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奥さんの償い

そんな春休みのある日の夕方。美幸さんが帰ろうとしていたときのやりとり。


「パパ、お腹すいたよ」

「そこにお弁当があるから」

「お弁当、飽きちゃった」

「他に食べるもの買ってないよ」

「ちぇっ…………」春菜の悲しそうな顔。春菜……ごめんな。


「美幸さん、すみません。見苦しいところをお見せして」

「いえ、ではそろそろ……」と美幸さんが帰ろうとしたとき……

電話が鳴った。会社からだった。


近くでお客様を乗せた観光バスが事故に巻き込まれ、代わりのバスを向かわせることになったが、ドライバーがいない。4時間ほどで終わるから来てくれないか、と。


こういう事は時々あり、近所の先輩の奥さんに預かってもらうのだが、今日は家族旅行中……困ったぞ……

「あの、私、春菜ちゃんみていますから」

「いいんですか?」

「どうせ家に帰っても一人だし……」

「春菜、お姉ちゃんとお留守番でいい?」

「うん」


美幸さんには春菜のお風呂も頼むことにして、春菜の着替えやタオルの場所を教えた後、会社に向かう。

バスは桜並木がきれいな街道沿いへ。事故で呆然としている花見帰りのお客様を帰着地にお送りし、家に帰った。

家に帰る前、自宅に電話したところ、春菜はすでに寝ていて、食事も用意したとのこと。美幸さんには悪いことしちゃったかな?


「美幸さん、おまたせ」……ん?……家の中が調味料の匂いで満たされていて、台所には、食器の他、鍋やフライパンも洗って伏せてある……

「美幸さん、ありがとう。……これは?」

「やっぱり春菜ちゃん、お弁当食べてくれなくて・・・それで」

美幸さんは、春菜の手を引いて近くのスーパーに行き、材料を買って食事を作ってあげたとのこと。

その後二人で風呂に入って、春菜を寝かしつけてくれた。



「よろしければ、優哉さんの分もありますから」

「ありがとう」

「あと・・・・言いにくいんですが………すみません……」

美幸さんはおずおずとスーパーで買ったレシートを私に差し出した。3000円弱の材料費を立て替えたら、財布の中身が小銭だけになってしまったとのこと。

そこまでして料理を作ってくれたとは……春菜にもお金持たせていたのに……私は、苦笑しながら五千円札を渡した。


美幸さんの心がこもった食事を食べ、食器を片づけても、美幸さんは帰る気配はない。

「美幸さん、もう遅くなってしまったね……」

「優哉さん、お話しがあります。いいでしょうか?」


そう言うと、美幸さんは正座した。


「あの・・慰謝料の話の続きなんですけど」

「美幸さん、その件は もういいって言っているでしょ」

「でも・・」

「スーパーで肉や野菜を買っただけで 財布が空になる人から慰謝料なんて取れるわけないじゃないですか!!。あんたは何にも悪くないのに!!」

私は思わず声を荒げてしまった。


「そうじゃないんです!!」美幸さんは泣き出してしまった。

「??」

「あの、、私、私が慰謝料代わりじゃ迷惑ですか?」

「えっ」


「私、春菜ちゃんのママになります」

「そんな、美幸さんには旦那さんがいるし、そこまでしなくても…………」

「私があのとき(主人を)止められなかったのが悪いんです。奥さんと赤ちゃんを殺したのは私なんです。それに、春菜ちゃん、ママがいなくてかわいそうです。見ていられない……私、主人とは別れます……」


「そんな……美幸さん。まるで人身御供だよ……」

「私、もうあの人はこりごりです。でも、家を出ても生きていく自信がないし・・・それよりも何よりもあなたのことが……好きになったんです。勝手なこと言ってごめんなさい」あとは嗚咽になってしまった。


 

私は、ハンマーで殴られたような衝撃を憶えた。

被害者の夫と、加害者の奥さんが再婚するなんて考えもつかなかったのだ。

でも、美幸は酒飲み&ルール破りで暴力を振るう夫と別れたがっているし、私も妻と子(?)を奪った憎むべき飲酒運転犯から最も大切なモノを奪えるわけだし、何と言っても、美幸のこと、好きになってしまっていた。


「わかった……美幸、喜んでいただくよ。実は・・俺も美幸のことが好きになってしまったんだ。春菜のママになってほしい。私の妻になってほしい。美幸のこと、一生大切にするから……」


美幸は、私の胸に飛びつくと号泣した。

旦那の暴力、二度に渡る旦那の逮捕、身内や近所の人から受けた冷たい仕打ちや数え切れないほどの嫌がらせ、クビになった職場…………でも、いちばん自分を憎んでいるはずの、被害者のご主人が一番私のこと思ってくれている…………美幸は一生尽くしていきたいと嗚咽しながら言ってくれた。



美幸のあまりの号泣ぶりに、春菜が起きてきた。

「パパ、お姉ちゃん……どうしたの?」

美幸はハッと飛び起きた。

「春菜、お姉ちゃんが春菜の新しいママになりたいって言うけど、いいよね?」

「うん。お姉ちゃん、死んじゃったママよりずっとやさしいもん」

(恭子がいくら母親でも、間男がいれば子どもには邪険になるよな……)密かに思った。


「優哉さん、春菜ちゃんをもう一度寝かしつけますから、お風呂に入ってください」

すっかり女房のような仕草だ。まあ、いいか。



風呂から上がると、美幸が寝室から出てきた。

「春菜ちゃん、寝ましたよ」

「ありがとう……」

そう言いながら、私と美幸は並んでラブチェアに座る。


美幸がもたれかかってきたので、肩に手を回して抱き寄せると美幸は緊張した面持ちで目をつぶっている。私は、頬に手を当てると、唇を合わせた。

美幸は抱き返してくる。


唇を離すと、美幸は、私の手を胸に誘導した。


長袖Tシャツ越しに触る胸は、見かけより大きく、Cカップはあるかと思われた。

軽く触ると「んんっ」と鼻を鳴らす。


そのまま、私と美幸ははじめて結ばれた。


さすがに日付も替わっていて、今夜は泊まっていくという。

とはいっても、美幸の寝巻なんて置いていない。

Tシャツだけはバザーに出すつもりでいたビールの景品(新品)があったけど。

私は、美幸を抱きしめる。と、美幸の寝息が聞こえた。


安心しきったような、澄み切った寝顔だった。



翌日、一旦帰宅した美幸は着替えの入ったスーツケース1つを持ち込んで、実質的に同居をはじめた。


さらに弁護士に報告して、行動を起こしてもらう。

離婚交渉と美幸たちのマイホームを含む財産分与は、旦那に非があるとはいえ、美幸の側から離婚を申し立てたと言うことで折半、旦那の取り分は出所後の更正資金と言うことで旦那の実家(実家を守っている義兄)に託した。

旦那は、自身の二度に渡る逮捕で、離婚は覚悟していたようだ。ただ、充分な取り分を確保してやったので、すんなり離婚に応じたともいえる。



ちなみに、民法の規定(半年再婚禁止)で、私と美幸の正式な結婚はもう少し先になる。

(最初に体を合わせた時は避妊どころだはなかったが、美幸が熱望する子作りは半年後の入籍まで待つことにした)


前妻恭子と水子の位牌や遺影、代表的な遺品は前妻の実家に引き取ってもらった。

前妻の事故死の遠因が不倫だったと聞かれたとき、両親は気を失ったらしい。私が再婚すると恐る恐る伝えても、特に抗議は受けなかった。

ただ、春菜が将来、生みの親について知りたくなったときのため、アルバム1冊分のスナップ写真と家族で写したDVDのコピーは手元に残した。



加害者の奥さんと再婚したことで、一部の同僚からの風当たりが強くなったことや、再びツアー中心の仕事を命じられたことから、私は、観光バスから降り、路線メインのバス会社に転職した。

一度だけツアーに出たら、春菜から怒られてしまったのだ。

「ママかわいそうだから夜は帰ってきてよ。パパが居ないとき、ママ、一晩中泣いていたんだよ」

給料は安く、時間に厳しい路線の仕事は大変だが、できるだけ泊まりの仕事が少ない会社を選んだのだ。


住まいは、社宅を出て、隣町で売り出していた小さな建売住宅を即金で買って引っ越した。

春菜は新しい幼稚園に転園したが、すぐに新しいお友達を連れてくるようになった。

ママ友の一人が、事件を担当した刑事の娘だったのにはびっくりしたが。

美幸は元保育士なので、春菜のお友達のママたちの信頼も得られたようだ。



家を一括払で買っても慰謝料や保険金は残っており、当面は生活に困らない。

美幸の足だが、買い換えたばかりの恭子の軽自動車をそのまま使うという。買い換えを打診したが、美幸は「私に新車なんてもったいないよ」とのこと。

そう、美幸には しばらく専業主婦をしてもらうことにした。キャリアウーマンはこりごりだよ。

美幸自身も、今まで世間に冷たくされてきたことから、一人での外出を好まない様子。

私と一緒に居られない時は、たいてい家にいて、出かけるときはいつも春菜と一緒だ。



ちなみに、我が家に酒は一切置かないことにした・・・・・・私も美幸も、酒なんて見たくもない。

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この話は
主人の過ち【改】のクロスオーバー作品です。

― 新着の感想 ―
[良い点] 「不倫しでかす実親」よりも「倫理観を有する義親」の方が子供さんにとっても良さそうとは素直に思います。 [気になる点] 離婚交渉と美幸たちのマイホームを含む財産分与は、旦那に非があるとはいえ…
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