい笑顔でそう言った少年は「それじゃあ、ひとまず僕の屋敷に戻ろっか?」と手を引いてきた。


「……へっ、『僕の』?」


「あっ、まだ名乗ってなかったね」


 少年は振り返って、えっへんと言った。


「僕はクリン・ウォーリアス。この屋敷に住んでいる者さ」


 ウォーリアス……さっきメイド少女の言っていた、貴族の家名。

 それならこの子が当主……いや、当主の息子だろうか。


 何にせよクリンのお陰でわたしは助かったのだと、わたしは少年に改めて感謝を伝えたくなった。


 ***


「記憶が、ない?」


「……じ、実を言えば……名前以外は……」


 屋敷に戻り、わたしはクリンに事情を聞かれた。

 しかしわたしはこの通り、記憶がないと嘘をついていた。


 ……それでもどうか許して欲しいと、わたしはクリンに心の中で謝った。

 何せわたしが元勇者パーティーの一員だと知れれば、要らぬ迷惑をクリンにかけるかもしれないからだ。


 人間界も一枚岩ではなく、中には魔物と通じていた者もいたし、実際にそう言った者から命を狙われた経験もある。

 とにもかくにも、恩人のためにも悪目立ちは避けたかったのだ。


「……うーん、頭からも血を流していたから頭でも打っていたのかな? それで記憶が飛んじゃたとか……でも【治癒術師】の力で記憶までは治せないし……」


「あ、いや。こうして生きているんだし、記憶は二の次でも構わないから……」


 ぶつくさと真面目に検討を始めたクリンに、申し訳なさしかなかった。


「でもお姉さん、記憶がないんじゃ帰る場所もお仕事も分からなくて困っちゃうよ? 食客として傷が癒えた後もこの屋敷に滞在してもらっても構わないけど、でも家族や友達もきっと心配するよ?」


「……そうかもしれないわね。でも、きっと大丈夫よ」


 物心ついた時からスラム街だったので、両親の顔は知らない。

 それにレオンたちの安否はわたしも気になるけれど、今は体を治す方が先決なのでまだ合流はできない。


 何よりあのコボルト、万が一にもわたしと一緒に魔界から来てしまったものならその責任は自分にもある。

 他にもこの辺りに魔物がいるなら、放ってもおけない。


 ……とは言え。


「その、わたしを食客にするって……勝手に決めてしまっても大丈夫なのかしら?」


「うん、この屋敷は父さんが三男の僕に好きにしろってくれたものだから。僕の屋敷に誰を泊めたって問題ないさ」


「そ、そうなの……」


 つまりこの屋敷は、ウォーリアス家の所有する屋敷の一つなのだろう。

 さっき外に出た時にはその大きさに少々驚かされたけれど、まさかこんな屋敷が他にいくつもあるとは。


「けれど、ただ泊まって三食いただくのも申し訳ないわ。だからここはひとつ、わたしを用心棒にしない?」


「護衛? 僕の?」


 少し驚いた様子のクリンに、わたしは話を続けた。


「わたしはさっき見せたみたいに、コボルト程度ならいくらでも倒せる。それにこのお屋敷、警備の人も少ないみたいだけど……それはこの付近で今まで魔物があまり出なかったからではなくて?」


「う、うん。実はそうなんだ。だからさっきはとっても驚いちゃって……」


 それからクリンは「うーん」と小さく唸ってから、ひとつ頷いた。


「分かったよ、お姉さん。それなら食客じゃなくて、お姉さんをしばらく用心棒として雇うよ。もちろんちゃんと給金も出すから、父さんに連絡して腕利きの護衛が来るまでの用心棒ってことで。あ、でも……」


 クリンはわたしに向け、びしっ! と人差し指を向けた。


「その傷がちゃんと塞がるまで、基本的には屋敷から出ずに安静にしていること。ベッドで寝ていても給金は出すから安心して。これが僕から出す絶対条件だよ」


「分かったわ。それなら雇い主さまに従って、おとなしくさせてもらうわね。後、それと」


 わたしは少し顎に手を当て、考え込んでから。


「……これからは、坊ちゃんって呼んだ方がいいでしょうか?」


「やめてよ恥ずかしいから。それとお姉さんが敬語だと何か変だから、普通でいいよ」


 ***


 ……さて、数日ベッドの上にいたらあまり体も痛まなくなってきたので、そろそろ本格的に動くことにした。

 クリンも「こんなに早く治るの……!?」と驚いていたけれど、これでもわたしはLv999、自然治癒力にも自信がある。


 ついでに食事もこんなに美味しい食べ物が世の中にはあるのか、と思わされるほどに美味だったので、それも良かったのかもしれない。

 ……怪我をしたら苦々しいポーションばかりを渡してきた【賢者】ティナも、ここだけは屋敷の使用人達を見習って欲しく感じた。


 さて。

 それから着替えようとしたのだが、生憎とわたしの着ていた服は血まみれで破れた箇所も多かったので処理してしまったのだと言う。

 それは仕方がなかったので、代わりの服をもらったのだけれど……。


「……やっぱり、雇われの用心棒でもこれなのかしら?」


「ええ、よくお似合いです!」


 姿見に映ったわたしは、横のメイド少女と同じ服装、すなわちメイド服に身を包んでいた。

 どうやら女性ものの仕事着は基本、この屋敷にはメイド服しかないらしい。


 あまりこう言うものは着たことがないので、少しだけこそばゆかった。


「まさか一緒に働くことになるとは思いませんでしたが、これからよろしくお願いしますね」


「ええ、こちらこそ。ええと、ラーンだったかしら?」


「はい、そうですよリーシャさん」


 メイド少女ことラーンは、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。

 その表情に好感を覚え、わたしも自然と微笑んでいた。


「しかしリーシャさん、本当にわたしたちと同じように働くのですか? クリンさまからは、有事以外は別に自由にしていてよいと言われたとお聞きしていますが……?」


「ええ、いいのよ。わたし、体を動かしている方が性に合っているから」


 そう、用心棒の仕事以外もこうして働くと、ベッドで寝ていたあの数日間で決めたのだ。

 元々静かにしていられる性質でもなかったし、傷に響くほど動かなければ問題ないだろう。


「でもやっぱりこの服、少し動きにくいかも……?」


 元々この手の可愛げがある服には無縁だったのもあり、もう少しスカート丈が短い方が動きやすくて良さそうだなとか思った。


 ***


「くそっ! リーシャ、あいつなんてことを……!」


 【勇者】レオンは王城の自室にて、拳を机に叩きつけて憤っていた。

 Lv999の筋力は精緻な彫りが施された机を、いともたやすく叩き割った。


 けれどそんな八つ当たりを見ていた【賢者】ティナと【剣聖】リカルドは、レオンに対し何も言えずにいた。

 けれどそれも仕方がない……レオンは机を割った体制のまま、男泣きしていたのだ。


「クソックソッ。あの場に残るなら俺だっただろう。仲間を守れず何が【勇者】だ、そんな称号クソ食らえだチクショウ……!」


「レオン……」


 レオンの傍にティナが寄り添い、その背を撫でる。

 ……レオンが声を震わせるのも、無理はない。


 後少し、後少しでハッピーエンドと言える形で旅を終えられたのだ。

 けれどあの場で勇者一行は、苦楽を共にしてきた仲間を失った。


 誰かが魔王軍の残党を足止めしなければ全滅は必至だったのは頭では分かる、けれど心が現実に打ちのめされていた。


 できることなら、魔界に戻って安否を確認したい。

 もしかしたら生きているかも、最悪、遺体や遺品だけでも連れ帰ってやりたい。


 ……けれど、それはできない。

 魔王が人間界に侵攻するために生み出したゲートは消え、魔界と人間界は自由に行き来できなくなった。


 レオンはもう二度とリーシャの顔を見られないことを、誰よりも悔いていた。

 そして【賢者】と【剣聖】は仲間であるからこそ、レオンに慰めの言葉など意味のないことを強く感じていた。


 ……どんな慰めも、レオンの心を癒すには足りない。

 それこそ仲間が、リーシャが戻ってこなければ。


 だからこそ【賢者】と【剣聖】は、ただ静かに【勇者】のそばにいた。

 今はただそうやって近くにいることが、レオンの心を少しでも癒すと信じて。


 ***


「クリン、今日もお勉強?」


「うん、せっかく【治癒術師】のジョブをもらったんだから。もっと専門的な知識も身に付けたいしね。ところでお姉さんはどんなジョブなの?」


 ぎくり。

 わたしはクリンの部屋の掃除をする手を止め、こほんと咳払い。

 その短い間に、どうにか言い訳を思いついた。


「えーと……どうも雰囲気からして掃除専門のジョブみたいね。記憶がなくなる前は、それを生かして掃除屋でも営んでいたんじゃないかしら……?」


「ふーん、掃除屋さんかぁ。世の中そういう職業の人もいるんだね」


 クリンは医術書らしきものを読みながらそう言ったけれど……よかった、上手く誤魔化せたらしい。

 とは言え、嘘は言っていない。


 元々わたしは【暗殺者】ジョブをスラム街で磨き、「掃除屋」として闇から闇へと「対象」を掃除……もとい葬る仕事をしていた。

 ちなみにわたしの銃や短刀も予備を含め、その頃からの愛用品だ。


 それから紆余曲折を経て【勇者】パーティーに迎え入れられることになったのだけれど……それはさておき。


「クリンは【治癒術師】ジョブを磨いてどうするの? 貴族の三男って、そんなことをしなくても安泰な気もするのだけれど……?」


「うーん、どうなんだろうね。僕もその辺はよく分かんないや。でも……」


 クリンは微笑んで、わたしに言った。


「最初は単に興味本位だったけど。僕が【治癒術師】としての修行を積んでいるからお姉さんも助けられた訳だし。あながち無駄じゃないのかなって、そう思えてきたんだ」


「クリン……」


 ……何というか、クリンの瞳は少しだけ眩しかった。

 スラム街にいたあの頃、きっとクリンと同い年くらいのわたしならこんな瞳はできなかった。


 でも、だからこそ。


「守りたいとも思うし、きっとレオンが守りたかったのもこういうものなのかも」


「……? お姉さん、何か言った?」


「いいえ、何も。さて、ささっとお掃除を終わらせようかしら」


「でも終わった後、この前見たく体力を戻すためとか言ってまたバク転とかしちゃダメだからね? ……それにスカートなんだから、こうもうちょっと……」


 クリンはじーっとこちらを見ながら注意してきたけれど、なぜか後半の方は顔を赤くして目を逸らし、声も小さかったのでよくは聞こえなかった。


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