旅行の計画
そんなある日。
春菜は幼稚園に行っているが、私は泊まり勤務、夕方会社に行けばいいので二人でのんびりしていた。
そこで、ハネムーン代わりの旅行を提案した。
「7月の上旬なら連続して休みが取れるって。どこ行く?」
「ディズニーランドではどうですか?」
「ディズニーランどぉぉぉぉぉっっ?? 」
私は、意表を突かれた。
春菜が2歳の時に1回と、ドライバーとしてツアーで行ったときにバスガイドに誘われて2、3回行ったけど、いつも混んでいてやだなぁ……飯喰うのも乗り物も行列じゃん……
「だめ……ですか?。」美幸は泣きそうになった。
「そうじゃないけど……ディズニーランド『で』いいの?」私はイヤそうに言った。
もっとのんびりできるところにしようよ。梅雨のない北海道とか……、と言いかけたとき……
美幸は目を伏せると遠慮がちに語った。修学旅行で初めて行ったディズニーランドが楽しくて、再び行きたいと思った。
ところが、初めて付き合った彼はアウトドア派で山や海ばかりだったし、二番目の彼=前の旦那は「そんなガキみたいなところ行けるか」と一蹴され、温泉に行っては酒ばかり飲んでいた。
そこまで言うと、感情を抑えきれなくなって泣き出してしまった。
「やっぱり、人殺しの私なんて、連れて行ってもらえるわけないよね・・生意気言ってごめんなさい」
「美幸……そこまで……」私は、何か腹が立ってきた。
彼女や奥さんがそこまで行きたがっているのに連れて行かない男たち、未だに美幸に「私は人殺し」なんて言わせたあの事故。そして、いつまでも卑屈な態度をとり続けている美幸にも……
私は、美幸の腕を掴むと、「美幸!付いてこい」
美幸は長袖Tシャツにジーンズ姿で、化粧もしていなかったのだが、サンダルを履かせると、無理矢理車に押し込んだ。
「あなた、どこ行くの?、私、何か気に障ること言ったの?。ごめんなさい。許してください。人殺しの分際で、二度と生意気なこと言いませんから。許して・・私は一生償っていくんですよね?。一緒に居られてご飯食べさせてもらうだけで美幸は満足です!!……お願い……」
頭に血が上っていた私は、泣きながら詫び続ける美幸を慰めることも忘れ、無言のままショッピングセンターに車を入れた。
ドアを開け、美幸の腕を掴み、髪を振り乱して通路を駆ける。
美幸は戸惑った表情のままついてくる。というか引きずられていく。
息を切らせて着いたのは、旅行会社のカウンター。金曜日の開店直後なので、他の客はいない。
「すみません、ディズニーランド、一つ下さい」
「えっ?」係の人は戸惑っていたが、すぐにパンフレットを取り出して説明してくれた。
日程と家族構成を伝えた後、「ご希望のホテルは?」パンフレットには何十軒のホテルが載っている。
「…………」「では、ご予算は?」
「いくらでもあります・・じゃなくて、何も分からないので・・美幸、どこにする?」
美幸はといえば、パンフレットの別のページに釘付けになっていた。
アトラクションやキャラクターが載っているページを食い入るように見つめながら、涙をぽたぽたとたらしている。話が耳に入っていない。だめだこりゃ。
「あのぅ……お任せします……近いところで」
「そうですねぇ・・・では、私のオキニのホテルでいいでしょうか?」
「そ、それなら間違いないですね」「WWW」「WWW」
旅行社の人は、ディズニーランド近くのホテルを取ってくれ、手付金を支払った。
美幸はと言えば、パンフレットを握りしめてべそべそと泣いたままので、そのまま屋上へ。平日なので誰もいない。
「美幸、ホテル取っちゃったよ」
「すみません、勝手なこと言ってしまって・・・ごめんなさい」
「美幸・・私たちはもうすぐ夫婦なんだ。ねえ、いつまでもそんなんじゃ、こっちも気が重くなるし、辛いよ」
「……ごめんなさ……」
「そうじゃなくて、、、俺たちの出会いって、不幸極まりないかもしれない。けど、出会いはどうであれ、俺は美幸のことが好きで奥さんにしたんだ……美幸は慰謝料の現物支給でも召使いでも人身御供でもないんだ。美幸は人殺しなんかではないんだから!!。人殺しとか償いなんて言うの、もうやめてよ。」
「えっ」
「これから一生、一緒に過ごすんだ。お互い、意見を出したり、一緒に笑ったり、怒ったり、時には喧嘩になってもいいから、夫婦らしくしようよ」
「うわーん」美幸は私の胸に飛び込むと、くぐもった声で号泣した。
傍らを通るガードマンが怪訝な顔をして見ていく。
ひとしきり泣き終わった後、涙でくしゃくしゃの顔をした美幸、目をつぶって唇を突きだした。しばらくキスして抱きしめる。
「さて、お昼食べて帰らないと。春菜が幼稚園から帰って来ちゃうよ」
「私、車の中で待っていますから、お弁当買ってきてもらっていいですか?」
「お弁当でいいの?、食べていく時間ぐらいはあるよ」
「こんな顔じゃ、店の中歩けない……」(すっぴんで泣き腫らした顔……)
「WWWWW、確かにひどい顔」「もうっ、ひどい」
春菜の帰りを迎え、ディズニーランドの事を話すと大喜び。
夕方、私は会社へ出勤。夜の路線バスを最終まで運行し、仮泊して始発バス〜早朝のバスも運行し、家に帰る。
今日は土曜日。いつものように美幸と春菜が夫婦のベッドで寝ていたので、私は書斎のソファベッドで再び爆睡……
ん?、居間から美幸と春菜が言い争う声やドタバタと走り回る音が聞こえる。
今日は土曜日で春菜はお休み。時計を見ると朝の10時。
「おはよう、何やっているんだ?」
「わーん、ママが私のこと、ぶった」
「叩いてないわよ。春菜からコレを取り返そうとしたら手が当たったのよ。春菜こそどうしてママのこと叩くの?」
「あたしにも見せてよ。ママばっかりずるい」
「だめ、これはママのよ」
何か物を取り合っている様子。よく見ると、昨日、旅行会社でもらったパンフレット。
1日しか経っていないのに、紙はボロボロ、ページが取れたり破れたり。
私が仕事に行ってからずーっと眺めていたんだ・・・・
「もう、美幸も大人げないんだから。」
「すみません」
「美幸、春菜。出かける支度しなさい」
「あなた、仮眠はもういいの?」
「こんなうるさくちゃ寝られないよ。」
「ねえ、どこ行くの?」
「本屋。ガイドブック買ってあげるから。1冊ずつだよ」
「わーい」
「その代わり、夜、お風呂でお父さんの背中を二人で流すんだよ」
「はーい」
ハンドルを握った私は、後部座席でワイワイと楽しそうにしている二人の表情を見て、少し涙ぐんだ。
やっと、普通の家庭らしくなった。
半年前のクリスマス前。プレゼントを買いに行く途中、後部座席で騒いでいたのは、故・恭子と春菜だったっけ…………
「恭子……ごめんな。俺ばっかり幸せになって……」私がつぶやくと
(あなた、いいのよ。私の方こそ、あんなにひどいことをしたんだから。春菜のこと、お願いします。) 恭子の声がしたような気がした。今度、一人で墓前に行ってくるか。
私がそんなことを考えていると、後部座席の二人も静かになった。朝から騒ぎ疲れたのだろうか??
……結局、その日の午後、本屋で買い物をして食事をしたあと、みんなで恭子の墓参りに行った。恭子の大好きな、ピンク色の花を供えた。
車の中で、春菜も
(春菜、美幸お母さん、やさしくてよかったね。新しいお母さんの言うことよく聞いて仲良くするんだよ。何もしてあげられなくてごめんね。)
という恭子の声を聞いたというのだ。
さらに、美幸も
(美幸さん、前の旦那さんのことは許せないけど、あなたのことは許します。主人と春菜のこと、一生懸命にやってくれてありがとう・・・主人が喜んでいる顔を見て、安心しました。でもね、あの人、少し尻に敷くぐらいが丁度いいのよ。リードできる所はリードして、少しは主人を楽にしてあげてね・・よろしく)
と恭子の声。
(恭子の生前の姿を収めたビデオが残っていて、美幸はそれを見たことがあり、声を知っている)
5歳の娘を残し、お腹に命を宿したまま、胎児と共にあの世に旅立ってしまった恭子。
私、美幸、春菜は色々な思いを込めて墓前に涙し、幸せになることを誓った。