プロローグ〜アユステトの今夜の〆〜
ゆる〜く長く続けたいと思います。
「おはようございます。アユステト・アデカトです。」
老年の男がラジオマイクに向かって挨拶の言葉を述べる
「おはようございます。ウォーラリバー・カンナです。」
続いて、男より少し年下だが若々しい肌の女性が爽やかな声で挨拶をする
その口上を柔らかい表情で聴き終えた男は、すぐに真剣な顔へと変わり、
「”アユステトの今夜の〆(しめ)”でございますが・・・・。カンナ、今のご時世、世界各地の至る所であるイベントが行われていますが、何が起こっているかわかるかい?」
少し意味深なふくみをもたせて語りかけるアユステトにカンナは少し悩む様子で頭をかしげる。
「イベントですか?」
「そう、あるイベントが世界各地で起こっています。」
「んん〜〜?何でしょう・・・・?」
「カンナ・・・仮にもキミは若い頃バリバリのラジオMCだったでしょ。なんでそう最近、世間に疎いんだよ。」
「すみません、最近高等学校に通っている孫のことで頭がいっぱいなんですよ。」
恥ずかしそうに笑いながらも、孫への愛情を大ぴらにしているカンナをアユステトはジト目で睨み悪態をつく。
「お孫さん、”フォートバル”やっているんでしょ?だったら余計に知ってなきゃいけないことだよ。」
「そうなんですか、すみません。・・・それで、世界各地で行われていることって何なんですか?」
なるべく醜態は晒したくないカンナはそそくさと話題を振って現状から逃げていく
アユステトもカンナの逃げに勘づいてはいたが、これ以上はやぶ蛇なので話を戻した
「今、世界のあらゆるところで、ある2人の人物の追悼イベントを行っています。」
「追悼イベントですか?」
「そうです。」
「・・・・あ、そう言われれば、確かに最近、ニュースで見ましたね。アスト(※アユステトの愛称)さんに言われて思い出しました。」
「なんだ、知ってるんじゃない。」
「名前はわからないんですが。」
少しばかり興味を示してきたカンナにアユステトは身を乗り出すようにして、椅子に座り直す。
「その2人は男女1名ずつ。女性の名は”レスィーズ・フィル・フルート”、男の名は”エルマス・フルート”もとい、本名”エルマス・フエルテ”。」
「その、エルマス何とかっていう方の本名ってどういうことですか?」
「これねぇ、二人が婚約した時に男の方が名前を女性の方に合わせたらしいんだけど、正式な手続きはとってないから、あくまで通称なんだって。」
「そういうことですか。」
「しかし、なぜ今、この二人に対して各国が焦点を当て、さらに、あれほどの追悼イベントを起こすようになったのか・・・。これはね、カンナ。調べれば調べるほど、実に面白くてかつ奇妙なんだよ。」
「奇妙?」
アユステトの引っかかりのある言葉にカンナはまた首を傾げてしまうが、アユステトは構わず続けた。
「そう、奇妙なんだ。まず一つ。世界最大の魔法国家であり、今やこの世界の中心と言っても過言ではない、ゴドウィン皇国、この表現は間違っていないよね?」
「ええ、世界の誰もが認める大魔法国家です。」
「この皇国の皇王にして、”賢王”という異名で世界に名を轟かせた”ジェフ・ゴドウィン”、そんな彼が我がノッピン国の天皇との対談以外では絶対に着ないとされている敬服を身につけて送辞を述べたの。」
「ええ!?」
衝撃の事実にカンナの表情はたちまち驚愕へと変わる。しかし、アユステトはまだ続ける。
「それだけじゃないぞ、カンナ。エルフの楽園と呼ばれる神秘国家ネイクロットの深王や獣人連合国オンベス・ユニオンの大統領。人間の国でもそれぞれの国王や大統領が追悼の意を表し、世界フォートバル協会の会長たちも例会を中止にして、急遽追悼セレモニーを執り行いました。さらに、驚くなかれ、魔族の国のひとつである”スアーヴェ魔皇国”、大国ですねぇ。この国の女王が送辞をラジオ配信したって言うんで人間界の放送会社が大いに揺れたと聞いております。」
「世界の名だたる重鎮たちがこぞって追悼をするって中々にすごい人なんですね。私の理解の範疇を超えてしまっています。」
「一番驚いたのはね、この二人の訃報を聞いたある国の陸軍元帥が、隣国との戦争中に自分たちが勝っていたにも関わらず、敵国の宰相を訪ねて追悼イベントをしたいから停戦を申し入れたって言うから驚いちゃったよ。少なからず彼らの存在は、戦争を終わらせるほどの影響力がある。ということです。」
「凄すぎますね。」
「勝っていた側の陸軍元帥さんは、エルマス、フィル・フルートと同級生の親を持っていて、その親が彼らに助けられたということもあり、戦争している場合じゃないと言って、公平な停戦同盟を敵国に打診しました。敵国は停戦条約の締結にあたって、”神の導き”というタイトルが新聞を賑わせたらしいですね。」
「それ本当に起こった出来事なんですか?」
「起こったんですよ!しかも、その両国間の関係から鑑みてこの停戦条約を眺めるといかに歴史的なことかわかります。この両国間の小競り合いは、小規模なんですけど、必ずどちらかが全員死ぬまで続けられるんです。そんな凄惨な争いをやめてでも、両国との取り合いで追悼イベントを合同でやったんだから。」
「おお。」
カンナはぼんやりとだが、納得すると感嘆の声を思わず上げる。
「ただね、私が言いたいのはその戦争の事ではありません。いいか、カンナ。これほどの影響力を持った彼らが、なぜ、この現代の歴史から埋もれていたのか、ということです。」
「え?どういうことですか?」
「彼らは亡くなってから初めて世に出ました。失礼、レスィーズ・フィル・フルートはフォートバルの選手時代に一世を風靡した人気選手でした。正しくは、エルマスという男です。彼は、全くもって世の中に出てこなかった日陰者です。ですが、彼はこのような名だたる者たちに多大な感謝を受けています。そして、これが決定的なんですけど、彼がこの世を去って数日のうちに、各国、種族のいろいろな方の伝記が発売されました。これが意味するのはわかるよな?」
「えっと・・・・。彼の事について書かれた物が発売されたってことですか?」
「そうだ!!そして、この様々な方々の本を読み進めているうちに、徐々に浮き上がるエルマスという男の人生。それを今日から喋っていきたいと思います。あれ?時間一杯かな?それでは明日の卓上の〆で!」
そう言って、アユステトは決め台詞とともに上機嫌に席を立った。