妻の事故死
この作品は、ノクターンノベルズ作品「加害者の奥さん」からアダルト描写を削除したものです。
私:優哉は34歳の観光バスのドライバー。無事故無違反のベテランと言われている。家族は、妻 恭子(32・公務員)と、幼稚園年少の娘・春菜。
仕事で 数日間のツアーのハンドルを握っていた冬のある日の深夜、宿舎で寝ていると、会社から
「奥さんが交通事故で亡くなった」と連絡が入った。
現地人材派遣会社のドライバーにツアーの続きを託し、私は朝一番の新幹線を乗り継いで地元の警察へ駆けつけた。
妻・恭子は、娘の春菜と共に上司の車に乗っていた。深夜なのに。
信号待ちで停まっていると、左側の脇道から猛スピードで車が突っ込んできて、助手席の妻は即死。
上司の男は重傷で、後部座席、チャイルドシートに乗っていた娘は無傷だった。
そして、20代の若い加害者は酩酊状態。
ドリンクホルダーには飲みかけの酎ハイまで置いてあったとのこと。
飲酒運転の現行犯で逮捕、収監された。
で、幼なじみの刑事に耳打ちされた。
「おい、やばいぞ」・・続く話は衝撃に満ちたものだった。事故当時、男性のズボンは半脱ぎ状態、妻の服も乱れ、前屈みで頭は男の股の間。通常、車に乗る姿ではない。
さらに、遺体を検案した医師が不審に思って調べた結果、妻は妊娠2ヶ月。
つまり、妻は不倫相手と浮気の後でドライブしていたときに事故に巻き込まれたというわけ。シートベルトをしていた男と、チャイルドシートに固定されていた娘は助かり、妻は死亡。
自宅(社宅)は狭いので、妻の遺体は葬儀屋に葬祭ホールの通夜室へ運んでもらう。
それとともに、娘は遠方から駆けつけた実家の両親に託す。
妻に付き添っていたいところだが、出張先から警察に直行したので、身支度のため一旦自宅に帰る。遺影用の写真も用意しなくては。
春菜と両親が出ていった後、改めて妻の持ち物を探すと、男と裸でいる写真とか、けばけばしい下着なんかが出てくる。
ここ数ヶ月、妻とは数えるほどしか交わっていない。
なのに、妊娠??。不倫の証拠も多数・・・・・
葬儀屋から、「打ち合わせをしたいので、ホールに戻ってくれませんか」という電話が入るまで、私は自宅で呆然としていた。
葬祭ホールの控室では、葬儀屋の他、警察の事情聴取や保険会社の担当者の挨拶も始まったが、話そのものは自分でも驚くほど冷静に対応した。単純な悲しみの感情だけ抱いていたのではないのだ。妻の死。だけど妻は私を裏切った。あんな夜中に娘を連れて、男と一緒に何をしていたのだろう。
警察から返された妻の携帯のメールボックスを見ると、間男(上司)とは頻繁に会っていたことも分かった。
通夜の席上、交通安全運転協会の老職員に連れられた一人の若くてきれいな女性が挨拶に来た。飲酒運転をした加害者の奥さんだという。
事故からわずか1日しか経っていないのに、奥さんはやつれきっていた。
私と娘に向かって土下座する姿が痛々しい。奥さんには罪はないのに・・・・
そこに、妻の両親が「恭子を返せ!」と金切り声を上げて、奥さんの胸ぐらを掴み、頬を叩き出すが、私は止めに回った方だった。
葬儀には、加害者の母親と(母親の車椅子を押した) 、加害者の兄と名乗る人物が出ていた。
(通夜の後、恭子の親が加害者の奥さんの出席は断っていた。父親は故人、姉はショックで寝込んでしまったとのこと)
母親は呆けた表情をしていたが、加害者のお兄さんは春菜の様子を見て、涙を流して唇を噛んでいた。
・・・・・・・
質素な葬式を出した後、保険会社との交渉とは別に弁護士を頼んだ。
不倫相手に対する慰謝料交渉だ。
弁護士は、医師や近所の人の証言、小児科の医師や専門家立ち会いで得た娘の証言(私が3泊以上のツアーに出ているときはたいてい「おじさん」と「ママ」が会っていたと)、事故の書類、メールの控えを始め証拠の品々をもとに、事故の遠因となった不倫問題について交渉をしてくれた。間男の顔なんて見たくない。
妻の上司、公務員である40代の間男は病床で「避妊しないで不倫・・妻を妊娠させた」事実を認め、示談は成立。慰謝料が支払われることになった。
シートベルトをさせずにイチャイチャしていたのが生死を分けてしまったので、相場より増額してもらったとのこと。間男も、事故の衝撃でシンボルをかみ切られそうになり、それなりの後遺症は残るらしい。もちろん、間男の家庭は崩壊し、慰謝料支払いのためにマイホームは売却。職場はなんとか依願退職にもちこんで、退職金も慰謝料に回るそうだ。
弁護士が「あんたは、恭子さんとのこと本気だったのか?」と尋ねたら
「二人とも遊びだった。自分は4月に転勤が決まっているので、そうしたら恭子さんとは別れることになっていた」……何とも高い遊びの代償だ。
それにしても、私のいない間に恭子のやっていたことといったら……
画像の撮影日時などから判断して、娘の保育園がある日は娘が寝た後自宅でH、休みの時は事故があったときのように、娘を連れてラブホテルへ遠征。
娘は「おじさんと出かけるときは薬を飲まされて、眠くなった」というので、睡眠導入剤でも飲ませていたのか?
悲しんでばかりもいられない。娘との生活を再構築すべく、会社には日帰り行程だけでスケジュールを組んでもらい、仕事のときは娘を保育園に預ける。
妻がフルタイムの公務員に復職したばかりだったので、保育園はそのままでよかったのは不幸中の幸いだろう。
社宅なので、保育時間外は先輩の奥さんがみてくれることもあった。
とはいっても、ハンドルを握った後、疲れ切った私は、家事まで充分に手が回らず、つい総菜やコンビニ弁当に頼ってしまう。いつも同じものを食べている娘が不憫でならない…………
そんな中、飲酒ドライバーである加害者側の保険会社の担当者との交渉もはじまった。
その時は妻の死を悲しむより、裏切られた怒りの方が先に立っていたから、私もごねなかった。年配の担当者も誠実な方で、良くやってくれていたと思う。
〜保険は奥さんの名義で入っていた。信号で停まっていた間男の過失割合はゼロなので、加害者側の保険会社と交渉した。加害者が飲酒運転でも、被害者保護の観点から被害者に対しての保険金は支払われる。
四十九日を過ぎたある日の夜、担当者は加害者の奥さんを伴ってやってきた。
黒田美幸と名乗る25歳の若い奥さんはあどけなさが残っている、スリムできれいな人だ。
スーツこそ着ているが、髪はいい加減に束ねられ、ストッキングは伝線しているなど、やつれた感じがする。収監中の旦那に代わって奥さんが受けてきた社会的制裁の厳しさの片鱗を感じた。
奥さんは、妻と水子の位牌に焼香した後、「私が飲むと分かっていた主人を引き留められなかったために・・・ごめんなさい」と、仏壇に向かって突っ伏した。
担当者が続く。「加害者は、以前、飲酒運転で事故を起こし免許取消。有罪になり、執行猶予中に今回の事故を起こしています。当日夜、奥さんと晩酌をして(というか、美幸は缶ビール1本無理矢理飲まされていた) 酔っぱらったあげく、酒を買い足しに車で出ようとした加害者を止めようとしたところ、加害者は奥さんに殴る蹴るの暴力を振るって出て行ったそうです」
奥さんは泣かんばかりに声を振り絞って謝罪している。「私が悪いんです。ごめんなさい。奥さんのお腹に赤ちゃんがいたんですよね。赤ちゃんごめんなさい」
弁護士のアドバイスで、胎児が不倫の子の可能性濃厚ということは保険会社に伏せておいた。
私は、このとき、本当に飲酒運転という行為が憎かった。
事故さえなければ、妻が不倫していたことも知らなくて済んだかもしれない。赤ちゃんも私の子として育ったりして。後で分かったら……そこまでは想像したくなかったが。
妊娠中にばれたとしても、恭子が反省し、仕事と赤ちゃんをあきらめてくれれば何とか許せたかもしれない。
一方、若くて美しい奥さんもこんなに悲しんでいる。
加害者よ、執行猶予中に飲酒運転かよ。ふざけるなよ。
私は、バスドライバーとしてハンドルを握る身。憎さはひとしおだった。
うなだれる奥さんを尻目に、私は担当者に話した「奥さんを責めるつもりはないので……普通に話を続けましょう」
奥さんの顔に、少し赤みが差す。
「被害者に一番近い方からそう言っていただけると助かります」と担当者もほっとしたような表情。
保険会社の担当者、津島さんは本当に不思議な人だ。加害者の家族と被害者の遺族の初顔合わせだというのに、一人で事件と関係のない話をしゃべっている。
目の前にいる女性、加害者の関係者ではないような気がした。奥さんも少し緊張がほぐれたのか、私が出した飲み物に手をつけていた。
保険屋の津島さんと奥さんが帰った後、片付けようとしたグラスに口紅が残っていた。
荒れ放題の家の中、それだけが艶めかしい。下半身が熱くなる。
ふと、私は妻との交際時代や新婚生活のことを思い出した。
私は、海外での新婚旅行で撮った、妻のビキニ水着姿の写真を取り出した。
大きくて真っ白な胸、むちむちの太もも。ちょっぴり出ているお腹。
着ているのは、ほとんど「ひも」と言えるような、小さないやらしいビキニだ。
公務員という立場から、日本ではこんな恥ずかしい水着着れない、、なんてかわいいことを言っていたっけ。
私は、ふすまの向こうに娘が寝ているのにも関わらず、水着姿の妻の姿態を思い出しながら、何度も何度もひとりで・・・。
そして、失ったものの大きさに気がつき、咆吼した。
数日後、加害者の奥さん、美幸さんが家に来た。
「保険金とは別の慰謝料」についての話だったが、私はとても受け取れないと伝えた。
旦那は執行猶予が取り消されて刑務所暮らしが決定。前回の刑期に加え、今度のは長いそうだ。
奥さん一人で生きて行かなくてはならないのに。
「美幸さん、大変だったでしょう」思わず口にする。
「はい・・」
連れ合いと引き裂かれている者同士、立場は違うが、気持ちは通じる。
娘の春菜が私にまとわりついてきたのをみて、美幸さんの口元がゆるんだ。
「美幸さん、また来てもらえますか?」
「はい・・・・今度はいつがよろしいでしょうか??」次の休みの日に来てもらうことに。
こうして、被害者の夫と加害者の奥さんという、不思議なつきあいがはじまった。
最初はぎこちなかった美幸さんも、娘にお菓子やおみやげを持ってきて、娘がなじむのをきっかけに、次第に世間話や愚痴などを言うようになった。
刑務所から旦那が出てきて、やっと一緒に暮らせるようになったと喜んだのもつかの間、再び塀の向こうへ逆戻り。2回目の飲酒事故、しかも妊婦を死なせたと言うことで、世間は冷たかった。
友人や自分の親・親戚などからは とことん無視され、相手にしてもらえない。
美幸さんの所には子どもがおらず、安月給の旦那を支えるため、パートで保育士をしていたが、当然の如くクビになる。
スーパーに買い物に行っても、お客や店員がひそひそ話をしているので、自転車に乗って遠く離れたスーパーに買いに行くようになった。(車は事故で大破・廃車した1台のみ)
無言電話も多いし、頼んだ覚えもないのに、電気屋が修理に来たりもする。ひどい例だと「○○葬儀社ですが、ご遺体のお引き取りに・・・・」
そして、最近、庭の草木が全部枯れていたという。除草剤を誰かに播かれたらしい。
こんな状態では、自宅にいたくないに違いない。
私はといえば、かわいそうな被害者遺族、奥さんを寝取られた旦那、と回りの見る目が変わったのが辛かった。掛けられる言葉も「大変だねぇ」「がんばれよ」など、当たり障りのない言葉ばかり。
仲間も飲みに誘ってくれなくなった。(娘がいれば飲みに行くヒマはないけど、声がかからないと言うのは悲しい・・・・)
春菜と買い物にでかけても、目に付くのは家族連れの姿ばかり。
母親に甘えるこどもの姿を見て、私の妻&春菜の母親を他人によって奪われたことを思い知らされ、涙が浮かぶことも少なくなかった。
店には母親に叱られるこどももいたが、春菜には叱ってくれる母親もいないのだ。
あんな形で不倫していても、春菜にとっては母親だし、私にとっては妻。
汚れていてもいいから帰ってきてほしい…………春菜に母親がいないことが切なかった。
一方、春菜は友達と遊ぶ機会が激減、私の休み以外は保育園と自宅を往復するだけの生活で、不機嫌になり、最近はおねしょをするようになった。
話が尽きても、美幸さんはなかなか帰ろうとしなかった。私も帰るように促したくなかった。
一緒にいるだけで癒される気がして、無理に冗談を言い合ったりするようにもなった。
美幸さんは、同じ絵本を何度も何度も娘に読み聞かせ、娘は膝の上で同じ話を何度も何度も聞いていた。
何回か会っているうちに、私は美幸さんに女性を意識するようになった。話をしているときも胸元や尻に目がいって仕方がなかったのだ。
亡くなった妻よりは小ぶりだが、安物のTシャツを膨らませているバスト。胸の丸さがめにまぶしい。そして、色あせたジーンズをふくらせているヒップ。
ジーンズ越しにパンツがはみ出しているのが見えるときもある。
白い質素なコットンショーツだった。
亡くなった妻・恭子には申し訳ないが、もし、娘が見ていなかったら、美幸さんの尻をなで回し、嫌がる美幸を押し倒していたかもしれない。
旦那は刑務所の中。嫌がったら「人殺し! 恭子を帰せ!」と言えばおとなしくなるに違いない。
私の立場なら許される・・・かも。