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苦い
流行りに便乗した
重く、それでいて速度のある電車が走る音。それが、狭く仄暗い高架下で反響し、咆哮となる。
寒い息を吐くトンネルの口をくぐり、数歩歩けば、そこには灯のともる屋台がある。私はそこの「おでん」と書かれた暖簾をくぐる。
「いつもの」
屋台の大将は女性で、女である私が秘かに思いを寄せる人でもある。
「今日もいらしたんですね」
用意されていたらしい、よく冷えたビールと出汁が染みた大根がすぐに出される。
「いただきます」
特に会話をする気はない。客は私だけではないからだ。チビチビと酒を飲みながら、長い食事とする。
ビールが残り半分になるところで、今日は客が来ないことに気が付く。ここのおでんは美味い、私以外にも常連はいる。だのに、客は私のみ。
そんな特異な状況に、手が空いている彼女が口を開き、私もそれにぽつぽつと応答をする。
電車の音と私たちの会話がトンネルに響く。
「貴女はよくいらっしゃいますよね」
「美味いから」
「ありがとうございます」
「毎日食べたいくらいには、美味い」
「ふふ、お上手ですね」
笑顔の彼女に、下手くそだよ、とは返せなかった。
ビールが苦い。




