表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/101

月刊百合部・八月・夏祭り

月刊百合部で書いたもの。

 夕暮れは秋が良いと言われるが、日の長い夏の、太陽が地平線に沈んでからも茜色に染まる西の空は秋の物とは違う良さがある。個人的に秋の夕暮れは美しさを遠くに見るもので、夏の夕暮れは活力を、勇気をくれる温かみがあると思っている。

私は公園の大きな時計の針が、六時すぎを指しているのを確認した。

あともう少しの時間が経てば、花火が揚がる。今日は夏祭りだ。

 提灯や万国旗が空を彩り、様々な屋台が良い匂いを風に乗せ、祭囃子と人の喧騒がうるさい、私が大好きな夏祭りだ。

「もうすぐ花火が揚がるよ」

 私はその言葉を隣にいる、綿あめを苦労して食べる友人にかけた。ついでに彼女の綿あめを少しちぎって食べる。

 私は毎年来る夏祭りに、仲の良い友人一人を誘って来ていた。はねる短い髪がトレードマークの、可愛い人だ。

 浴衣で来てほしいなぁとは思ったが、思っただけで口に出さねば実現するものもしない。彼女はラフな格好だった。

「甘い、けど、多い」

 綿あめに悪戦苦闘したものの食べ切った彼女は、通常より多かったそれを支えていた棒を睨め付ける。屋台の人が、別嬪さんにおまけと言って増やした量の分、彼女は苦労していた。

「ほら、そこにゴミ箱あるから」

 ゴミ箱へ歩く彼女の後姿を見、考える。果たして彼女は私を受け入れてくれるだろうかと。

 私はこの夏祭りで、彼女に告白するつもりでいた。

 同性だから人並み以上には思い悩み、幾つものもしかしたらと言う物を考えた。枕を濡らしたのは何回あっただろう。だが、結局私は彼女に恋心を吐露することにした。

「ただいま」

「それじゃあ、穴場に行こう」

 道すがら、ご機嫌な彼女の横顔を見る。

 気の良い彼女のことだ、きっとOKしてくれるだろう、という打算と信頼が混じった気持ちもあった。むしろそういう所に惹かれたのだから、告白することを決意できたのは当然の帰結だったかもしれない。

 じっと見つめていた私に、彼女がどうしたのと言ったが、私は何でもないと返した。気付かれてしまっただろうか、いや、そんなことはないか。

「ここ上がれば人があんまりいないから」

 茜色から藍色に移り変わる空に向かって伸びる階段を指さす。階段は小高い場所にある小さな神社の参道で、一番高い所には鳥居が立っている。私は昔からこの場所で一人花火を見ていた。秘密というわけではないけれど、今までこの場所を人に教えたことが無かった。

「うへえ。これを上るのか」

 辟易とした顔の彼女の手を取り、私達は石の階段を上り始める。上から吹き下ろす、少し湿った冷たい風が心地よかった。

 柔らかい彼女の手を握ると、やはり私は彼女のことが好きなのだなと感じた。一段上るごとに、彼女との思い出が胸を通り抜けていく。ただの友人だった時のことから、片思いになってからのこと。

「はい、到着」

「疲れた」

 二人、鳥居の真下の、階段の最終段に座る。

「ここからの眺め、いいでしょ」

 私たちが住む町の明かりが向こうまで続き、花火が準備されているであろう川が右から左へと上がれ、夏特有の藍色の空と茜色に染まった雲が、これからの花火の背景になる。

 そして、私の告白の舞台にもなる場所だ。

 緊張して、自分の手を握り締めようとして気付く。

 私は彼女と手を握ったままだったということに。

「どうしたの」

 握られる力が強くなったことで、彼女は私に疑問の目を向けてきた。

「え、ええと……」

 緊張して周りが見えなくなるのは私の悪癖で、未だ決心の途中であった私の頭の中は真っ白になった。考えてきた告白のセリフも、それを言うタイミングもシチュエーションも、何もかもを私は忘れてしまった。

 言いよどむ私に、彼女が首を傾げる。

 私は、なんと告白しようとしたのだろう。どこを好きになったのだと言おうとしたのだろう。どういう雰囲気で、キスができたらいいのにと考えていたのだろう。

 見つめ続けられることに耐え切れず、私は言葉を吐く。

「わ、私!」

 自分でも焦るほど大きな声が出た。

「ど、どうし――」

 彼女の言葉を遮って、一思いに、

「貴女が好き!」

 言ってしまった。

 その時、彼女の横顔が色とりどりに照られて、大きな音が響いた。花火が揚がっていた。

「友達とかそういうのじゃなくて、恋愛的な意味で好き、です」

 最後、声が震えた気がした。

 彼女は、目をぱちくりとさせていた。そして、ゆっくりと時間をかけて、きっと彼女は真摯に考えてくれたのだろう、口を開いた。

「それで、どうしたいの?」

 他人事にも、花火に照らされる彼女を綺麗だなと思っていた私はその問いに詰まってしまった。

「どうしたい、とは?」

「色々あるでしょ。付き合いたいとか、そういうのが」

 花火のせいではない、赤い顔の彼女が少し目を伏せながらそういった。

「付き合いたい、です」

「それだけ?」

 目を上げた彼女と視線が絡み合う。

「キスしたい」

 本心を言えば、彼女は目を瞑ってくれた。

 私はキスをした。初めて唇を触れ合わせた。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 唇を離して最初に出た言葉はそんなものだった。

 握ったままの手がやけに熱く、未だ吹く風がとても冷たいものに感じられ、遠い花火の物ではない大きな音が、ほど近い所から聞こえ続けていた。


 かくして、私達は付き合うことになった。その後、二人で花火を最後まで見たはずなのだが、私はその年の内容はほとんど覚えていなかった。

小高い所の神社の前で、私達は毎年花火をみている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ