古い生活との訣別
GWは仕事のかたわら、家の片づけをした。
その頃、美幸の家からの荷物も引き上げた。
同居をはじめてから今まで、美幸の着替えや身の回りの品は早朝、もののけの如く少しずつ取りにいっていたが、今回は完全に家を空けることになる。
イエを分ける形になるので、元旦那側は姉と義兄が立ち会い、こちらは美幸が立ち会うのだが……
「私、何か怖い。優哉にも来て欲しい」
「でも……」
そう、私の立場は今のところただの「彼氏」。でも、見守ってあげたい。
そこで、引越屋からユニフォームを借りて、引越屋に化けることにした。バレバレだけど、私のポジションを明確にしたというわけ。
ちなみに、被害者と加害者と言う関係から近所への手前、これまで美幸の家に行ったことはなかった。
当日、引越屋の服を着た私が目にしたものはあまりにも凄まじい光景だった。
庭の草木は1本残らず枯れ果て、樹木は蹴り倒されていた。おまけに、テレビや自転車などが捨てられている。
ドアにはスプレーで「人殺し」と殴り書き。
玄関先に立っていた郵便受けは焼けこげ、雨戸にも意味不明の落書き。
室内に入ると、何かが腐ったような匂いがして、居間は乱雑に散らかっていた。
室内や廊下のあちこちに酒の瓶や缶が転がっている。
2階の部屋は万年床ながらも少し片づいていた。私の所に来る前、美幸はこの部屋に寝起きしていたのだろう。
美幸は、私の腕を掴んで離さなかった。
やがて、美幸側、元旦那側の引越屋、産廃業者、弁護士、義兄たちが到着した。
私の姿を見た義兄たちは、ハッと気がついたようだが、美幸が何か囁いて、普通に挨拶しただけで作業開始。
とはいっても、美幸は自分の服や私物以外には頓着せず、高級家具や電化製品など金目のものは元旦那側のトラックに積み込まれていく。
近所の人が集まってきて、ひそひそ話をしながらこちらを見ていた……
お昼過ぎ。トラックは去って家はすっかりカラになった。
不動産屋、ペンキ屋、土木業者、清掃業者がぞろぞろやってきて、落書きを消したり、焼けこげたポストを撤去したり、家の中を片づけたり、庭を更地にしたり・・・
私と美幸、姉夫婦は庭に立ちながら、この様子を見ていた。
「義姉さん、義兄さん、龍郎のこと、お願いします」と美幸
「美幸・・・本当に辛かったね。龍郎のことは私たちに任せて。・・・優哉さんと春菜ちゃんのことだけを・・・・」と姉は言葉に詰まってしまった。
姉だけではなく、お互いに言葉がでてこない。姉や義兄もある意味では被害者。相当な社会的制裁を受けてきたようだ。(あの事故以降、加害者の母親はショックのために認知症が進行してしまったという)
立ちすくんだままこの光景を見ていると、
「すみませーん、封鎖しますよ〜」と不動産屋
道路に出ると、職人さんが門扉に針金を巻き、大きな看板を取り付けていた。
「管理物件。許可なく立入を禁止する。△△不動産」
「それでは、美幸さん、お元気で。優哉さん、美幸さんのことよろしくお願いします」
「お姉さんもお義兄さんもお元気で。さようなら」
こうして、美幸の1回目の結婚生活が終わった。
私同様、連れ添ってきた相手に「さよなら」も言えない幕切れだった。
6月に入ってようやく表面上は落ち着いたように見えた。
幼稚園でのママどうしのつきあいが心配だったが、淳子さんという顔役のママさんの父親が今回の事故を担当した警察官で、私と春菜と美幸の事情を知っており、他のママから庇ってくれるようだ。
ただ、幼稚園以外の美幸の人間関係はズタズタのままで、人間不信に陥っている。
時折美幸は、元旦那からの暴行暴言や、事故の後に他人から受けた色々な暴言がフラッシュバックで蘇り、時々大泣きする。一度だけだが、淳子さんから職場に電話がかかってきた。
「遊びに来た春菜ちゃんを送っていったら、美幸さんがパニックになっていて手に負えない。春菜ちゃんは私の所で預かって食事も食べさせていますから、仕事が終わったら引き取りに来てください」と。
私がしばらく抱きしめると治るのだが、そのあとは思う時がある。
「どうしてこんな奴、嫁にもらったんだろう」
(実家の方には、女房に先立たれた私に対し、見合い話が何件か来ていたらしい)
でも、バスに乗っている母子の乗客を相手にしていると、やっぱり恭子を失った時の事を思い出してしまう。春菜と二人で出かけたショッピングセンターで母子連れを見て涙したときのことを。
そんな夜は、美幸を抱きしめ、髪に顔を埋めたり、裸になってもらって全身撫でたりすると気持ちが落ち着く。美幸は、私のために、シャンプーの銘柄を恭子が使っていたのと同じものに替えてくれた。(というか、最初にウチで風呂に入ったとき、恭子の使い残りを使ったら気に入ったそうな)
今、美幸を失ったら・・・・・・思うだけで胸が苦しくなりそうだ。