転機
「あなた~朝ご飯ですよ~」
僕を呼ぶ声がする……そうか最後の夢をみてから朝までずっと書き通しだったな。
「あなた、じゃなくてお兄ちゃんだろ……沙樹」
「やだなぁ!冗談だよ、お兄ちゃん!昔はよくおままごとしたじゃない?あんな感じでまた旦那さんやってよ」
僕が進学して一人暮らしをはじめてから、ちょくちょく僕の家に通っていた妹の沙樹が僕と同じ大学に入ることになり、最近になって僕の家に居候することなったのだが……節約のためとは言えお互い恋人の一人でも居ておかしくない年頃だ。色々と不便なのではないだろうか、沙樹は身内贔屓もあるかもしれないが綺麗な子だ。きっとモテるだろうに。
「あ~私そういうのはいいの!ぜんっぜん興味ないから!だからお兄ちゃんも彼女とか作らないで私とずっと暮らそう?ね?」
沙樹はちょっと変だな……将来が心配だ……
「ところでお兄ちゃん、昨日は変な時間に起きてたけど大丈夫?それからずっと勉強してたみたいだけど……」
「なんで沙樹は僕の部屋の様子がわかるんだ……?」
「ええっ?!まあその、勘だよ!勘!それで何してたの?」
「前にも言ったろ?砂漠の夢の話、あれが多分終わったんだよ。だから記念に今まで見てきたこと全部書いておこうと思って」
「あの真っ黒お化けに食べられちゃう夢か~結局最後はどうなったの?」
そう聞く沙樹に、僕は話して聞かせる。僕は夢の中で沙樹の言う真っ黒お化けというものに呑み込まれるところで決まって目を覚ます。
そうしてまた眠りにつくと、真っ黒お化けと出会す少し前から再開されるという繰り返しを経て少しずつ塔へと近づいていた。
まるでゲームのコンテニューのような方式だ、残機は多分無限だろう……有限だったとしたら少し怖いので考えたくない。
件の地下道を歩き続けて四年が経ち、そのころ僕は十二歳になっていた。採光のため天井にあけられた小さな穴から、光と共に砂がキラキラと降る地下道を歩いていると一つの事実に気付いた。
あの黒い影達は太陽の光を避けているのだ、理由は皆目見当もつかないが光の下にいる限りは安全だ。瓦礫や砂さえなければ地上を通っていけば危険がないはずなのだが、進めないのでは仕方ない。この小さな気付きが僕らの大きな転機となる。
光から極力離れないように気をつけつつ進むことで、これまで何度も繰り返し失敗し続け膨大な時間をかけて進んだ距離を信じられない程の短時間で踏破できた。
そうして進んだ先には大きな広間があり、中心の溜め池か何かかと思われる大きな池を囲うように通路になっている。問題はその通路だった、採光の穴から射す光を避けて縫うようにびっちりと黒い影達がひしめいている。幸いこちらには気付いていないが、こんなところを通ることは不可能かと思われた。
「リュウ……ちょっと見てて」
そう言い赤髪の人はナイフを掲げ、手首を動かしながら何かのための角度を探っているようだった。そして、その角度が見つかった瞬間、彼女は通路の方を指差す。
「ほら、うまく光を反射させて奴らを遠ざけていけば……」
影達が押し合うように慌てて光から逃げていく。光を強く浴びたものは消え失せてしまったようだ。かなり危険な手段だが他に進む手立てはない。僕も腰に下げたナイフを手に取り、彼女と背中合わせになり死角を作らないよう慎重に進んでいった。
「リュウ……少し急ぐよ。日が陰ってきた……このままじゃ」
慎重すぎた僕らは太陽が沈むまでに間に合うかどうか、かなり危うい状況のようだ。そうこうしているうちに焦りが出たのか僕は思い切り転んでしまい、そこを影達に襲われて目が覚めた。
そうした失敗を繰り返しながら四年、僕らはようやっと難所を抜けることが出来た。僕はもう十六になっている。赤髪の人と抱き合って喜びを分かち合う僕だが、すっかりお年頃となった僕は彼女に少しだけ恋心を抱くようになっていた。
それは夢の中の僕の心理というよりは、夢を見ている僕の心理というべきで、何年もの長い付き合いがあり、共に冒険をしてきた彼女に特別な気持ちを抱くこと自体は不自然なことではないと思う。
当然彼女は夢の中の人なのでどれだけ好意をもっても意味などないのだが……ただこうして二人で喜びを分かち合える事が僕には嬉しかった。
「リュウ……喜んでばかりもいられないみたいだよ。ほら……夜がくる」
遥か西の砂丘の向こうに落ちていく太陽、それは僕らがこれから迎える最大の危機を告げる合図だった。