サプライズ〜春菜の入学式
秋も深まり、美幸が前の旦那、黒田龍郎と離婚してから半年。ようやく入籍だ。
美幸は、新居の近所の人や、幼稚園のママ仲間、私の新しい職場の同僚の奥さんなどとはそこそこ付き合っているが、今までの人間関係はズタズタのまま。
結婚式はしたくないと言う。
でも、「私のためのドレス姿を見せて欲しい」と頼んで着てもらい、私と春菜も合わせて写真に収めてもらった。
あとは春菜と3人で食事をして結婚式はおしまい。
いつも、ファミレスとか手軽な所ばかりなので、今回は高校時代の友人が経営するレストランでフルコースを取ることにした。
彼は、あの事故のあとも普通に付き合っている数少ない友人。メニューの打ち合わせをしながら、今までのことも色々と話す。
「で、優ちゃん。何時に来るつもりだ?」
「午後7時だけど」
「じゃあ、悪いけど時間厳守でな」
「どうして?」
「やっぱり、段取りってものがあるからだよ。待ってるぜ」
市役所で入籍したあと、スーツに着替えて車でレストランへ向かう。
外は冷たい雨が降っている。
レストランの入口には「本日、予約の方以外はご利用できません」・・へえっ、割と流行っているんだ。
ドアを開けると
「わーっ」「おめでとう!」という歓声やクラッカー、拍手が鳴り響く。
どういうこと?
客を見ると、高校時代の友人、バス会社の同僚、以前のバス会社の先輩、そして、両親と伯父夫婦・・・・
春菜の幼稚園のお友達とその両親が3組ほど。例の刑事の祖父を持つお友達も、ママの淳子さんと親子三世代で一緒に座っている。
見たことのない女性たちもいるが、美幸が目を丸くしているので美幸の関係者だろう。
オーナーの友人が、「話は後だ。乾杯しよう」と私たちを上座の席に座らせる。
何だか訳の分からないうちに乾杯。
歓談が始まった。
「おい、どういう事だよ」「ごめんごめん」
オーナーの話だと
結婚式が親子3人だけの食事とはかわいそうだ。何とかしなきゃ、と思っていたら、奥さんの友人の後輩が、美幸と龍郎との結婚式に出ていたために席次表を持っていたので、借り受けた。
更に、私と恭子の結婚式の席次表も使い、当時参列した人に声をかけた。
再婚までのいきさつや、(美幸に対する)誤解を解いて欲しいと。
美幸の知人は、美幸が春菜のママを志願したことで感動し、進んで出てくれた人も多かったとのこと。
何だかんだで、席次表に書かれた人の三分の一ぐらいは出てくれたようだ。
ほらほら、美幸の知人がぞろぞろと
「同窓会除名なんて言ってごめんね。昔通りに仲直りして」
「ご主人を止められなかったと聞いてクビにしたけど、戻ってきてくれますか? 今でも『美幸先生』って言う子どもまでいるんですよ」(気持ちはありがたいけど、今は無理だ・・)
「ひどいこと言って・・許してなんてとても言えないけど・・許してください」
「美幸、今度は幸せになるんだよ」
私の知人友人も挨拶に来たが、男なのであっさりとしたものだ。
ふと部屋の中を見ると、あれ?、会場内のどの席にも酒が1本もない。
「どしたの、コレは?」
「全く商売あがったりだよ。誰もアルコールを頼まないんだものwww」
退屈した春菜は、お友達と一緒に会場を歩き回っていたが、
「パパ!、おじいちゃんとおばあちゃんがいるよ!」
えっ、なんだって、私の両親も、美幸の両親も来ているのに・・・
私と数人の出席者が窓に駆け寄ると、恭子の両親が店の前をうろうろしていた。
「お義父母さん!」私は外に飛び出すと二人をつかまえた。
「どうしたんですか?」
「今日孫が来ると聞いて、外から覗いたんだが、一目会いたくて、出てくるのを待っていたんです・・」
恭子の父母は、すっかり老け込んでいた。寒さに震え、上着が雨で濡れているのが痛々しい。
一人娘の死の遠因が娘の不倫にあったと聞かされたとき、二人は卒倒し、遺骨や遺品を引き取った後はすっかり引きこもっているらしい。かつて、「恭子を返せ」と美幸に殴りかかった勢いはない。
「娘のしたことは人の道に外れた事ではありますが、一目でいいから孫に会わせてください」とひざまづくと
「あ、おじいちゃんとおばあちゃんだ!」春菜が様子を見に来た。
「おお、春菜。大きくなったなぁ」恭子の両親は、玄関先にひざまずいて春菜をじっとみている。
「さあさあ、皆さん。席について。春菜ちゃんのおじいちゃんたちも何か食べていってくださいよ。今からサプライズしますから」玄関にオーナーがやってきて、声をかけた。
私の両親の席にテーブルが継ぎ足され、恭子の両親が座る。春菜もそこに加わるように促される。
テーブルでの私の両親との話し合いで、恭子の両親は、娘の忘れ形見であり、血のつながった孫である春菜と今後も時々面会できることになった。
私と美幸は元の席に座ると・・・・・大きな生ケーキが運ばれてきた。
「さあ、ケーキカットですよ!」とオーナー。いきなり音楽が結婚行進曲に変わる。
横の壁には、プロジェクターで私と美幸のドレス姿の画像も映し出される。(写真屋からデータを提供してもらったらしい)
思いがけないケーキカット。万雷の拍手の中、美幸も最初は笑顔を見せていたが、気がつくと、涙の粒がケーキを囲んだ花に垂れていた・・・
自宅に帰り、春菜を寝かしつけた私たちは、格別の思いを込めて床に入った。
婚姻届受理証明書も枕元に置いた。
今日から避妊の必要はない。
生まれたままの姿の美幸、感激に震えながら、私から放たれたものを体の奥深くに受け入れた。
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翌々年の4月。春菜は小学校の入学式を迎えた。
自宅には美幸の母親が来ていて、2月に生まれたばかりの娘・桃菜とお留守番してもらうことになっている。
美幸の母親も、初孫を独占(?)することができて、嬉しそうにしている。
小学校の正門前で写真を撮り、春菜を教室に送り出して会場の体育館へ。
保護者席に座ると、美幸はピンクのバンダナに包まれた 文庫本ぐらいの大きさのものを取り出した。
「美幸、それは?」
「恭子さん(の遺影)。春菜ちゃんを産んでくれたお母さん」
「美幸、いいのか・・・・」
「うん。私ばっかり幸せすぎて、申し訳ない・・・それに、あなた・・」
実は、今日の朝のこと。
着替えや桃菜の預かりでバタバタしている中、私は書斎にこもり、机の奥から恭子の遺影を取り出すと
「恭子、春菜は小学生になったよ。」と声をかけた。
写真の中で微笑む恭子を見つめると涙が浮かんでくる。
私と美幸の間に桃菜が生まれて2ヶ月。
育児は大変だけど、桃菜を嬉しそうに抱く美幸の姿を見て、生まれたばかりの春菜を抱く恭子の姿と重なってしまう。
確かに、恭子のしたことは良いことではない。
恭子はそれをしなければ命を落とすことはなかった。
だけど、酒飲みドライバーのせいで、一瞬で死ぬなんてあまりにもひどすぎる代償だ。
「恭子、春菜はもう自分の名前を書けるんだよ、カレー作りのお手伝いもできるんだよ」・・おれは恭子に語りかける。
春菜のランドセルを背負った姿や、花嫁姿を見たかったことだろう。
自分の子どもの入学式に出ることができず、さぞかし無念だっただろう。
私は、机の上に遺影を立てかけると、「入学式のご案内」を供えて部屋を後にした
が、美幸はその遺影を、恭子が好きだったピンク色のバンダナに包んで持ち出したのだ。
他の保護者の手前もあり、美幸は遺影をバンダナから出すことはしなかったが、子どもたちが見える位置に遺影をかざしていた・・・・
最初は別のサイトで18禁小説として投稿したのですが、18禁にするのは惜しい話なので、内容を大幅に改変して書いてみました。
それにしても、酒気帯び運転や飲酒運転の刑罰、軽すぎませんか?
お金で済ませるだけではなく、たとえ1ヶ月でもいいから、専門の施設に隔離しないと治らないのでは。
お客様のためにハンドルを握る者として、痛切に感じます。
2010.4.10 大幅改稿。